監守の……

 飲み屋に行った次の日の夜、俺達はまたこの飲み屋へ行くために大通りから逸れた路地を歩いていた。


「それにしても、牢に詳しい人ってどんな人なんだろうねー」


 そう軽そうに疑問を投げつけてきたコールに俺はさぁな、と手短に返事をする。


「アーリンは興味無いの?」


「別に無いことは無いさ、ただ……考えても仕方ないだろ」


「確かにそうかもね、でも考えるの楽しいよ。やっぱり牢に詳しいだけあって怖そうな人なのかなとか、実は案外優しそうなお爺さんだったりして、とか、考えてると良い暇つぶしにもなるよ」


「あぁ、まぁそうかも知れないな……確かにそうだ、どんな人物か予想して楽しむとするか」


 コールの言葉で少し緊張が解けた俺は暇つぶしに付き合うことにした。どうやら自分は勝手に相手を厳格な人間と判断していたらしい。


 結局、牢の事に詳しい人物はとても怖そうなおじさんではないかと四人の中で決定した。俺のもともとの判断と変わってはいないのだが、仲間たちと話している内に気分も普段と変わらない状態ができてとても落ち着いていた。


「すみませーん」


 どうやら俺という人間はあまり学習能力が無いらしく、昨日と同じ入り方で店内を少し冷ましてしまったが、お店の人は昨日と同じように元気な声で俺達を迎え入れてくれた。


「おぉ! おめぇさん達か、よく来たな、こっちだ」


 昨日のおじさんがそんなに広くない店内の奥に俺達を引き連れる。


「意外と奥が深いんだな、このお店は」


「はっはっは、そりゃまぁここは俺の家も兼ねてるからなぁ!!」


 おじさんの一言に思わず吹き出しそうになる。


「え、ここの店主だったのか」


「そうだぜ、俺はここのマスターだ!!」


 嘘だろ、ほぼ客だったじゃん、昨日驚く程お酒飲んでいたけど、あんなにお酒飲んで大丈夫だったのか?


「じゃぁ、あの店員さんは、おじさんの奥さんなのですか?」


 リリィちゃんがなにげない質問をする。


「そうだぜ!! イケてるだろ!!」


 奥さんに対しての評価では無いのとは思うのだが、確かにイケているかイケていないかで言われたらイケているので否定はしない。


「それより随分と奥に連れるのね、もうここはほとんど居住スペースじゃない」


 サラの疑問も当然で周りには家そのもの風景が広がっている。


「すまねえな、でも怪しまないでくれ、仕方ないんだ。

牢に詳しいやつはな、特別扱いなのさ。なんせそのままの姿で外にいたら大騒ぎになっちまう、俺は正体を隠したままで良いとは思ったんだが本人がありのままの姿で話したいっつってな」


「変装しないと大騒ぎってことは随分な有名人なのか?」


「会ってからのお楽しみにしといた方が面白いかもしれねえぜ、つってももう会えるがな、この部屋だ」


 有名人かもしれないということで緊張がぶり返す、と言っても店に来る前の緊張とは少し方向性が違う緊張なのだが、それでも緊張は緊張だ。

 震える手を少しでも抑える為に左手で右の手首を掴みながらドアノブを捻る。


「あ~らぁ~、貴方たちがこいつの言ってたアーリン君たちねぇ!! よろしく、私はイエ・ティーって言うの!!」


 俺は開けたドアを閉めそうになったがコールが気を利かせてドアを支えていてくれたので助かった。


 扉を開けて目の前にいたのは、毛深い巨人だった。全身白い毛に覆われていて俺よりも二回り以上大きい体躯にどっしりとした下半身が印象的だった。


「イエティだよな?」


「違うわ!! イエ・ティーよ!」


 いや、どう考えてもイエティだ。これは雪男だ、人間ではない。

なるほど、大騒ぎになるというのはこういう事か、納得だ。


「そういえば、昔、首都で雪男を見かけたことがあるって聞いたことがあるわね」


「雪男じゃないわよ! 私は乙女の心を持っているの!!」


 しかし女だと断言しないという事は、そういう事なのだろうか。真相は闇に葬ったほうがいいのだろう。


 とりあえず、真ん中に設置されている高級感溢れるテーブルを挟んで俺達四人が片方のソファに座り、向かいにイエ・ティーとおじさんが座った。


「えっと、もう知っていると思う、というかさっき呼ばれたが、俺はアーリン・ルビスキンだ」


「私はサラ、サラ・ドールトンよ」


「リリィ・シルビアです」


「僕はコール・ハードル、コールって呼んでね!!」


 とりあえず自己紹介をすます、とても大切なことだと思う。


「あらら、丁寧に有難うね、じゃぁ私も……改めて、私はイエ・ティーよ、牢の……監守をしているの」


「えっ…………」


 ちょちょっちょ、ちょっと待て、牢の監守をしている者がこの話しに加担するのか? どういうことだ。


 この一言には、流石のサラも、そして楽観的なコールでさえも表情が引きつっていた。


「えっと、すまない、状況が飲み込めない、牢の監守が俺たちに協力してくれるのか?」


「そうよ」


「そうよって……どういう事だ。俺たちは脱獄させようとしているんだぞ」


「わかっているわよぉ、だからこそ、この上ない協力者だと、思わない?」



*


 それからイエ・ティーさんと俺たちはいくつかの情報交換をした。と言っても、ほとんど情報は貰ってばかりで、俺たちからの情報などは少ないに限るのだが、イエ・ティーさんはそれでも俺たちに情報を与えてくれた。


「それで、クルアの死刑はいつ行われるのか目処とかはたっているのか?」


「オアシスアクエリアスのスパイの事は有名よ、牢獄全体で話題になっているの。だから貴方たちは幸運よ、私はそんなの知る立場じゃないの、でも話題が大きすぎる彼の事はどこからか漏れて来たのよ」


「つまり、知っている……と言う事だな」


「あくまでも、確実で証拠があるような情報じゃないわ、でも私は確信している。クルア・スパイクの死刑は今日から三週間後に行われる……それも、噂通り、大広間での公開処刑よ」


「三週間後……それに大広間でか。

 でも何故イエ・ティーさんは確信しているんだ? それが知りたい」


「何故なのでしょうね……女の勘かしら」


 これはつっこんでいいのだろうか、いやでも本人は至って真面目な顔をしている涙を飲んでつっこまないでおこう……


「あと……あれね、情報の大きさよ。クルア・スパイクの公開処刑の日時についてはもう牢獄全体に広がっているの、首都どころか、首都以外に広まるのも時間の問題なのよ。

 ここまで、この日時が広まってしまったら、もし日時がまだ決定していなくてもそうした方が政府はやり易いでしょ? もうそこまで情報が大きくなっているって事よ」


「そうね、私もその日時じゃないかと踏んでいたわ」


 不意にサラが発言をしたので少し驚いた。


「実は私も独自に情報を集めていて、そんな事を聞いていたの。

 牢獄近くのお店では多くの人がそんな事を喋っていたけれど、私が詳細を聞いてもただの噂という事で流されてしまうことが多かったから、アーリン君にはまだ言っていなかったのだけれどね。

 ただ流されるのがまた怪しかったわ、何か確証を掴めたらすぐにでも報告するつもりだったのだけれど……イエ・ティーさんからその日時が出てくるとはね……」


 このサラの発言を聞く限りどうやら、監獄全体に広がっているというのは本当なのだろう。監獄全体に広がり、監獄周辺でも今もう既に話題になっている……確かに情報の伝播は事が事だけに速いらしいし、イエ・ティーさんが嘘をついていない事もわかった。

 サラが独自に情報を集めているのは知っていたがまさかそんなところまで足をはこんでいるとは脱帽だ。何よりサラの発言のお陰で情報はともかくイエ・ティーさんの発言には確証を得たので凄く助かった。


「なる程、な……俺もそれを信じようか。三週間後、大広間で公開処刑だな」


「最短でないのは不幸中の幸いと考えるべきなのでしょうか」


「うーん、まぁ確かに、最短で公開処刑されていたらできない何かしらの準備も一週間もあればできる可能性がでてくるもんね」


 リリィちゃんとコールがそんな会話をしている。確かに最短より一週間の猶予ができたのは一刻を争う現在においてこれ以上ない幸運だろう。


「信じてくれるのは、有難いわ~」


 俺が信じると言った後、イエ・ティーさんの口調が急にゆるくなって気が抜けそうになった。


「それにしても、イエ・ティーさんは監守をしているのに何故こんなに協力してくれるんだ?」


「あー、それはね、気づいてなかったかも知れないけど、私、幻と言われている雪の一族なの」


 気付いてましたが……最初にイエティだよねって言っちゃったくらい気付いてましたが。


「私が監守をしているのは強制なのよ、国に捕らえられているような物よ。

 今回、この作戦の首謀者の一員となって雪の一族の下へ帰りたいのよ」


「そう、だったのか……」


「別に貴方が気を遣う事は無いのよ、この事に関しては私の戦いよ。

 勿論、貴方たちの事を疎かにはしないから、安心して頂戴」


「そうか、わかった。俺たちも俺たちの事を為すので精一杯だけど、でもこれだけはさせて欲しい。イエ・ティーさんが無事に仲間の下へ帰れることを応援するよ」


「……有難う、お互い頑張りましょうね」


 イエ・ティーさんの事を聞いて俺は密かに滾らせていた、政府への憎悪にも似た怒りの感情を。


 変えてやる、俺や母を苦しめたこの国を根元から確実に……

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