再会

 それぞれ休憩が終わり、宿の前に全員が集合した。


「よし、全員揃ったし、行くか!」


 俺の掛け声と共に俺たちは大広間へと向かおうとしたのだが……


「あ、待って下さい、このマスクを付けてください」


 リリィちゃんの一言で遮られてしまった。


「何だこの、いかにも怪しげなマスクは?」


「私が作ったガスマスクです、どんな粉塵もしっかりろ過して美味しい空気が摂取できますよ!」


「今からつけるの? 少し怪しすぎじゃないかしら」


「はっ……確かにそうですね、私の自信作でしたので……つい早とちりしてしまいました」


「まぁ作戦開始と同時につければいいだろ」


 締まらないこの感じが俺たちらしい。




 大広間に着くと大広間には既に人だかりが出来ていた、処刑台も用意されていた。

 サラの情報拡散が上手くいったのか、まだ処刑まで少し時間があるにもかかわらず軍の兵士が配備されていた。


「それにしても人って集まるもんなんだな」


「私は好き好んで敵国のスパイの死を見たいと思うのも問題だと思うけどね」


「確かに」


「共和国ってもう少し先進国のイメージがあるけど、意外とそうでもないよね。

 寧ろ、古いな。

 多分、っていうか絶対帝国の方が時代や技術すらも先を行ってそうだね」


「そうなのか?」


「そうだね、車は少ないし……何というかインフラが整っていない。

 余り大声では言えない事だし明言はしないけど、戦争をしたらどちらが勝つかなんて分かり切ってるほどだね」


「オアシスアクエリアスって、もっと古臭いんじゃないのか?」


「あぁ……この国ではどうやら情報規制がかかっているね、僕は心の底からオアシスアクエリアスが好きだよ」


 さらっととんでもない事実を聞かされた。敵国の情報は悪い事しか流していなかったということか……ますます腐っているなこの国は。


「あ、アーリン君、始まるわよ」


 サラが指を指した方向に目をやると、多くの兵に囲まれたクルア・スパイクの姿がそこにいた。


「間違いなくクルアだな……」


「そうだね」


「さて、ここからだ。

 ここからが勝負なんだ」


 まず最初にここから少し離れた監獄で騒動が起こるはずだ、その時に狼煙があがるのでそれをおじさん達が見たら次に大広間近辺で騒ぎが起こる。

 とりあえず、狼煙待ちだ。


 一方、クルアは死刑台まで移動しており、一人兵士の格好をしていない偉そうな人がその横に立っていた。

 恐らく今から何か詭弁を演じるのだろう。


「悪の大帝国オアシスアクエリアスのスパイが捕まった事は知っているだろう!!

 諸君!! 憎しみを持て、この平穏なるノースリーブラに戦争の火種を撒かれたことを!

 諸君!! 怒りを露わにせよ、このノースリーブラで帝国民の血が流れることに!」


 処刑をする事が本意ではないとでも言っているつもりなのか……それに腹がたつ……


「しかし、我らは天誅を下さねばならない!!

 故に今、このスパイを!! 見せしめの為に処刑する!!」


「処刑ってもっとスパッとやるもんだと思ってた」


「おい、コールそれを口にするな、俺もそう思ったが多分必要なんだろう」


「では!! ———」


 その時だった、監獄の方から轟音と共に狼煙が上がった。


「何事だ!!」


 さっきまでの威厳のある声ではなく随分と焦りのこもる声でそう叫ぶ偉そうな人。


「わかりません、ただあの狼煙は、脱獄者です!!」


「脱獄だと? 監守は何をしているんだ!!」


「わかりません……」


「とにかく、脱獄者を早急に捕まえろ、死刑も済ませる」


「はっ」


 そういって、兵士が走り去った所に爆竹が鳴らされた。

今度はなんだと焦る間もなく、すぐそこで殴り合いが起きたり、兵士の頭に石がぶつけられたり、何故か銅鑼が鳴ったり、とにかく大騒ぎが始まった。

 何より、殴り合いを止めようとした一般市民もやがて殴り合いになり大乱闘と言えるほどになったのは嬉しい誤算だ。


「オアシスアクエリアスの陰謀だ!!」

「オアシスアクエリアスの仕業じゃないの?」

 等どこからともなくそんな声が聞こえてくる。


 集まった人々は逃げ惑い、死刑台の周りも人が入ってきていた。


「ええい! どうなっているんじゃ!」


「監守の姿も確認できません!

 また、大広間付近でも数多くの騒ぎが起き、我々だけでは手に負えません」


「あいつめぇ……国を裏切ったか……」


 こうして、混乱している内にも脱獄者がこちらにやって来る算段だ。脱獄者を前にそれを逃がして死刑を続行などは流石にしないだろう。

 まぁ、そもそも今のこの状況すらクルアは一人取り残されているような状況だからあまり関係の無い話なのだが。


「よし、そろそろ俺たちも動くか」


「そうね」


 そして俺たちも動き出す、流石に正面突破はまずいのでちゃんと色々考えた。


 まず俺たちは、コールと俺、サラとリリィちゃんの二組に分かれ左右に散開し、俺とコール、リリィちゃんは行動開始と共にリリィちゃん渾身のガスマスクを装着した。


 コールが煙幕を投げて視界を悪くし、昔習っていたらしい帝国総合格闘術で兵士を気絶させていく。

 まず細長い右足を大きくしならせながら回転し目の前にいる兵士の足を払い、その左後ろの兵士を回転の勢いを乗せて右足を思い切り踏み込み、同時に右手を頬にめり込ませた。

 また踏み込みんだ足で足払いにより倒れた兵士を踏みつけている。

 振り切った右腕の肘を突き出して殴った兵士の腹にエルボーをお見舞いし、肘で兵士を担いだまま次の標的に突進と、見惚れる程に美しい闘い方だが、これは流れを切らさないのが特徴的な帝国総合格闘術の基本動作らしい。

 しかし、基本とは言ってもここまで修練を重ねた基本は如何なる応用に引けを取る事は無いだろう。

 一人、また一人となぎ倒していくその姿から、いつものコールは想像できない。


 そしてコールは何も考えずに敵を蹴散らしているのではない、確実にクルアに近づいているのだ。クルアの周りにも多くの兵士がいる、煙幕を投げこちらは攻めやすくなったが、敵も敵で盗まれたり傷を付けられないようにする対象はクルア一人だけなので煙幕により敵がすぐ近くにいる事が分かりきった今、守りやすくもなっているのである。

 ただ、コールは強かった。もともと敵の位置も把握しているし、煙幕を投げた後どのように敵が動くかも予想済みだ。


 俺はコールの後ろでコールに襲いかかる敵の股間を集中狙いしている。弱くても急所にさえあたればこちらのものだ。


 あっという間にクルアの下につき、俺は隙を見てクルアの口と鼻を布で押さえた。

 そして黄色い煙幕を投げた。

 これを合図に黄色の煙が次々と上がっていく、これはリリィちゃん特性の吸えば体が麻痺する煙が配合されている煙幕だ。

 扱いはプロ(リリィちゃん)にしかできないので、俺が投げたのは本当にただの合図である。

 何故扱えないかと言うと、煙幕の発煙に一工夫あるらしくなんでもコツがいるらしい。

 これでこの一帯の兵士と、申し訳ないが一般市民もしばらくは動けない。


 そしてサラは、速い足を使い先ほどまでいた大広間の反対側へ回りこんで、こちらも兵士を次から次へとなぎ倒していた。

 知っての通りサラは不可視レベルの速さで動けるので少数の敵に対して驚く程強い。

 俺たちが先ほどまでいた大広間の反対側は人通りが少ないので、逃走ルートに設定していたのだが、人通りの少なさ故にそこにも兵士が配備されるのは想像がついていた。

 かと言って他のルートがとれる訳でもなかったのでここは敢えて脳筋思考で敵を殲滅すれば良いという事になった。


 この煙幕により辺りは一層混沌と化し、場は収まりそうにない。

 謎が謎を呼ぶと言うが、現在この一帯は騒ぎが騒ぎを起こしているかのようだ。


 想像以上にオアシスアクエリアスに臆病な市民も俺たちにとっては好都合だった。

 騒げば騒ぐほど、それは伝播する。


 あの偉そうな人間はどこかに逃げたようだ。何より自分の身を案ずるその行動に吐き気がする。


「久しぶりだな……クルア」


 感動の再会は期待していなかったが、まさか麻痺する煙幕の中で再会することになるとは当初は思ってもいなかったので、何とも言えない悲しさが有る。

 クルアは驚いた様子で、目を丸くして、途端に怒った様な仕草を見せた。


「暴れるなよ、今俺がクルアの口から手を離せば、身体が麻痺して動けなくなるぞ」


 そう言うと、ひとまずおとなしくはしてくれた。


「リリィちゃん、コール、動くぞ!」


「はい!」


「おっけー」


 動くぞと言っている内から動き出す。俺はクルアの口を押えながら早歩きを始める。

 追手が来るのは早いだろう、この場を抜けたらひとまず南の森に逃げ込むつもりだ


「クルア! めっちゃ久しぶりだな!」


 コールが声をかけまたクルアは驚いた顔をした。


「走れるか?」


 そう聞くと、頷いたので俺は手を放した。


「この黄色の煙幕を抜けてから三秒ほどは息を我慢してくれ!」


 そう言い放って走る、やがて黄色の煙から身を出しサラと合流する。


「一体どういう状況なんだ!?」


 久々に聞いたクルアの声だが、それを返す余裕はなかった。

 まだ動ける兵士が残っていたのだ。サラ以外はまた走り出し、サラは残兵を倒しながら事前に決めていたルートを走る。


「悪いが状況を説明している暇はない!! とにかく走ってくれ」




 一時間は走っただろうか、絶え間無く走った訳では無いが、休憩は最低限しかとらなかったので正直もう走れないが、なんとか南の森には着いた。


 人通りの少ない道は大広間の北側に位置しているので最初にそこを通ることによって、南に向かう人員を減らしたのは正解だった。兵士は皆北に走っていた。


 ただ、疲れた。流石のサラも息を切らしている。


「はぁ……はぁ……で……なんでアーリンと、そしてコール……なんでお前がここにいるんだ……」


「そうだな、歩きながら話そう、まだここは森の入り口だ。 

 もう少し南下したい」


 そう言い、歩き始める俺たち。ついてきながらクルアは質問を重ねてきた。

 

「爺さんはどうしたんだ? 俺は爺さんに頼んだはずなんだが……アーリンが俺を助けるなら止めろって」


「それは聞いた、でもお爺さんから俺は頼まれたんだ。クルアを助けてくれってな……」


「どういう事だよ……」


「俺はお爺さんから何を言われようともお前を助けたと思う。

 でも、まぁ、安心してくれ。お前の気持ちが分からない訳では無いから、お前が怒る場も用意しておいた」


「いや、もっとどういう事だよ」


「お爺さんとの約束が有るんだ……お爺さんは俺たちがどこに行っても嗅ぎ付けられるって言っていたからとりあえず逃げた先でお爺さんとコンタクトを取ろう。ここでは危険すぎる」


「アーリンは納得していないけど、わかった。

 でもコールお前は、理由なんて聞くまでもなく、納得も理解もしかねるよ」


「なんでさ、友を助けるなんて帝国民として当然であり、また君を助けるということもノブレスオブリージュとして当然の行動なのさ」


 ノブレスオブリージュってなんだと思ったので、小声でサラに聞いてみることにした。


(ノブレスオブリージュってなんだ?)


(あ、えーノーブレスオブリージョンじゃない?)


(領域の祝福無し?)


(……正直分からないわ……)


 というわけだ、よくわからんが、クルアはこれがノブレスオブリージュであって堪るかと怒鳴っている。


「まぁまぁ、ここは再会を喜ぶべきところじゃないか!!」


「はぁ……相変わらずお前に聞くのは疲れるな」


「ここら辺で休憩しようか、かなり歩いたはずだ」


「とりあえず、怒るのは止めるよ、ただまだ聞きたいことがあるんだけど、そこの女性たちは誰かな」


「あぁ、そうか、紹介する暇もなかったしな」


「私はサラよ、サラ・ドールトン、訳あってアーリン君の協力をしているの」


「私はリリィ・シルスアです。色々あって皆さんのパーティに同行することになりました」


「同行動機が謎に包まれたままで割と困惑するね……

 はぁ、まあいいや。じゃぁ俺も名乗らないとね。

 クルア・スパイク、クルアって呼んでくれ、知っていると思うが、オアシスアクエリアスのスパイだ。

 そして、助けてくれて有難う……後、アーリン黙っててごめん」


「何をだ?」


「俺がオアシスアクエリアスのスパイだって事だ」


「…………なんだ、そんな事か……」


 気になんかしていないし許すに決まっているといった声をかけてやりたかったが、俺にはまだクルアに黙っている事がある。ましてやコールにもリリィちゃんにも黙っている事があるのだ、そんな俺がクルアに対して許すなんて言葉はかけられなかった……むしろこっちが謝らなきゃいけないのだ。


 自分から言わなければならない、それはわかっている。

 今は打ち明ける絶好のチャンスだ。それもわかっている。


 クルアもコールも外国人である。

 クルアの眼はもう見抜いている可能性だってある。

 リリィちゃんも女だ。理解してくれる可能性が高い。


 それでも俺は恐怖に震えている。



 この恐怖はこの国に打ち付けられた杭である。


 この国に刺し返すべき痛みの象徴である。


 この国に対する憎悪の証である。



 しかし、打ち勝つべきそれが、またしも発声を阻む。




 自分が女である。




 その少しの言葉が、紡げない。

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