策戦会議
策戦会議とは、そう、策戦会議とはちゃんと話が前に進んでこそのものである。この前のあのクソみたいな策戦会議では何も生まれない、寧ろ時間というかけがえのないものと、それぞれによって違う何かが失われてしまう。
今日は俺とその一行、そして賛同してくれた仲間と共に俺は策戦会議を行うべく例の店に集まった。
「それじゃーぁ、司会進行は私、イエ・ティーが行うわよぉ!!」
「どんなテンションで行おうとしてるんだよ」
「いいじゃなぁい、何でも楽しいほうが良いでしょ?」
「いや、おかしい、確かにこの世において楽しいことが多いのは良いことかもしれない、だが今は違うだろ、もっと、ほら、厳格に行うべきだと思うぞ」
策戦会議とは楽しい方が……良いのか? そういう場合もあるのかもしれないが、このクルアを奪還すべく行われる会議において先ほどのイエ・ティーさんのテンションは明らかにおかしい、おかしくあってくれ。
念のためコールにおかしいよな? とアイコンタクトで聞いてみる。
にっこり笑顔のウインクで親指を立てて来たので、思わず中指を立てるところだったが、何とか堪えきった。ここまでコールのことをうざいと思ったことは、三回目くらいだ。
「まず、これだけは確認しても良いですか?」
「あらリリィちゃんどうしたの?」
「こういう場において基本的な事を押さえておくのは大切だと思います。なのでこれだけ、奪還作戦は公開処刑当日に行う、という事でよろしいのですね?」
流石リリィちゃんだ、確かに人数が多くなった今、全員にちゃんと認知してもらう必要が有り、またそうする事による効果もある。
リリィちゃんは仕事するうえでも大切な報告連絡相談が得意そうだ。
「そうよ、現時点では処刑当日に行う事になっているわ。
恐らくこれが変更になる事はまずないと思うからちゃんと覚えておくのよぉ」
それにしてもイエ・ティーさんのこの喋り方はやはり心が女性だからなのだろうか、意識しすぎている感じがものすごく伝わってきてどうやって対処すれば良いのかわからなくなる。
「それじゃぁ僕からも質問良いかな」
「却下よ」
「酷くない?」
流石イエ・ティーさん、コールの扱い方をもうマスターしつつある。素晴らしいまでの切り返しだ。拍手が出そうになってしまう。
「コール君はどうせ、僕は何をすれば良いんだい? とか聞く気でしょ?」
「……やはり人ではない故のエスパーか…………」
「コールちゃんが分かり易いだけよ」
「え、そうなのかい……?」
「ええ、そうなのよ」
サラは相変わらず的を射るような発言だ。怖い。
「イエ・ティーさん、それで当日の動きはどういう感じになるのか、大体考えているの?」
「それならばっちりよ」
「え、イエ・ティーさん凄いな、もう考えて来たのか」
「まぁ、割と単純な策戦よ。
公開処刑が大広間で行われるのは話したわよね?」
「あぁ」
「大広間から監獄は少し遠いわ。
でも遠すぎるわけではないのよ、もし公開処刑中に監獄で騒動が起きたら、少なくない人員がそちらに派遣されるわ」
「なるほど、公開処刑中に騒動を起こし、混乱を招く、という事でいいんだな」
「そういう事よ。
でもそれだけじゃダメよ、ダメダメ」
……はい、皆さんが静まり返るまで一秒もかかりませんでした。
「それだけじゃ、なんでダメなんだ?」
「それだけじゃ死刑執行の続行に影響は与えられないと予想されるわ。
そこで、貴方たちの出番よ」
「僕たちかい?」
「違うわよ!! 貴方たちはクルア・スパイクを助けるために動くのでしょうが!!」
コールは物凄く馬鹿なのじゃないだろうか。いや、疑問を持った俺が馬鹿なのかもしれないと思う程には、これまでの数日で数々の馬鹿なことがあった。
「となるとぉ、俺たちかい?」
「となるともくそもなく、貴方たちよ。貴方たちには各地で騒動を起こしてもらうわ。
でも貴方たちはこれからもここで暮らす人たちだから、それぞれが犯人もわからないような小規模な騒動で良いの」
「例えば、爆竹を鳴らすとかでもいいのか?」
「良い例だと思うわ、その程度で良いの。
それがそうね二十もの小さな騒動がほぼ同時に、または連続して起きてみなさいよ、公開死刑執行中に、監獄で騒動が起き、また多くの騒動も多発するなんて、恐ろしいでしょ。物事は大きく捉えられるに違いないわ。
オアシスアクエリアスの仕業だ、なんて大騒動に発展するかもしれないわね」
何故かイエ・ティーさんはサラの方を見ながらそう言った。
「そうか、なるほどな、そんな中、死刑など行える訳が無いという状況まで発展させる気か」
「そんなに上手くいくのかしら」
「いかせるのよ、オアシスアクエリアスの仕業だと思わせる為の細工を施す事でね」
「そんなのどうするんだ?」
「簡単な話よ。オアシスアクエリアスのスパイが見せしめの為に公開処刑されるとなれば、オアシスアクエリアスが介入してくるかもしれないでしょ。まぁ実際、そんなことをして来るほどスパイに優しい国なんてあるはずないのだけれど」
「情報を、流すのね」
「その通りよ、スパイの処刑を受けてオアシスアクエリアスが動いているだとか、実は既に新しいスパイが数人送り込まれているとかね、嘘か本当かなんてどうでもいいのよ、その情報が世間に知れ渡っているかいないか、それだけが大切なの」
「それはわかったが、そんなのどうやって流すんだ? 正直見当もつかないんだが」
「アーリン君は意外と頭がキレないわね。
思考能力を伸ばせって言ったはずよね。まったく成長が見られなくてがっかりするわ。
……私がするのよ、急に私へ目を向けたのは何故なのか考えてみなさいよ」
なるほど、さっきからサラに目を向けていたのはそういう事か。確かに情報収集が得意という事はイエ・ティーさんも知っていることだ。
さらにこれはイエ・ティーさんにとっては嬉しい誤算だと思うが、サラは元情報屋でもある。情報を聞き出すノウハウは完全に頭に入っていてプロそのものだ。
サラの技術をもってすればまた情報を流すことも容易い事なのかもしれない。
「もしイエ・ティーさんがいなかったら、クルア・スパイクの処刑を目の前に唯茫然とするしか無かったんじゃないかしら?」
「何も言い返せない自分が悔しい……」
「サラさん、言いすぎですよ、確かにアーリンさんは頭がキレていませんが、頑張っているんですよ!!」
いや、フォローになっていないからーー!! 寧ろ傷付くから止めて。
「そうかしら、料理作って満足してるだけにしか見えないけど?」
「そんな事ないですよ、アーリンさんは日々美味しい料理を作るために思考錯誤しています!」
止めてリリィちゃん、それもフォローになってない、攻撃してるよ。料理の事しか考えていませんって言ってるようなものだよ……
「そもそも今日の為に何か策戦を考えていたの?」
「え、それは、もう、勿論」
「へぇ、言ってみなさいよ」
「あー、大軍隊で正面突破」
はい、皆さんが静まり返るまで一秒もかかりませんでした。
「すみません、何も考えてなかったです。今日の会議で指針が決まるかなぁって感じで来ました。ほんっとすんません」
「素直でよろしい。後で私にマッサージしなさい」
「嫌だよ!! なんで罰がサラにマッサージなんだよ!! そもそも罰なんていらないだろ」
「甘えよ、それは」
イエ・ティーさんが急に話に入ってきた。そしてその言葉に皆続いた
「甘えね」
「それは甘えです」
「甘えだねー」
「甘えてんじゃねえぜ!!」
おじさんまで入ってきた。
「いやだぞ!! サラ煩いんだ!! そこは凝ってないだとか、下手だとか絶対嫌だ!!」
「そうね、私はイエ・ティーさんの策戦は中々上手に作られていると思うわ」
「まさかのガンスルー!!」
「それじゃぁ、サラさん、情報を流すのお願いね。きっとこれは貴女にしかできないわ」
「任されたわ」
「それじゃあ、質問良いかな」
「却下よ」
「酷くない?」
「どうせコール君は、じゃぁ僕はどういう風に動けばいいの、とか聞く気でしょ?」
「……何故わかったんだ……やはり人でないからこそ使えるエスパー的ななにか……」
「コールちゃん分かり易すぎるって言ったでしょう?」
「確かにコールさんの思考はアーリンさんより単純化していると思います」
「リリィちゃん、それ地味に俺も傷付くから止めて欲しいんだけど……」
「す、すみません、悪気はなくて、ただその思ったことを言ったまでで……」
撃沈!! ついでにコールもそこそこダメージを負っていた。
「俺たちは大体のチーム分けをしておいたぜ!」
急にどうしたと思ったが、さっきから静かだったおじさん達はなんと、自分たちの役割を把握して、しっかり少人数のチームに分かれていた。一人で爆竹を鳴らしたり等の超小規模な騒動を起こす人が大半だが、私闘を繰り広げるらしいどちらも強靭そうな肉体の二人組等もいる。
自分たちのやるべき事を把握し、それの為に従事する……正直コールよりも遥かに頼りになる存在だ。
「これで大体の方針は決まったわねぇ。私が監獄で動く、おじさん達は分かれたチームそれぞれで動く、そしてアーリン君たち……貴方たちはその騒動と混乱に乗じクルア・スパイクを助けるのよ。
質問や異論はないわね?」
「もし、俺たちが失敗したらどうなるんだ?」
「そんなの知らないわよ、失敗しないように何とかしなさい。
でも失敗しようが成功しようがやる事に変わりないんじゃないかしら。
この騒動を起こした後私は北に向かうのよ、そして貴方たちもここに留まるわけにはいかないでしょ、処刑前日がお互い顔を見る最後になりそうね、もちろんこのお店の客たちもこのお店のママともお別れね」
「そうか、そうだな……失敗したらなんて質問した俺が間違っていたな、やることは変わらないな。
みんなの無事を祈るべきか」
「それもそうだけど、それこそそんな事は処刑前日にやればいいと思うけどね」
「確かにそうだな」
少し楽観的にも感じるがコールの一声はいつも俺を落ち着かせてくれるから本当に有難い。
正直コールの真意や目的などは一向にわからないままなのだが、それでもこの先も仲間でありたいと思える人となりをしている。
俺以外に対してもこういう行動が見られるから、きっとリリィちゃんもそう思っているだろうし、このパーティの中では一番人を疑うことができるサラですらもコールとの距離は明らかに詰まっている。
もし彼が詐欺師か何かならそれは相当な腕の持ち主だが、そう考えるのも野暮なくらいの存在である。
*
一回目の策戦会議が終わり、俺たちは宿に戻る道を四人並んで歩いていた。
「あーそうだ、コール」
「何かな」
「あーいや、そろそろコール仲間と信じてもいい気がするなぁって俺は思っているんだよね」
「あ!! そうかー、僕まだ正式メンバーじゃなかったのか!! 忘れてた、悲しい……
あ、どうしてそう思ったんだい?」
「いやまぁ、そういうとこだよ」
「確かに、コールさんと話すと不思議と緊張が解けます」
「まぁ緊張が解けるどころか緩んでしまう気もするけどな」
「そんなに褒められると流石に嬉しいなぁ」
「そこは多分、照れるって言うところだと思うぞ、クルアでも照れていたのに、コールはスパイに向いているかもしれないな」
「クルア・スパイクが照れてたのかい!! 驚きだなぁ」
「コールはクルアの事知らないじゃん」
「あぁ……いやぁ……話を聞く限り僕と似ているんじゃないかなって思ってね……」
「確かに似ているなぁ。出身地が関係しているのか?」
「そうかも知れないね! オアシスアクエリアスは良い国だよ!!」
「あんまりそういう事を大声で言うなよ……」
故郷だからそんな補正がかかるのだろうか、オアシスアクエリアスが良い国だとは傍から見れば到底思えない。
「まぁ、いいんじゃないかしら? 正直たった数日でここまで馴染むという事は決して相性が悪いという事ではないんでしょ。
まぁ私はまだ信じているとは言いきれないけど。
でもコールちゃんは、なんか勝手についてきそうだし、アーリン君とリリィちゃんは寂しがりそうだし、そんな事を考えているともう、どうでもよくなっちゃったわ」
「お、じゃぁ僕もとうとう正式加入決定?」
「そうなるな……ようこそ…………とくにパーティー名とかはないけど、とにかくようこそ」
「……締まらないですね」
「私たちらしくて良いんじゃない?」
「ふふっ、それもそうだな。
なんで集まったかなんてのも曖昧な俺達らしい。
リリィちゃんもほぼ巻き添えだし、コールは……なんでいるんだ?」
「酷っ!!」
今まで何もわからない、何も決まっていない状態が続いていた俺たちに、突如訪れた鍵となるには十分の濃い情報と、行動指針。
勿論気を抜かすような間抜けな事はしないが、今までが今までだったこともありその安心感たるや自分の物ですら計れない。
この先に戦争抑止を抱えているサラの安心感なんぞ測る事がおこがましい程なのだろう。
ただその安心感から、この帰り道は心の底から微笑みあえる事ができた。
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