首都

 ノースリーブラ共和国、首都ノバ・シルビク。

 大きな河が隣接したその都市は、俺が住む町から蒸気機関車で一日かかるところにある。大きな河の一角に人口で作られた湖があり、それをダムとして利用している。大きな河とこの人口的な湖のおかげで人が集まり、やがて自然と首都になったそうだ。

 俺が住む町からこの首都まではまだ近いほうで、そのおかげでまだ蒸気機関車が通って間もないのに線路が引かれた。現在線路は急速に拡大中だが、ノースリーブラ共和国の莫大な国土に対してはまだ三割も引けていないのだとか。


 そして俺はこの巨大な都市の大きな河で……溺れかけていた。


「サラ!! だすげで!! んぼぼぼぼぼぼ!!」


 

 リリィちゃんと出会ったあの地獄の一日から三日経ったが、未だに筋肉痛は収まらず俺は本調子でないまま、このノバ・シルビクにやってきた。

 同行メンバーはなんと三人で俺、サラ、そしてあのリリィちゃんもついてきてくれることになった。というのも、リリィちゃんは現在一人で活動中らしくそれなりにオーダーをこなしてきたらしいが、戦闘スタイルのせいで美味しいと言われている獣の肉も食べられないのが悩みで、また自給自足も不得手だそうだ。


 それならば、いっそこの三人でパーティをくんでしまえば飯は俺が作るし、サラは獣を蹂躙する……倒して下さるし、リリィちゃんは存在が癒しだし、すごくバランスの取れたパーティだ。

 

 そんな素敵なパーティメンバーと一緒に市街地を歩いていた訳だが、サラは相変わらず足が速いし、リリィちゃんもサラと喋りながら歩いているから速い、てかついていけるの驚きなんだけど。

 そして俺、俺は先ほども述べた通り、筋肉痛がまだ響いているうえに歩くのも遅い、諦めて姿だけを見失わないように注意しながら後ろの方を歩いたのだが、急に出現した人だかりにどんどこ体が流されて、いつの間にか河に落ちていた。


 そこまでは良かった、いや、よくないけど、全然良くないけど、まぁ良かった。それからが酷すぎて尺度がおかしいのだ。


 俺はとりあえず陸に上がろうと適当に陸を目指して泳いでいた、その時だ、体が妙な違和感を発し、徐々にその違和感が位置をずらしていく、違和感の発生源はふくらはぎだ。


 くくく、くく……っぽん!!


 とふくらはぎの筋肉らしき部分が音を上げたような感覚と共に跳ねる、その刹那この世のものとは思えないほどの痛みが俺を襲い、また足が伸びたまんま動かなくなった!!


「おんぎゃーーーー!! いててて!! あ、これ、攣った、攣ったよ!! 助けて!!」


 俺の叫び声は虚空へ消える。あかん、死ぬ、とどこぞの方言が出そうなほど死を直前に脳がパニックを起こす。手の力だけでなんとか体を水上に浮かすがすぐに沈んでいく。


「大丈夫かい!! できるだけ落ち着いて、力を抜くんだ! 今助けに行くから!!」


 何故か死を覚悟するのに既視感を覚えたその時、どこからか毎日の発声練習を欠かせていなさそうな声が聞こえてきた。


「アヴァ! ボウブリデス……」


 だめだ、口に水が入りすぎてロクに発生すらできない。

 さっきの声の主の姿を確認することなく、俺はそのまま溺れていった。と思ったのだが、気が付くと抱えられた状態で水中を移動していた。

 そのまま、身を任せているといつの間にか陸に上がってさっき聞いたなんかすごく爽やかな声で心配された。


「大丈夫かい? 水は口に入っただけで飲んではいないみたいだね」


「あ、はい、大丈夫です。有難うございます」


 と、まぁ俺のスーパー平常を保つ心によって、まるで何事もなかったかのようにお礼をいったわけだが、適度に伸ばされている濡れたブロンドの髪をかき上げながら爽やかな声でにっこりとこちらを向いてはにかめられれば、こんなの誰でもキュゥンとしちゃう。


 実際俺もキュンとした。王子様っているんですよ!!


 その後、服を新調し、現在泊まらせてもらっている宿にずぶ濡れになった服を置きにいった。助けてくれたお礼のためにさっきの青年と待ち合わせして、適当なお店でお茶を奢ることにした。


「改めてさっきは助けてくれてありがとうございました。割と本気で、死ぬかと思いました」


「無事ならよかったさ、それより、さっき助けた時も、ここで待っててくださいと言ってすぐに行ってしまって、名前を聞く暇がなかったから、お互い軽く自己紹介でもしようじゃないか。

 僕は、コール・ハードル、しがない旅人だよ」


 そう言って上品にお茶を飲む。


「俺はアーリン・ルビスキン、今は冒険者として生きている、ついでに左にいるのがサラ、サラ・ドールトン、右にいるのはリリィちゃん、リリィ・シルスアだ」


「アーリン君を助けてくれて有難う!! アーリン君歩くの遅くて困ってるの、宜しくね」


 何故その事を言ってから宜しくねと続くのだろうか。


「リリィ・シルスアです。アーリンさんを助けてくれて有難うございます。アーリンさん歩くの遅いですよね、宜しくお願いします」


 え、リリィちゃんまでそんな事言うの、てかなんでそれ言った後に宜しくねって続くの。


「あぁ、宜しく三人共、といっても、顔を見知った程度だけど、袖振り合うも他生の縁なんて言うしね。いい出会いだと嬉しいね」


 でました殺人スマイル。このスマイル攻撃力が高すぎる、マイニー払える。


 リリィちゃんが心を打たれていないか心配になって、そちらを見る、リリィちゃんは美味しそうにお菓子を食べていた。すごく安心した。サラは……サラは割とどうでもいい、そう思ったら足を踏まれた、勘が良い女は嫌いだ。


 少し会話を続けていたがとくに会話がはずむ訳が無いので話題を探してみる、かといって今日はいい天気ですねなんて、そんな一瞬で終わってしまうような会話は勿論ダメなので、割とちゃんと考える。


「旅人って言ってたけど、どうしてここに?」


 はい、ごめんなさい、首都だからですよね、一瞬で終わる話題でごめんなさい。

 なんて、聞いた途端後悔していたのだが、その答えは意外だった。


「まぁ、旅人といっても、ここが旅を始めてから初めて訪れた場所なんだ。旅人初心者なんだよ、だからまぁ、宿は確実にあるし治安も良い場所を選んだのさ。

 それじゃぁ、君たちは何故ここに来たんだい?」


 この青年、話の広げ方がお上手!! でも正直この質問には困った、本当の事なんて言えるわけないが、サラのあの言葉を思い出すと嘘をつけない。

 サラに助けを求めるように肘をつつく。

 すると、わかったわ! と言ってるようにウインクをしてくれた、流石サラ、頼りになる。


「それはね、私たちぃ、新・婚・旅・行で、やってき」


「あああああああああああああ!! 違う! もっとましな嘘を付け!!」


「アーリンさんとサラさんはそういう関係だったのですね……」


「いや、あり得ないだろ! よく考えて、リリィちゃん、もし仮にこれが新婚旅行だとしよう、それじゃリリィちゃんの存在気まずすぎるだろ。あとないからね、そういう趣味じゃないんだ」


 そんな会話をぎゃーぎゃーと行っていたら突然コールが笑い出した


「あっはっはっはっは、君たち、嘘をつこうとしていたと本人の前で言っているのかい? これじゃあ、今からどれだけましな嘘をついても全部お見通しだよ」


「「「……おっしゃる通りで」」」


 三人息ぴったりで楽しいね……じゃねえ!!  そうだ、これじゃ完全に信用がなくなった!! 旅人だから少しは情報を持っているかもしれないと思ったが残念ながらもう無理だ、例え知っていたとしても教えてくれることはなくなった……


「あー、コール君? でいいかな、とりあえずコール君これはその違うんだ、うん……あー、本当! すみませんでしたー!」


「いや、こんなに笑ったのは久々だし、別に怒ってなどいないさ、嘘をつきたかったくらいだ、ここでは話しにくいような事の為にこの首都に来たのかい?」


 この青年、なかなか頭がキレる。嘘をつく理由などいくつもあるのに、今までの状況を整理して俺たちの目的を的確に探ってきている。

 ただの旅人なんて言っていたが隠しきれていない上品なしぐさからしてかなり怪しい。

 会話の仕方にも少し特徴が有る、一見ただのオーバーな人間だと思われてしまうような身振りと共に言葉を紡ぐが、その振る舞いには細かな工夫がみられる。

 わかりやすい例として、抑揚がしっかりと付けられていて相手に伝えたいことを明確にさせる反面、相手に余り伝えたくないことへの印象を少なくしている。


 だが、性格が良いのも受け取れる、まさにその振る舞いの一つから汲み取ったのだが、何か面白い話をするとき相手に楽しいと感じさせる為のめいっぱいの努力が垣間見えるのだ。楽しむことに関して貪欲な人間でもあるのだろう。


「まぁ、そうだな、ここで話すのは宜しくない。

 俺が今泊っている部屋を使おう、三部屋借りているがみんなが集まるときの為三部屋の中では一番広い」



 そして俺たちは俺の泊っている宿に向かい、その途中でこの話は他言しない事を約束した。約束を守るかどうかなんて知る由もないが、そこはもう嘘を見抜かれた俺たちが弱いから仕方ない、俺たちは真実を話しこの少し怪しい旅人の信用を買わなければならない。



*


「なるほど、それで首都に来たわけだね」


「あぁ、無謀なことなのはわかっているが、それでも俺は助けたいんだ。この件にリリィちゃんを巻き込むのは少し心苦しいが本人も承諾してくれたから、俺たち三人がはクルアを助ける」


 部屋についてから一連の流れをかいつまんで説明した。


「そうか、それは僕も協力しないわけにはいかないな」


 ちょっと何言ってるかわかんないすね。いや、真面目に何言ってるかわからない。


「は? え? 何故?」


「まだ言ってなかったね、僕はオアシスアクエリアスの帝国民なんだよ。

 それにしても、凄いね、運命の出会いだ。

 まさかこのノースリーブラでオアシスアクエリアスの人間、それもスパイを助けようとしている人と出会うなんて、旅はしてみるものだね」


 笑いながらこんなことを言うが、こちらとしてはクルッポに実弾がかすった様な反応をしているだろう。怪しいと思っていたがまさかオアシスアクエリアスの人間とは思いもしなかった。


 オアシスアクエリアスの人間がこのノースリーブラのさらに首都に来るなど自殺行為と言っても過言ではない、現在の警戒態勢では入国しただけでスパイ扱いなんてざらにある話なのだ。

 それなのにこの青年はあっけらかんとしてこの国で悠々と生活しているのだ、人助けなんかして、そしてこれから本当のスパイ行為と言っても過言ではないようなことをすると言いながら。

 本当に計り知れない青年だ。


「だからと言って、助ける道理はないと思うのだけど?」


 そうサラが疑問を口にした。


「そうだね、まぁ僕が困っている人がいたら助けたいって思う人間だから? かな」


「それだけで信じられると思う?」


「確かにそうだね、でも僕は本当にそうなんだよ。それが自分と同じ帝国民ならなおさらさ、それが主観的でも、助けるのは僕だからそこらへんは気にしないけどね」


「それじゃぁ、アーリンさんを助けた理由って」


「それも、僕が困っていると思って、僕が助けたいと思ったからだよ」


「本当にそれだけだとしたら、それは相当なお人好しだな」


「そうだね、そうとも言うかもしれないね、でもそれが僕だから仕方ない。

 無理に信用してくれとは言わないよ、でも僕は勝手に君たちに協力しようと思っている。

 で、その協力内容を認めてくれた時に仲間だと思ってもらえれば嬉しいな」


 それだけ告げるとコールは去っていった。まだ聞きたいこととかがあったのだが、なんだか用事があるとかで、凄い速さでどこかに行ってしまった。困る。これは困る。確かにあの青年を仲間だと信じるのはできないが、もし仮に、そうこれは例え話だが、彼が仲間になったとしよう……俺はまた足が遅いと言われてしまう…………どうして俺の周りに来るやつは皆足が早いのだ。悲しい、いつも一人で歩く人の事を考えろ!

 そんな事を考えていると少しだけ涙がでてきた。


 それより、コールだ。まじめにコールについて考えないといけない気もする。


「二人とも、コールについてどう思う?」


「私は別にいいんじゃないかと思うわね、そもそもよく考えてみなさいよ、アーリン君にとって私なんてコール青年と似たような物じゃないの? 滅茶苦茶怪しいじゃない」


「あ、確かに、でもそれ自分で言っちゃうんだ……」


「それは、そうよ、だって私とアーリン君は、もう仲間!!!! なのだからね」


 あ、はい、そうですね。

という訳で次にリリィちゃんの答えを待つ。


「私は、別に気にしません……そもそも彼は信じてほしいと言わないと言ったわけですし、それに今後の行動で示すとのことですので、今はとりあえず、言い方は悪いですけど、利用するというのがクルアさんを助けるための近道になると、思います」


 リリィちゃんが言うと本当に怖いよね、リリィちゃんって実はサディストだと思うんだよね。サラもサディストだね。俺はノーマルだから困ったね。まぁそれは置いておいて。


「という事は、現状放置か」


「そうなるんじゃない?」


「そうなりますね」


 うん、なんだが可哀想だ、まさか放置案件にされるとは思っていもいなかっただろうな、コールも。

 けどまぁなんだあれだ、そんな深く考えるようなやついないんだよ、俺なんかすぐ人の事信じちゃうしさ、うんだから、なんか次会ったとき、まるで十年来の友達みたいな薄い反応かもしれないけど気を落とすなよ……

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