神の味噌スープ
良い天気だ、散歩するには絶好の朝で気温も適当な暖かさを維持していて最高にすごしやすい。大きな伸びをしてから顔を洗う、身支度が終われば朝食をとる前にお散歩だ。
こんな天気の良い日に散歩をしないなんて勿体無いったらありゃしない、もし世界が明日終わるとしても、今日と同じような朝なら散歩をするだろう。
いつだって心の余裕は必要だ、そう生きてきた。そうしないと生きていけなかったのかな? あんまり変わらないか。そう生きてきたことに変わりは無いのだから。
朝食を食べる前に散歩をする理由もちゃんとある。それは俺が散歩好きで気がついたらずっと散歩してしまうといった理由だ。朝食前にすると適当な所でお腹がすいて家に帰ることができるのだ。我ながら良い案だと思っている。
散歩を初めて15分程度でお腹がすいてきた。
「よし、今日のお散歩はここまでにして家に帰って朝ご飯だ!」
あいつに助けられてもうすでに一週間が経った。弱っていた体はずいぶんと回復していて、健康きわまりない生活を送っている。ただあいつの現状が何一つわかっていないこと等不安なことは多い。だからといってめそめそするのはよろしくない。めそめそしていいのはお酒の入ったときだけだ、多分。
お爺さんとの約束を果たす為にもクルアを助けないといけない、絶対に。
それも大切だが朝ご飯だ。今目の前に有ることを最優先事項とするのは大切だ。
朝ご飯のメニューはノースリーブラの厳しい寒さに耐えながら育てられたケイチョウの卵を熱々の鉄板の上に割って、その上から水を撒いて蓋をし、形を保ったまま焼いた通称眼焼き。
二つ並べるともう目にしかみえない。
塩をかけて頂く、黄色い部分をフォークで刺すと、とろりと半分熟した黄色い部分が出てくる、これが美味しいのだ。
またこの黄色い部分の焼き加減は好みがあり、ほぼ生が好きな人もいれば完全に焼いてしまうのが好きな人もいる。俺は間をとったいわゆる半熟が好きだ。
あと、ノースリーブラで育てられたケイチョウは生命力が異常に高いため食べられる卵を入手するのが困難で人工的に無精卵にするしかないが、この生命力のせいかおかげか、黄色い部分がとても甘いのだ。
「今日のは別格だな、黄色どころじゃないぞ、これはもう黄金だ。甘みも違う、普段食べている卵の甘みが一だとすると今日の卵は五だ!」
そしてまたこの眼焼き、例の白い粒々に乗せるとこれまたうまいのだ。
「もう、なんなんだこいつは、何にでも合うじゃ無いか! いったい何者なんだ! そして東方の人たちも何者なんだ! 食文化が進みすぎている! ……進みすぎている!!」
こうして文化に触れる度驚いている東方についてだが、東方には東たる所以がある。俺が住んでいるこの世界は主に一つの大陸で成り立っており、それは
その大大陸以外は小さな島が幾つかあるだけだ。仮にいずれかの島で暮らすのならばこの大大陸との行き来が苦にならないように空を飛ぶ必要がある。だから確認されている限りではこの大大陸以外で人間は生存していないらしい。
そしてこの大陸をかつて横断した偉人、ソフランというものがいて、その偉人がこの大陸をまっすぐ進めば出発地点に戻ることを発見したのだが、その横断の際大陸と大陸の間を大きな海で分割した地点があり、彼はその海の向こう側は別大陸だと踏んで興奮したそうだ。
そしてその海をなんとか渡り大陸の向こう側へつくとそこはまるで別世界で当時の彼はここが別大陸だと思い込んだほどだったという。
そしてその後、その海の西側を大陸の極東、その海の東側を大陸の極西、と設定された。
これが東方が東である所以なのだがこの地域は今でこそ陸路で行けるのだが、昔は大きな山で囲われていて、西側から海を渡るしか行く手段がなかったらしい、しかしそのおかげで東方では独自の文化が発展し、今! こうして! 俺に! 感動を! 与えてくれているのである!
そんな昔話と共に感動したりして忙しなく朝を終えた俺だが、健康を取り戻した今やるべきことは忘れていない、とりあえず情報収集だ。人が集まる場所に行こうと思っている。
俺はまた適当に身支度を終わらせて、さっそく昼の町へ出た、にぎやかな商店街、昼から騒がしい居酒屋、情報収集にもってこいの情報屋……これは課金要素だ。最終手段にしよう…………
そして何より各方面から情報が集まりやすい冒険者ギルド! 俺はまったく腕に自信がないので縁も所縁も無い場所だと思っていたが今はとても役に立ちそうだ。
しかし俺は本当に腕に自信がない。本当に自信がない。本当に本当だ。もしギルドに入った瞬間ケンカを売られたらどうしよう……俺……あぁ……クルアには悪いけどまた明日……いやいやいやいや、ここに入れないでクルアを助けるなんて……いやぁ、でも、あぁ……怖いなぁ…………
こうしてギルドの門の前でずっとくねくねしていると後ろから声をかけられた。
「もしもし、お兄さん、どうかしたの?」
や、やばい、よく考えたら門の前でずっとくねくねしている今俺は完璧不審者だ……
「ごめんなさい、ごめんなさい、別に怪しい物じゃないんです。本当に本当なんですよ」
そんなことを考えていたら咄嗟に一番怪しいセリフが出てしまって苦悶。俺の人生はここで終了するのかもしれない。クルア……正直すまないと思っている…………
「えぇと、そんな事言うと余計に怪しいんじゃない?」
「あー、そのあのえっといやー……えへへ」
我ながら意味不明すぎる。しかし、なんということでしょう、そのよく見ると女性はくすくすと笑い出したではありませんか、いったい何が面白かったのかさっぱりわからないから不安を煽る、もしやこれからの拷問の事を考えて? この女性サディストすぎる……!!
「ギルド初めてなのね? それで緊張しちゃっているのかしら、大丈夫、私に任せて、とりあえずいったん落ち着きましょう?」
随分とぶっとんだ事を考えていた俺は一瞬この女性が一体何を言っているのかわからなかったが、どうやら全然怖そうな人じゃなさそうだ。そうとわかったら途端に落ち着いてきたのでやっと普通に喋ることができた。
「あ、俺はアーリン、アーリン・ルビスキン……です」
「急に自己紹介するんだね」
確かに、落ち着いたと思ったが全然そんなことなかったらしい。
「あ、いや、まぁその、なんというか何を言えばいいかわからなかったから……」
「別にいいわよ、でも滅多に見ないわねギルドに入るのが初めてでもそんなに緊張する人。
あ、私はサラ、サラ・ドールトン。
ええと、それでそんな君がギルドに何しに来たの?」
「えっと、その知りたいことがあって……」
「それじゃあ、情報屋にいけばいいじゃない」
「あーそれは、その、ほら」
そう言いつつ俺は指でマイニーの形を作った。
「……なるほど、ね、それでギルドにきて情報を集めようってことね」
「ここなら各方面からの情報が集まるかなと思ったんで」
「で、その知りたいことっていうのは何なの? 私が知っていることなら教えてあげるのもやぶさかじゃないけど……」
「ないけど……?」
そう訊いた途端きゅぅという音がどこからともなく聞こえてきた。
それは、俺の前方から。
それは、目線より下から。
それは、目の前の女性から。
それは、その女性のお腹から。
「ご飯、くれるかな?」
いやそれ、情報屋いったほうが安い可能性あるじゃん。
「他をあたりますね」
「そんな……!! ギルドの前でくねくねしていた変人に声をかけてあげて親切にして、ギルドの中まで連れて行ってあげたのに……恩を仇で返すというの……」
何この人必死すぎでしょ、さっきまでのお姉さんぽい雰囲気はどこに行ったんだろうか、お腹すいてそれどころじゃないのかな、でもなんかこの人、ご飯あげないと後々めんどくさそうだな……
「えっとじゃぁすいません俺も貴女のご飯を奢るほどマイニーがあるわけでは無いので、自分で作ったご飯ならあげられますけど」
そう言うと彼女の目は光った。比喩とかじゃなくてもうこれは正真正銘光りました。そんなピカピカな目を向けながらお願いしますと言われたら作るしかない、正直それならいいですと断ることを願っていたのだが意外と図太……図々しい女のようだ。
そんなこんなで俺は人生で初めて女性を家の中に入れた。いかにも大人の女性という感じの美人なので初めて家に招く女性として文句はない、早く飯を出せとせがまなければ。
「今から作るから時間はそれなりにかかるぞ、本当にいいのか?」
「もう家庭料理ってお腹が決めちゃったから、完成まで我慢するわ」
帰って欲しいなどとは言えないので、ここまできたら腕によりをかけて作るしかない、不味い飯だと思われるのも癪だ。
という訳で、今日のメニューを考えた。とりあえずお米を炊くことにした。理由としては腹持ちの良さだ、彼女は一見よく食うとは思えないが言動を見るに滅茶苦茶食べる、あとすぐにお腹すきそうな感じもぷんぷんするのだ。
そして白米に合うものとして今回選んだのはお味噌を溶いたお湯だ! 通称味噌スープこれまた東方の逸品。ご飯をこのスープの中にダイブさせて食うと世界が変わる。
草木も生えない荒地が花畑になるような感じだ。最初はこの女性にご飯を作るのはいやだったが、今となってはこの白米と味噌スープが織りなす究極のデュエットにどんな反応を見せるのか楽しみで仕方ない。味噌スープは本当に直ぐにできるので、あとはご飯が炊ければすぐに提供できる。手軽故に手抜きと思われるかもしれないがご飯が進むのでお腹がいっぱいにもなる業物だ。
あと十分程待ってくれ、と言いながら彼女のほうを振り向くと腹が減って今すぐ何かを食べないと死にそうだという顔をしていたので、見兼ねてフライング味噌スープを提供することにした。
「十分も待てなさそうだから、まずはこれでも飲んでおけ」
そう言って味噌スープを提供すると今にも死にそうだった顔はみるみるうちに元気を取り戻す。
「あら、良いの? まだ全部できあがっていないようだけど」
「できてないけど、白米が炊きあがるの待つとあんた、死んでしまいそうだ」
「それじゃぁ……お言葉に甘えて!!」
なんということでしょう、そう言うと人とは思えないような吸引力で味噌スープを吸うではありませんか、ずびびびびびびびびびびびび!!!!!!
「音が汚い!」
思わず声が出てしまっていたが、スルーされて、そのままぐびぐび。実はもう三杯ほど飲んでいる。この食べっぷりをみると作って後悔しないので有難くは思う、そしてどんどん膨らむ白米を見た時の反応への期待。
「よし、出来たぞ! 見ろ!! これがアーリン東方セレクト、ベスト賞受賞!! 白米だ!」
「待ってました!! 大将!! おぉ……白い! 輝いています!! 団長!!」
彼女は恐らくこの純白を初めて目にするのだろう。
「サラさん、口調口調」
とりあえず、サラさんと呼ぶことにして口調がおかしくなっていることを指摘、しかしまあ白米を見た時のこの興奮は理解可能だ。
実際俺もあんな感じだった気がする。
「この味噌スープに入れて食べるとうまいんだ」
「そうなの? じゃぁ、やってみるわね」
そうして早速ダイブ飯を試す彼女の目はもうギラギラだった。食に興味のある友達ができたみたいで俺も嬉しい。
「な、なんじゃこりゃ!! 」
またサラさん口調口調、といいたくなったがこの感動の瞬間に水を差してはならない気がした。
「本当に本当に美味しいわ!! こんなにも美味しいものがこの世にあるなんて思いもしなかったわ!!
この味噌の味が白米一つ一つにしっかりと絡まっていて、液体と一緒にすることで白米が喉を引っ掛かる事無くすいすいとお腹にしまわれて行って、白米を初めて食べる私でもとても食べやすいわ!!
このおいしさと食べやすさ、これなら何杯でも食べられそうだわ!!!! 」
予想していた以上に好感触なようで、ついガッツポーズが出てしまったが幸いサラさんは気づいていなかったらしい。それにしてもここまでおいしく食べてもらうと気分が良い。
そう思いながら自分もダイブ飯を食す…………旨い。
あぁ、女神様だぁ、ここに神が召された……
俺がお祈りしていると、何故か彼女もお祈りしていた。祈りたくなるほど美味しいのだ。
「アーリン君!! あなたのつくる味噌スープは神のスープね!!」
「有難う、そう言ってもらえると作った甲斐があったよ」
「ふー、満足満足、それじゃあ私はこれで、また食べさせてもらえると有難いわ」
そう言って去っていくサラさん、俺はその背中を、追いかけた。
割と全力で。
はや!! さすが冒険者、歩きも速い!!(多分関係ない)
「ちょっと待てーーー!!!! 俺の質問をきけー!! あっ速い……」
割と普通に追いつけそうになくて泣きそうだ。ていうか見失った。
結局今日は何も話は進まず俺はただ味噌スープの美味しさを再確認しただけで一日が終わってしまった。
情報屋に行けばよかった。
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