前に進め(切実)

 クルアの死刑執行が残り二週間まで迫ってきている中、クルア奪還作戦に向けた準備は着々と進んでいた。

 例えば、監獄で騒動を起こした後、最初の広間方面での騒動を少し大掛かりなもにしようということになり、それに向けてはしごを用意したり、小さめの投石器を作成したりしている。

 また監獄では、理にかなっていない牢人たちを大勢放つという具体方針まででてきていた。

 そんな中、俺たちクルア奪還メンバーもいかにクルアを取り返すか、どのような事態が発生するかなどを考えるために話し合いの場を設けた。


「アーリン、お腹すいたよ」


「しょっぱなそれ?」


「アーリンの朝ご飯を食べられると思ってここに来たといっても過言じゃないよ」


「いや、嬉しい……気もするが、朝ご飯くらい自分で食えよ、皆もそう思うよな?」


『……ぐるるるる~』


 おい誰だ今お腹鳴らしたのは、いやまぁ大体検討はつくんだけど、そう思いながらサラの方を見る。

 しかしサラはどこ吹く風とやけにあっけらかんとした様子で随分と悪びれもない、不思議だなと思いつつ一応リリィちゃんの方も見てみる。

 するとまぁ、耳まで真っ赤にして、あらあら。


「おい、サラ!! お前も朝ご飯を食べていないのか?」


 頼む、サラ、お前なら気づいてくれるはずだ……


「……そうね、私も食べていないわ、お腹がすいて仕方がないのだけれども、今日はリリィちゃんの方がお腹が空いていそうね」


 意地悪そうな笑みを浮かべながらそう言うサラは楽しそうだ。


 わざと言ったのは丸見えだが、ここでサラてめぇ!! と怒り出しては、リリィちゃんがわかってしまう。俺もリリィちゃんがお腹を鳴らした事に気づいたのが。


「そ、そうなの? そっか~リリィちゃんもお腹が空いていたんだね……えっと、じゃぁ朝ご飯にしようかな~、皆食べてないんだったら仕方ないね…………」


 ここはそう、最終奥義だ。この場を流すのだ。なんとしてもリリィちゃんのお腹が鳴ったということを俺たち(俺とコール)が気づいていない様に見せてあげるのだ。このまま流れれば俺のあの一言で少なくとも俺はサラのお腹が鳴っていると思っているとリリィちゃんは思うはずなのだ。コールはバカだから気づかないだろう……


 さぁ、リリィちゃん! 全てをサラのせいにするのだ!!


「あの、先ほどお腹が鳴ったのは……私です……」


 ですよねーーーー、サラに塗り付けるような悪い子じゃないですよねー、はーい、初手でサラの勝ちでしたね……あ、いや、あの時点で俺がよしじゃぁ飯にするかって言っていればよかったのか……?


 あぁ、サラが俺の心を読んでいる、全てを悟った俺の様子を見てニヤニヤとぉ……!! 言葉にできない悔しみが俺の中を巡る、いやまったく、サラには勝てる気がしない。


「そんな事よりお腹すいたんだけど」


 ここでリリィちゃんの決死の告白を意にも介さず自分がお腹が空いたという事を前面に押し出してくるコールと言う人間はどうしてなかなか掴みづらい。いやまぁ、行動は読みやすいんだけどね。

 それにしても、ここでこうして話の流れをさらりと変えてくれるこのコールの一言は有難い、言うなればコールの一声と言った所だろうか。


「そうだな、俺以外の皆はお腹空いてるみたいだし飯にするか。

 といっても俺はお腹が空いていなんだけども……まぁいいか

 俺が朝作ったスープがまだ残っているからそれと、ライ麦でも合わせて食うと良い」


「今日はどんなスープなんですか?」


「今日のスープはコールを潰して煮込んだスープだよ」


「え!! 僕!?」


「いや、コールはコールでも穀物のコールだ」


「僕を潰して煮込みたいんだね……いいさ、潰すなり煮込むなりすればいい……!!」


 ちょっと何言ってるかわからないので、コールの事はこの際無視しよう。


「ところで皆、パンとスープが目の前に有ったらどうやって食べる?」


「なんなのその質問は」


「派閥があるんだよ、あの有名なお菓子の針葉樹の林派と広葉樹の森派くらいには大きな派閥に分かれているんだ」


「……なんというか、人間っていうのはどうも、しょうもないことで争いたがったりするものよね……」


 おっ、その通り過ぎてぐうの音もでないぞ。


「早く食べたいんだけど」


 ええぃ、まったくコールはうるさいな……


「今温めているからもう少し待て。

 そして今この時に皆がどうやって食べるのか知りたいんだ!!」


「わかったわ、とりあえず答えればいいんでしょ」


「うん」


「そうね……私だとまず、そのままパンをちぎってスープを掬って食べるわね」


「サラは生パン派か!!」


「生パン派? いやらしいわね」


「いや、何もそんな意味はありませんよよよ。

 ただ、そういう食べ方を生パン派って言うんだ」


「私は……パンに十分スープを浸透させてから食べたいですね」


「リリィちゃんはひたパン派、俺と一緒だな」


「僕も浸かっているパンが好きだな」


「コールもひたパンか。

 よしじゃぁ、今温めているスープの中にとりあえずパンを入れておこう。

 そうする事でこのスープが暖まったころにはもう十分パンにスープが染み渡っているはずだ。

 そして生パン派のサラの為にもパンを少し置いておいてだな……スープを分けるときにもパンが余り入らないようにすれば、皆好みの食べ方ができるな」


「それにしても、私パンとスープを同時に食べるのなんてこれ以外無いと思っていたわ」


「そうなのか? なんだか意外だな、サラならなんでも試していそうだ。

 例えば、焼いたパンをサラの様に使うつけパン派とかもあるんだ。

 最低でもこの三つはもう試行済みだと思っていた」


「私がそんなに食い意地はってる人みたいに言わないで欲しいわね」


「えっ……あ、はい」


 割としっかり睨みつけられたので思わず萎縮してしまった。

もうサラには手も足も出ない、何故か足を向けても眠れない気がしてきた。


 そうこうしている内にスープが良い具合に温まってきた。


「んじゃ、飯の時間だ」


 そう言って俺は皿に分けていく、先ほどまでコトコトとスープと一緒に煮込まれていたパンにスープがよくしみ込んでいて少しどろりとした見た目がまた食欲を掻き立てる。

 みんなより少し少なめだが自分にもスープを分けてテーブルに並べた。


「頂きましょう!!」


 お腹が鳴っていただけあっていつもはサラが先陣を切る食事の合図も今回はリリィちゃんが我先にと言わんばかりの勢いで行った。


 尚生パン派のサラはライ麦パンをちぎっては、器用にそれでスープを掬いながら食べている。


「浸っているパンってそんなに美味しいのかしら?」


「美味しいから派閥がいるんだよ、まぁ一回食べてみればいいんじゃないか?」


 そう言うとサラは偶々自分の皿に入っていたひたパンを一つ口に入れた。


「なるほどね、これはパンが美味しいというよりかはこのパンの中にスープが凝縮されてスープが美味しくなっているような感じね。

 これを食べてみたからわかるのだけれども、逆に私の食べ方はパンを美味しくしているような印象が持てるのね、面白い事を知ったわ」


 なるほど、的確な表現だ、流石サラさん、これから姉御ってよばせてくだせぇ。


「恐らく予想なのだけれども、付けパンは焼いたパンの香ばしさが互いに味を引き立てるのね、いずれにせよパンの味とスープの味は喧嘩しないようにできているわ、すばらしいわね、この派閥は」


「まぁ、派閥同士で喧嘩しているけどもね、といっても喧嘩と言うか、意地の張り合いみたいな感じだが」


「みんな違って皆良いとはならないのでしょうか……」


「あー、それだと商売やっていけないんだよきっとね、僕が思うにそういう派閥って所謂販売促進なんだよね。

 だから、まぁ何々派とか言っている時点で術中なんだよ」


「そうなのか?」


「多分ね」


 時々コールは意外と見識が深い事を言うから驚かされる、そういうのも含めて掴め無いのであるが。


「朝ごはん食べたら眠たくなった、ちょっと寝ていい?」


「いや、ダメだろ! 俺達は何のために集まったと思っているんだ、朝ご飯を食べるわけに集まったわけじゃないぞ……」


 …………


 何故、そこで沈黙が広がるのか……


 俺達以外の準備が着々と進んでいる中、未だ不安要素が何故か多い、策戦の核部隊であった。

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