有限
サラさんに逃げられたその次の日の朝、俺がいつも通り散歩をするために家をでたら家の前にサラさんがいた。
「あ、アーリン君! おはよう」
サラさんさらっと挨拶をすます。
俺もさらっと挨拶をすます。
「おはようございます、良い朝ですね」
「随分と早起きなのね、朝ご飯はまだ?」
サラさんさらっと冗談みたいなことをいうではありませんか。
サラさんあんた、どの面さげて俺の前に立つんじゃわれぇ……!!
「あら、アーリン君機嫌が悪そう……何かあったの?」
「いやあんたのせいだよ?」
「そんな、私が何をしたって言うの?」
「飯食ってそのあと何もしなかったから実際何もしてないけど、それが問題なんだよ」
「え、ちゃんとご飯の感想は言ったしご飯を与えてくれた事に感謝したじゃない!!」
「そこじゃねえよ!! 俺がなんであんたにご飯作ったのか覚えてないのかよ!!」
なんだか覚えていなさそうですごく、ものすごーーく不安なのだがサラさんに一縷の望みをかけるしかない。
「え、えーっと、誰かと一緒に食べるご飯がおいしいからだっけ?」
「そんな理由で見知らぬあんたと一緒にご飯を食べましょうなんて言うか!! あと一緒にご飯を食べましょうでほいほいついていったらダメだぞ!!」
サラさんと会話をしていると凄く心配になる、色んなことが。美人なのも相まって不安なことが多すぎる……
「それより俺がなんであんたに飯を作ったかだけど、飯を出せば俺の質問に答えてくれるっていう約束だっただろう、まさか本当に覚えてい無いなんて事はないよな」
そう言うとサラさんの眼はそろりそろりと横へずれていく。
だめだ、覚えていることは微塵も期待できない。
「あーもういい、帰ってくれ、俺は今から散歩なんだ。朝飯はそのあとだから、どっかで食ってろ」
「そ、そんな殺生な……朝ご飯が楽しみでここまで来たというのに!!」
「いや知ったこっちゃねえよ? 楽しみにされても困るよ?」
「わ、わかったわ、じゃぁ私も散歩に同行するわ。そしてその間にあなたは私に質問する、どう? 良い案でしょ?」
「わかったがお前に朝飯は食わさんぞ」
「ええ!! どうして? 質問に答えてあげるのに!!」
「どうしてもくそもあるか! 飯は昨日作ってやっただろう。
で、今日俺の質問に答えたら貸し借りはそれでなくなるだろう、それ以上俺はお前に何かを求めることはないからお前に飯も作らないぞ!!」
「じゃ、じゃぁ、その後もアーリン君の情報集めに協力する! ねえ、これでどうかしら、良いと思わない????????」
なんか最後の押しがやたら強い気がするが、それは実に難しい提案だ。
確かに今後俺一人でこの活動をするのは限界がある。
かといって協力するのがサラさんというのは心もとない……
そう吟味しているとサラさんが自己アピールを始めた。よほど飯が食いたいらしい。
「こう見えて私色々情報は持っているし、何より情報を集めるのも得意なのよ、後多少は獣とも闘えるから街道を歩く際は役に立つわ!!」
「どこまでついてくる気だよ!!」
「え、もう私たち、仲間じゃない、仲間!! ね!!!!!」
さっきから凄い押しが強い、この人怖い。
「はぁ、どうしてそこまで俺に協力してくれるんだ? まさか飯だけで?」
それを訊くとサラさんは急に雰囲気を変えていつもより少しはっきりとこう言った。
「アーリン・ルビスキン、あなたの事は知っています。料理が美味しいことは調査済みであなたに接触しました。勿論、それだけじゃないですけどね。」
正直ぞくっとした。あのお爺さんのように仕事の顔というのか、真面目な顔というのかそういう表情が二つ目として存在している人間は底知れない強さを持っている。昨日どころかさっきまで全くきづかなかったが彼女もそれを持っている。
「……クルア・スパイク」
そして俺は目を丸くした、一瞬彼女が発した言葉なのか疑うほど低く聞こえた。
「誰だ? そのクルアっていうやつは」
「知らないふりをしても意味がないですよ、そんなに驚いた顔をして、あなたは人は騙せないのに、人には騙されやすい。ただ私はあなたを騙そうとしているわけではありませんし、あなたの敵でもない、それは信じて頂きたい」
「じゃぁ、なんで俺に接触したのかますますわからないな。俺に何の用がある」
「あなたはオアシスアクエリアス大帝国の本当の姿を知っていますか? オアシスアクエリアスは傍から見れば大陸の安寧を揺るがす悪の大国家ですが、その中身は違う、その中身だけを見れば、あなたのような可哀想な人間はいないし、現れもしないでしょう。そして私のような不憫な存在もいないのでしょう」
「俺が可哀想? 何を言っているんだ?」
「ですから、あなたの事は知っていますと言いましたよね。」
俺のことを知っているっていうのは俺にとってほぼ脅しにも近い言葉だ。そしてまた目の前にいるサラ・ドールトンは俺と同じ事を思いながら育ってきたのだろう。
俺の事を知っているのもわかったが、俺の敵ではないというし、ますます俺に接触した理由がわからない。
「では先ほどの質問に答えましょう、あなたがクルア・スパイクを助けることでオアシスアクエリアスに大きな借りができます。この借りを利用してオアシスアクエリアスとこのノースリーブラ共和国との戦争を避けさせようと考えました」
「そんなの誰が考えたんだ?」
「国の戦争反対派、とでも言っておきましょうか。実際オアシスアクエリアスとの戦争に勝ち目はありません、これは国の存亡をかけた、小さく静かな戦争です。個のリスク、特にあなたへのリスクは計り知れませんがしかしそれだけのリスクでこの国が守られるかもしれないのです。
ですから私は頭を下げてあなたに協力を希います。
どうかこのノースリーブラの為に、私たちに力を貸してください、あなたのリスクが少しでも軽くなる努力は致します」
そう語るサラさんの目はご飯に対する必死さとは別の、焦りが垣間見える必死さが読み取れた。
昨日のサラさんが本当のサラさんかどうかはわからないし、サラさんの後ろに何がついているのかもわからない、けど今のサラさんを信じられるから、俺はサラさんを信じることにした。
「はぁ……散歩する時間が無くなってしまったな、朝ご飯の時間もいつもより遅くなった、お腹がすいて仕方がないな。うまい飯を食べる為にも誰か一緒に食べてくれるといいな、クルアはもういないし、どうしたもんかね、サラさん」
そう言って俺は頭を下げ続けるサラさんの肩に手をのせる。
これが協力への同意の意味だと理解するのに少し時間がかかっていたが、やがて顔を上げサラさんは嬉しそうに笑っていた。
「アーリン君!! 今日のご飯は何ですか?」
俺の知っているサラさんに戻ったので、なんだか安心した。
*
「それで、クルアって今どうなってるんだ?」
飯を食いながらサラさんに聞いてみた。
「クルア・スパイクは今、首都直轄の牢獄に監禁されているの、スパイだから死刑からは逃れられないと思うのだけど、いつされるかはわからないわ。
ただ、彼はオアシスアクエリアスのスパイで初めて捕まったスパイなの、それが自己申告というのもなんだか不思議な話なんだけども、それは置いといて初めて捕まったスパイだから、見せしめの為に公開処刑されるかもしれない……なんて首都近郊では騒がれているわ」
「公開処刑だと? もし公開処刑なら噂されてからは早いよな、過去の例では平均で6ヶ月以内、最短で1ヶ月で執行されているはずだったな」
「随分と物知りなのね」
「昔資料の整理や多くの本を管理する仕事をしていた時があって、その時にこういう資料を扱ったことがあったんだ。色んな資料を見たが、正直一番見たくなかった資料だったな。
それにしても時間がなさすぎる、いつ執行されるかの情報も含めてもっと調べないといけないな」
正直公開処刑など古臭いやり方でやるとは全く思わなかったので、ここまで時間がない事は想定していなかった。もし最短ならばあと三週間も切っている状態で事態は最悪から極悪まで低下したようなものだ。
「情報は私に任せて、言ったでしょ、こう見えて情報は持っているし、集めるのも得意だって」
「確かに言ったけど、本当なのか?」
「本当よ、本当。今はギルドで冒険者として食べていく分だけのお金を稼いで厳しい生活をしているけど、わたしだってあなたと同じように働いていた時期があるの。
それでね私は情報屋をやっていたことがあるのよ、でもこの国で女性が働くのは難しいわ、長くは続かなかったのだけれども、それでも今も親身になってくれる情報屋は少しはいるわけね」
「そうか、サラさんも苦労してきたんだな」
「それはそうと、そろそろサラさんはやめないかしら、もう私たちは正真! 正銘!! 仲間なのだから!!!!!」
「サラさん今日なんか、すごい押し強くて鬱陶しいな」
「あらごめんなさい、多分無意識だったわ。それよりも! サラさんはやめてこれからはサラって呼んでほしいわ。
…………仲間なのだから!!」
いちいちこの押しの強さに反応していられない。
「あ、でも私はこれからもアーリン君って呼ぶわね!」
我儘すぎる……
「あーわかった、サラ、じゃあ情報集めはサラに任せるけど、俺は何をすればいいんだ?」
「アーリン君は、方針でも決めて頂戴、どこどこに向かうとか、どんな情報がほしいとかね」
「それだけでいいのか?」
「それだけが大変なのよ、今は確かにそこまで大変じゃないかもしれないからそれだけだと思うかもしれない、でも後々クルア・スパイクを助けないといけないの、彼をどうやって助け出すかを考えたりするようになってからは他の事になんて手を付けられないわ。
だから、今のうちに考えることを集中的にしなさいな、思考能力を伸ばさないと将来脳がパンクするわよ」
実はこの人、今まで本当にまったく微塵もミジンコ並みの小さな片りんも見せなかったけど、滅茶苦茶凄い人なんじゃないかと思えてきた。見せなかったことも含めて凄い。
「それにしても……このパンはとっても美味しいわね! 焼いても美味しいのだけど生のままが本当に美味だわ! とても柔らかいのにちゃんとした歯ごたえがあって、ふわふわな生地の肌触りと共に舌触りも心地良いわ~」
凄い……のだろうけど、ほとんど俺のような普通の人間と変わらない、寧ろそこらへんの人間より人間らしいとまで思える。
ついでに今食べているのは『女神』の食パン、昨日の味噌スープのようにただ旨いから神神と騒いでいるわけでは無く『女神』というパン屋さんの目玉商品なのだ、ご飯をどうしようか迷っているときに例のお爺さんがくれたのだ。一緒に食べようといったのだが、ほかにも人がいる事に気づいて遠慮して帰ってしまった。
恐らく誰かに自分の事をあまり知られたくないのだろうがしかし残念ながらサラはお爺さんのことを既に知っていた。というのも一週間前ここに車でやってきたとこから俺の事を見張っていたらしく、その時にお爺さんの事も目にしたようだ。それで顔を見ただけのはずなのでお爺さんの顔は知っていてもお爺さんの詳しいことは知らないとは思うが、なんとなく察しはつくと思う。
詳しく聞いてこないからお爺さんがどんな存在かは話さないが。
「サラ、今後についてだが首都に向かおうと思う、とりあえず首都近辺でもっと詳しい情報を手に入れたい」
「それについては同感なのだけど、向こうで滞在することになるのよね?」
「まぁそうなるな」
「そのマイニーはあるのかしら?」
今、俺の眼は横にそろりそろりと移動していることだろう
「はぁ、直近でお金が欲しいのならあなたも冒険者になるしかないわね。あそこは門も広いし受け入れてもくれるわ」
「あーいや……そのでも…俺…………めちゃくちゃ弱いんすわ」
「そういえば、私の小走りにてんでついてこれてなかったわね、腕に自信がないというのも納得できるほどの足の遅さだった気もするわね」
「はい……」
というかあれ小走りだったのか歩いているようにしか見えなかったぞ、てか割と速かった気もするぞ。走ったらめっちゃ速いのでは? まぁ今はいいか。
「でも大丈夫よ、もしかしたら何か隠れた才能みたいなのがあるかもしれないわ、とにかく冒険者なら草むしりでもお金が貰えるから登録しに行きましょ」
そう言われ、腕を引っ張られる、死にたいと思うほど気が乗らない。
ついでにに冒険者というのは誰にでもなれる上に名声が上がればかなり裕福な暮らしができるようになる職業だ。まぁそんなのはほんの一握りで、俗に言う勇者なんてのがそれに値する。
しかも勇者と言ってもただの称号であって魔王を倒したとかファンタジー的な要素はない、そもそも魔王もいなければ魔物もいない。
そういう概念はあるのだがそれは昔の話か空想の話だ、この世界にいるのは獣。冒険者で裕福な暮らしができるのは強力な獣を倒せるような奴に限るのだ。少数パーティで倒した例がある最強の獣はイメラと呼ばれる複数の獣が合体したような外観をしている獣で、口から火を吹き、身体は硬い鱗に覆われ、尻尾から毒を吐くらしい。
そしてこれを安定して倒せるような冒険者に送られる称号が勇者という訳だ。
そんな勇者持ちがわんさか集まる緊急オーダーがあって、それが防衛戦と呼ばれるものだ。どういうものかと言うと街でも村でも王都でもそこに大型の獣が近づいてくる事があり、その防衛を任されるのだ。
防衛戦指定される獣は個体よりも種類で判別されることが多く、人型、蜘蛛型、そして一番厄介なのが竜型だ。この3種は基本的に強い。
人型はまず頭が良い、たまに群れを作って攻撃を仕掛けてきて、記録上最短五分たらずで中くらいの都市を蹂躙し制圧したこともあるそうだ。
蜘蛛型はでかい、キモい。特に大きな蜘蛛型の獣がお腹で街を潰したこともあるそうだ、記録時間はプチッって言う間くらいらしい。
そして竜型、伝説上のドラゴンみたいな感じでもうほぼドラゴンなんだけど、骨格とかそこらへんが記録上のドラゴンとは全く噛み合わないらしくドラゴンの形をした獣という見解が一番適当らしい。でもやっぱりドラゴン、行動とか、なんか鳴き声もイメージ通り、将来エンカウントしたときには俺の脳内に直接話しかけてくれることを期待してるレベルだ。
まぁそんなのは俺には無縁な話だ……なんせ俺は体力、筋力、精霊感知力、そして霊力もない、ついでに知力もない。まじで草むしりで稼ぐ事だろう。
前途多難すぎる。
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