朝
まだ、外は暗い早朝、一人目が覚めた俺は、部屋を出た。
不思議と落ち着いている自分に驚きもしないほど冷静だった。でも滾る熱意は変わっていない。
朝の風は少し肌寒かった。しかしそれも気にする程ではなかった。けして自分が冷めているわけではない、滾るものは確かにあるのに、異常なほど落ち着いていた。
昇る朝日が真っすぐと俺を照らした。
*
日が全貌を現したと同時にぞろぞろと皆が俺の宿泊している部屋に集まってきた。
いつも最初に来るのはサラだ。基本的に早起きである。
次に来るのはリリィちゃん、朝は少し弱いのか、いつも朝は少し眠たそうにしている。
そしてコールはそもそも泊まっている宿が違うのでいつも少し遅い。
ただ歩く時間や身支度の時間を考えれば、もしかしたら一番早起きかもしれない、いつも朝から元気なのも理由の一つだ。
「おはよう、アーリン君今日はいつもより少し早起きでもしたのかしら?」
「よくわかったな」
「まず机が用意されているし、その上にお茶も用意されているからね」
「なるほどな……なんというか流石サラだなという感じだ」
「いつもと違うという事に敏感なだけよ、安定を望む人間はこういう人が多いわよ」
果たしてサラは安定を望んでいるのか、少し疑問に思ったが、現状を、安定を強く望む故に不安定に立ち向かっていると考えれば納得が行く話であった。
サラが席に着き、一段落してからリリィちゃんが入ってきた。
「おはようございます、サラさん、アーリンさん。
私もお茶をもらってもいいですか?」
「おはよう、リリィちゃん。
もちろん、皆のために淹れているんだ。飲んでも構わないぞ」
「おはよう、リリィちゃん、今日も眠そうね」
「ありがとうございます。では頂きますね。
このパーティはどんな時でも朝が早すぎるのが、唯一の悩みかもしれません……」
「そうなのか? 朝は早い方が色々と得が多いぞ」
「でも、やっぱり眠たいです……」
「朝に弱いというのは大変なのね」
リリィちゃんと話しているとコールもやってきた。
「おっはー! いつも眠たそうなリリィちゃんもおはよう」
「本当に朝から元気だなコールは……あとリリィちゃんが可哀想だから耳元で大声の挨拶言うのはやめたれよ」
「いえ、良いのですよ、いつも助かっています」
「コール・ハードル便利機能その一、目覚まし機能!」
「コールちゃん少し煩いわよ」
「はい、すみませぇん!!」
この通り、コールが着た途端に場は盛り上がる、いやでも温まる。ムードメーカーというよりは、強制ムード変換機だ。
「皆揃ったか、とりあえずとりあえず飯を食おうか」
「最近散歩してないみたいだけど、今日くらいはした方が良いんじゃないの?」
「散歩か、確かにそうだったな。
……悪い、じゃぁ散歩してもいいか?」
サラの提案はもっともだ、今日の様な特別な日にこそいつもやっている事を重視すべきである。特別であるが、それはただのアクセントのような、そう自分に言い聞かせた方が失敗が生まれにくい。何事も特別視してしまうから失敗等がおきてしまう。
「ん? 散歩? いいよ、僕も付いていこうかな~」
「あ、じゃぁ私も付いていきます」
「なんだ、皆付いてくるのか? これじゃぁ散歩と言うには少し大所帯過ぎる気もするが、まぁ良いか。
細かい事は気にしないでおこう。
サラは来ないのか?」
「私? 行かないわよ、アーリン君が散歩に行って、それに皆が付いていったら、朝ご飯はどうするのよ、散歩から帰ってきて作る時間を保証できるわけでも無いでしょ」
「なるほどな……え、サラって料理できるの?」
「できるわよ、確かにアーリン君よりかは上手では無いけれど、それなりに一人暮らしが長いのよ?」
「一人暮らしが長いのか……」
「そこを切り取らなくても良いのよ!! 早く行きなさいな、簡単なもの位は作っておくわ」
「ありがとう、サラ、頼むわ」
「サラさんの作るご飯楽しみですね」
「サラが作るのか、出来るといいつつも自己評価高いだけだったりして、痛っ!」
なんだか既視感があるコールの言動だが、今回のはサラの高速蹴りだ。実はサラも暗殺者に向いているのかもしれない。
「そんなこと言うと、何処からでもサラに蹴られるから注意した方がいいぞ……」
「うん、身にしめてわかったよ……」
*
「ところで、最近散歩ができていないっていう事は、いままでは散歩をしていたって事かい?」
「ん、あぁ……そうだな、暇が有ればしていた。クルアと会う前は毎日していた。クルアと生活していた時も、早起きした時にはしていたな、そして俺が捕まって帰ってきた後もしていたぞ」
「散歩が趣味とか、じじくさいね」
「おい! 世の中のお爺さんに失礼だろ!」
「あ、そっち」
「そういう発言はやめた方が良いぞ」
「いつもどれくらい歩くのですか?」
「いつも、そうだな……
何故サラが朝ご飯を食べる前に散歩を進めたか、そこに理由が有るんだけど。
お腹が空くまでなんだ」
「お腹が空くまで?」
「お腹が空くまで」
「何故ですか?」
「それはだな、散歩が好きすぎて永遠に歩いてしまうからだ」
「何それ?」
「何それと言われるのも仕方ないんだが、本当なんだ。
一回だけ帰るのに電車で一時間かかったこともある」
「それほど散歩が好きなのですね」
「そうだな、街並みを見ながら歩く世界は緩やかで優しい。
特に俺は昔、時間の流れが速く感じるような生活をしていたから、こういう時間が必要だったんだ」
「アーリンにも色々有るんだね」
「はは、まぁ大有りさ、そこらへんの男よりはな……」
「ところで、私もうお腹が空いてきました……」
「いや早」
「すみません……」
「可愛いから無罪」
「アーリンってリリィちゃんに弱すぎるよね」
「コール、この言葉を覚えておくんだな……
可愛いは正義」
「……可愛いは正義……」
「あの、二人とも何を言っているのですか?」
「いやなんでもない、そう、ただリリィちゃん……あぁ、帰ろうか、うん」
「はい」
リリィちゃんは最近割といつもお腹が空いている。成長期だろうか。
もしかしてサラの影響だろうか、そうだとしたら悲しい。なんだかこの前もそう思った気もするが悲しい。
これは本当にただの願望だから、絶対口には出さないけど、リリィちゃんはいつまでも癒し系の女の子でいて欲しい。できれば神経毒とか扱うのもやめて欲しい。
あ、でもそれはギャップ萌えという観点から見れば割と在りかもしれない。
何を考えているのだろうか俺は。
「アーリンって昔は何してたの」
色々考えていたらコールから厄介な質問が来た。
「どう答えたものか……初めての職は税管理師だな」
「え、税管理師だったのですか!」
リリィちゃんが驚くのは当然で、税管理師はこの国においてエリート職なのだ。
「すぐ辞める羽目になったけどな、何回も働いては辞めての繰り返しだったよ」
「なるほどね、そこら辺の男より色々あるって言うのもそういう事なのか」
「ん、まぁ……そんなところだな」
それだけじゃないんだがな……
「今まで一番楽しかったお仕事とかあるんですか?」
「今までで一番楽しかったか、仕事内容か?
それなら、司書だな。小さな村の図書館の司書をやった事が有るんだが、あれは楽しかった。
何といっても、知識が増えたんだ、人間歳を取ればとる程、知識を得ることが喜びになるんだなと思ったよ。
ついでに、単純に楽しいなと思えるのは今のこの冒険者だな、まさか草むしりで一日一食は食えるようなマイニーが手に入るとは思わなかったし、皆と一緒に何かをするっていうのも楽しい」
「そうなんですか、それは何だか嬉しいです」
「まぁ僕が一緒に居るから、楽しいのなんて当たり前なんだけどね」
「いや、コールがいる前からそう思っているけどな」
「…………」
「さて、そろそろ宿に着くな、と言ってもそんなに遠くまで行ってないから思っていたより早く帰って来たんだけど」
「何だかすみません」
「リリィちゃんのせいじゃない、気にするな」
「サラ、飯はできたか?」
「もう帰って来たの? 随分と早かったじゃない」
「リリィちゃんが成長期なんだよ」
「なるほどね。
ついでにもうご飯は作っておいたわよ。と言っても本当に簡単な物だけど」
そう言ってサラは四つの皿にスープを分けた。
「オニオルスープか」
「ええ、オニオルスープと、パンは宿主に貰ったわ」
「あの気難しそうな人から物を貰うなんて、一体どうしたんだ、まさか堕としたのか?」
「違うわよ、ただ今日で最後だからお世話になったお礼をね」
いったい何をしたんだ! 気になって夜しか眠れない……変わらないな……
「あ、そういえば、宿主さん、随分とご機嫌でしたね
久々に棚の上を掃除できると張り切ってもいました」
あ、肩でも揉んだのか。
「宿主にパンを貰ったから、俺たちの帰りが早くても既に完成していたのか」
「そういう事よ」
「ねぇ、もう食べていいかな。
僕もお腹すいてきたよ」
「あぁ、じゃぁ頂きます」
そう言ってから、サラの作ったオニオルスープを一口頂く。
「あ、美味しいな」
「美味しいです」
「口だけじゃないね。痛い!」
「自分でも上手にできたと思っているわ」
サラの作ったオニオルスープは想像以上に美味しい。
煮込む時間が少なくても芸術的なまでに薄くスライスされたオニオルは舌と上顎で噛める程に柔らかくなっていた。
また、この甘みはほとんどオニオルの物だ、使用する水を最低限にしないとここまでオニオルの甘みはでないのだが、この最低限が難しい。少しでも少ないとオニオルが焼けてしまうし、少しでも多いとここまで濃厚な甘みはでない。黄金比とも言えるオニオルと水の調整が必要なのだ。そしてそこにアクセントとなる、胡椒が少量加えられている。
それだけじゃない、なんだこのコクは……
「美味しいな、しかしなんだこのコクの深さは……」
「あら、アーリン君ならよく使っていると思っていたのだけれども……」
「まさか、あのエキセントリック固形物を使用しているのか……」
「えぇそうよ、あの固形物はすばらしいわ、ゼロ・マルセイラの味をあの四角い塊一つで完璧に再現しているわ」
ついでにゼロ・マルセイラはここより遠い西側に位置している国で、長い歴史を持っている国だ。千年戦争を勝ち抜いた事で有名で、自由と平等と友愛を重んじる国柄だ。
「それにしてもサラ、あんな高級品どこにあったんだ」
「あれは結構長持ちするから、持ち歩いているのよ」
「時々で良いから貸してくれ」
「嫌よ」
「なんで?」
「私のだもの」
「そうだけど……」
まぁいいか、そう言いつつも気が向いたら貸してくれるだろう。
「それにしても皆、本当に落ち着きすぎでしょ、僕こうみえて結構緊張してるんだけど」
「まじか、コールも緊張とかするんだな」
「人間だもの」
「そうか、人間だったのか」
「人間だよ! 僕がオアシスアクエリアスの人間だからか! だからそんなに虐めるんだね、まずはその意識改革から始めないと!」
「お、おう……すまんすまん、そんな怒るとは思わなかった」
「キレてないっすよ」
「……コールさん、絶対いつも通りですよね」
「同感ね」
*
死刑が執行されるのは昼頃だ。まだ時間があるので朝ご飯を食べ終わった後それぞれの部屋で休憩をとることにした。
コールは別の宿なので、とりあえず俺の部屋に入れることにした。
「コールとクルアは小さい頃から知り合いなんだろ?」
二人でいて何もしゃべらないのも気まずいので、この前の会話で少し気になった事を聞くことにした。
「そうだよ」
「クルアは昔から、今のクルアのような人間だったのか?」
我ながらおかしな質問だ。
「あーそうだね、僕と知り合った時には既にあの人格だった。
もう十年前の話になるのかな、もう少し前か、その時から全然変わらないね。
変わったのは僕の方だね」
「僕の方……と言うことは、コールは今と昔では全然違うかったのか」
「うん、昔はね……嫌だったんだ。明日が怖いってずっと思っていたんだ。
沢山の習い事をさせられて、多い日は一日に三つの稽古が待っていた。それぞれ先生は優しかったんだけど付き人が厳しい人で、親も厳しかったからね」
何が嫌だったのか、言葉にできない程の過去をコールも持っているのだろうか。
「意外だな。コールにそんな過去があったのか……
じゃぁ、今のコールはどうしてこうなったんだ?」
「どうしてこうなったとは中々酷い質問な気もするけどまあいいか。
それはクルアのお陰かな。帝国剣術の稽古でクルアは兄弟子だったんだけど、クルアは滅茶苦茶強かったんだ。
僕は、今でこそ帝国剣術を使いこなしているけどその時は本当に弱くて、でもクルアはそんな僕にも優しく接してくれてね。
少し年上だけど初めて友達ができたんだ。その日から暇があればクルアと一緒に遊んだりして……クルアに似てるってこの前言ってたけど、それもそのはずなんだよ、今の僕の性格はほとんどクルアを見て
「なるほどな、納得だよ。
コールが時々クルアに被るのも理解した。
そうか、コールとクルアは本当に仲良しなんだな……絶対助けような、クルアを」
「うん、そうだね」
こうしてクルア奪還直前に静かに熱く決意を更に固める俺たちだった。
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