叱る約束
あれから何ヵ月が経っただろうか、俺は実行を待ち続けていた。この無為な時間が早く終わって欲しい、もうこの世界に希望なんて無いのだから。
二度の絶望が与える心身的なダメージは想像を絶する程で、俺は寝る起きるの生活を続けていた。飯は食いたくなかったが無理やり食べさせられた。
眠いと思ったら寝る、起きていてもやることがないので眠いと思ってなくても寝る。ひどい生活だと思う。
寝ているだけなのに体は弱っていくばかりだ。最近は眠いと思う時間が多くなっていた。きっとそろそろ永遠の眠りにつけるのだとそう信じて疑わなかった。
今も眠い、そっと目を瞑りこのまま目覚めなければいいと思ったのだが、人生とは死ぬ寸前でも上手くいかないものだ、古びた扉がぎぎぎと音をたてながら開く。
扉を開けても灯りは少ない。
今扉を開けた奴が持つランプくらいしかないがそれでもかなり眩しかった。「眠いんだから寝かせてくれよ……」と心の中で呟いたが当然起こされる。
「おい、起きろ」
どうせ飯を食えだ、わかっている、あいにく腹は減ってないし眠いんだ、死なせてくれ。しゃべる気力がなかったから頭だけを声のする方に向けるという動作だけで意思の無さを相手に伝える。
「番号0003、釈放だ」
「……へ?」
やる気の無さを伝えたのが無視されたのはショックだったが、その二文字には驚かされた。
*
「眩しい……」
状況を理解しないまシャワー室につれていかれシャワーを浴びている間に俺の服が用意されており、食欲のなさを理解してか主に野菜を使ったジュースを一本持たされ外に出された。
眠気の度合いから推測するに深夜だと思っていたが眩しい。どうやらあのセルで寝すぎたようで圧倒的に体内時計は狂っている。
「キャロントを多く使っているのか
……美味しいな……」
久々に味のある飲み物を飲んだのでかなりおいしく感じた。あまりの出来事に夢かと思っていたがこの野菜のジュースと腰の痛さが現実を物語っている。また、一度美味しいを再認識した脳はどうやら昔を思い出したらしい。
ぎゅるぎょろごろーーくぃーー!!
という一瞬腹でも壊したのかという轟音が鳴り響く。
「めちゃくちゃお腹すいた……」
めちゃくちゃお腹は空いているが帰らなければいけない、ここはどこだろう、そう思いながらまわりを見るとすぐそこに汽車の駅があったので取り敢えず入ってみた。
「ノースオリオン……とんだ辺境じゃないか……」
絶望した。
「絶望の度合いってかなり広いんだな…… それより帰るには4時間か……急速車は?
……マイニーーーー!!」
空腹と同時に帰宅を完遂するにはマイニーが圧倒的に足りなかった。
料金所の前で今までとは比べ物にならない程に軽い絶望にくれていると声をかけられた。
「どうかされましたか?」
優しそうなお爺さんだ、朗らかに微笑むその顔から私めちゃくちゃ優しいですと語っていた。また身なりも良い、いや身なりは良すぎた。この辺境ノースオリオンにいるには整いすぎている。
「もしかして、そこのセルから釈放された人ですか?」
黙っているとお爺さんが優しい口調でそう質問してきた。
「そうだけど、お爺さんは誰?」
「あっはっはっは、確かに私が気になりますよね。そうですね、オアシスアクエリアスのスパイ、とでも言っておきますか」
「……っ、笑えねえ冗談言うじゃねえか」
「冗談ではありませんよ、まぁ本当のことは言ってませんがね」
「気にくわない言い方ね、それで俺に何のようだ、まさかオアシスアクエリアスのスパイさんが偶然俺に声をかけたなんてことは無いだろう」
「そのような口調で喋ってしまって良いのですか?」
……こいつは俺の素性を知って俺のミスを指摘したのか、それともこのお祖父さんがオアシスアクエリアスのかなりの有力者で生意気な口をきいてはいけないのか。
「……まぁ、宜しいのですけど。あなたには部下を助けて頂いた借りがあります。だからあなたを助けに来ました。部下に頼まれてね」
そう言って礼儀正しくお辞儀をするお爺さんだったが、お辞儀の最後にこちらをちらりと見るその目は今までとはうってかわって明らかに堅気ではなかった。果たしてこいつを信じていいのか、それともいけないのか。部下に値する奴はクルアしかいない、しかしあいつはクルアと一言もいっていないのである、罠かもしれない。
「……俺が助けたっていう、その部下は今どこにいるんだ?」
「それはわかりません、ただ……今のあなたの状況を部下に伝えたとき、私に今の状況を作るように必死に頼んできて、その後直ぐに走っていきました。アーリンを助けるんだと言って」
「……それは自ら出頭したってことだよな、スパイとしてそんなことして良いのかよ」
「スパイとしてはもちろん失格です。
しかし人間として成長した彼の姿を見て私は彼を止められませんでした。ですので彼から頼まれた、アーリンのその後を頼む、に全力で手を貸そうと思った次第です」
この事を語るお爺さんの顔は一般的に言われる父の顔と言うものにそっくりだった、その顔を見たら堅気じゃないとわかっていながらも信じるに値する人間だと確信した。
「……取り敢えず今のところは俺を助けてくれるんだよな」
「そうですとも、あちらにお車を用意しております。ついてきて下さい」
くっ、車だとぉ!! 圧倒的新時代!! つい一年前の技術革命と共にやって来た
「どうかされましたか?」
「い、いや、車ね。あるある、乗ったことアルヨ」
「左様ですか、では運転されますか?」
「え、いや、それは遠慮しておこうかな~、お腹もすいてるし」
意外と意地悪なお爺さんだ。
「車内にランチも用意しております、どうぞ召し上がってください、毒味が必要であれば僭越ながら私が毒味を」
「いや、いい……俺はもうお前を信じている。ご飯も美味しく頂こう」
「ありがたいお言葉です、もう少し怪しまれると思っておりましたが。とても安心しました」
「俺が信じた理由なんて簡単さ、後で鏡でも見てみな」
そういうと不思議そうな顔をされた。こりゃ自分の顔にかなり鈍感だな。もしくはあの顔が自分の顔だと思っているのか……後者が濃厚だな、長い間裏の仕事に就いているのだろう。そんなやり取りをしていると車についた。
「お、おくるま……!!」
長い。噂に聞くリムジン車というやつでは!? 流石に興奮する。さっきまで死にたいとか思っていたやつとは思えないほど興奮している。いや、死にたいと思っていたくらいだからだろうか、刺激がいちいち強い。
緊張しながら車に乗る、靴を脱がなくていいのか心配になるほどきれいな車内に目を丸くする。
「遠慮せずに座って下さい、直ぐにランチを用意します」
そう言われたが、遠慮しながら座る。座った瞬間テーブルにご飯が並べられた。
「はやっ……頂きます。」
もはやおわかりだろうが緊張しながらお肉(それも素人目で高そうな)を口に運ぶ。お、美味しい。美味しいけど……
「どうかされましたか!?」
「……へ?」
お肉を一口入れただけで涙がこぼれたらしい、暖かい滴がシートを汚す。
「安心したのか、勝手に涙が。ご、ごめんなさい車を汚してしまって」
安心したからと言ったが多分それだけじゃない、お肉で思い出したのだ。
「彼は本当に良い人と巡りあったものです。彼を思い泣いて下さる方がおられるなんて」
そうお爺さんは呟いた。流石はお爺さん、お見通しというわけだ。
お爺さんには悪いが、今までに2番目に美味しいご飯も食べ終わって少し落ち着いたところで俺は気がついてしまった。
この車乗り心地が良すぎる!! いや車乗るの初めてだけど、汽車と馬車とは比べ物にならない。心地よい。有り難う、技術革命。
有り難う、有り難う、有難う……
とても平和な気持ちだが、そうもしていられない。俺を助けて、あいつが捕まったんだ。しかもこんな事までしてもらって恩の倍返しとは、まるで助けてって言ってるようなものだ。
「お爺さん、俺はあいつを助けるよ」
「……」
そういうとお爺さんは厳しい顔つきになった、仕事の顔なのだろう、堅気じゃないあの目を思わせる。
「そう、仰ると思っておりました。止めはしません、しかし私はあまり手を貸せません。
ただ私からもお願いします。どうか彼を、クルアを助けて欲しいのです。やっと人を信じることのできたクルアにはもう少し生きて欲しいのです。
……しかし、クルアが信じたあなたにも危険は侵して欲しくありませんし、クルアにあなたの事を頼まれていますからね。多分これは私の我儘なのでしょう。
きっとクルアにも怒られます。でもどうか御願いします。私にとっても大切な人間なんです、助けられるのは貴方しかいません。御願いします」
俺に頼むしかない、俺に頼むのが申し訳ない、それが伝わる彼の言葉は言霊となって俺の心に触れてくる。
「あいつにもらったこの命。あいつの為、大切な人の為に使わずしてどうする。
だから、お爺さん、絶対助け出して見せます。そして、お爺さんを叱ってやるんですよ。
俺が危険な事をするとわかっていながら止めなかったお爺さんを叱ってやれるのはクルアだけでしょうからね」
「それは少し、怖いですね」
*
そして久々に帰ってきた我が家、何も変わっていない事にすごく落ち着いた。
「あー腰が痛む、すまないが今日は借りるぜクルア、ふかふかのお布団で寝たいんだ。こいつで寝れば、腰もすぐに治りそうだしな」
そういって、寝やすい格好に着替えてすぐに布団に入る、心地よい肌触りに癒やされながら、いつもより断然深い眠りについた。
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