現状は間違っているに違いない

大宮 真晴

第0章 秘密

邂逅

「ほんっと、あり得ない! やっぱりこんなのおかしい! でもどうしろって言うの……もうどうしようもないのね」

 そう言って人生を放りだした一人の人間がいた。大陸北部に位置するノースリーブラ共和国で生まれ育った彼は、もともと昔からこの国にはうんざりしていた。この国が抱える社会問題を知ったのはまだ彼が幼い時の事だった。


 父は彼が生まれてすぐに亡くなって、母親一人で彼を育てたという。その母親がその問題のせいでいつも悲しい顔をしていた。母親はなにもわるくないのに、葉っぱで作られ豪華に見えた貧相なディナーのときにいつもいつも「ごめんなさい、こんなものしか食べさせてあげられなくて。ごめんなさい」と言っていた。

 母親の悲しい顔なんてもう見たくない、同じ悲しみをほかの誰にも味合わせない為に彼は必死にもがき続けたが、彼もまたその問題に苦しめられて今に至る。


 人生を放りだしたといっても自殺をするわけではない。彼には自殺をする勇気がなかった。そしてまだ心の奥深くではあきらめていなかった。


 これは、そんな彼が母親を苦しめた問題を、自分自身を苦しめた問題を、数多くの人を苦しめた問題を解決するまでの人生を、彼自身の目線で送る物語である。







*


「はー、飲まないと駄目だ、飲まなきゃやってられないっていうのはこう言うことか、まだ22歳だというのに酒におぼれる自分が憎い! でもこの国の方がもっと憎い!」


 俺は七日前にこの国の文化のせいで仕事をクビになった。これで何回目だろうか、ばれないように気をつけているがなぜかいつもタイミング悪くばれてしまう。今回の仕事は1年ももって、皆ともすごく仲良くなって、毎晩呑みに行くくらいだったのに……

俺の事情がばれた瞬間侮蔑するような顔を平気で向けてきやがる。

 なんだ結局、くそったれの集まりじゃないか。

 思い出すと腸が煮えくりかえってくる、と同時に楽しかった一年間も思い出して涙が止まらなくなる。


「はぁ、一番うまくいってたのにな……」


 この国で生きていく難しさを今一度かみしめながらため息をつく。


「そういえば俺の事情が同僚にばれて、次の日のできごとだったな。すぐにクビになったんだっけ」


 俺は次の日、また次の日も寝て起きて寝るだけの無為な生活を続けていた。


 あれから二週間もうじうじしていたが、流石にもうそろそろこんな生活も続けていられない、マイニーも有限だしどれだけしんどくても働かなければいけないのだ。そう思いながら重い足を無理矢理動かし町を歩いていると急に声をかけられた。


 身長は自分と同じくらいだったが見慣れない風貌をしていた。顔はすっきりとしていて眉毛も整えられているまさにイケメン、俺とは住む世界が違うといったような人間であり、あとやたらテンションが高かった。


「ねーねー、ちょいと助けてくれないかな。昼飯奢るからさ」


 ノリが軽すぎて、どう接すればいいかもわからないレベルだ。戸惑っている俺を見てなぜか笑い出すイケメン。


「あー、そっかそっか、急にそんなことを言われても困るよね。俺の名前はクルア・スパイクっていうんだ。君は?」


「あ、えっと、アーリン・ルビスキンだけど。戸惑っていたのは名前を知らないからじゃなくて、急にそんなハイテンションでしかも助けてだけ言われても何もできないからだ」


「あーそれは盲点だった」


 いやわかれよ。たぶんこいつ盲点広すぎだろ、もう、点じゃなくて盲帯だなもう。多すぎて頭混乱してきたよ、もう。


「まぁ一応話は聞いてあげる。どうして助けてほしいんだ?」


「あーえっとね、宿代ください」


「さようなら」


「あー! 待ってよ、そんな殺生な。お願いです。なんでもしますから」


「いやいやいや、無理に決まってるでしょ、今名前を知った通りすがりのイケメンにお金を渡すとかどんなお人好しだよ、あと手法雑すぎるでしょそのかつあげ。顔だけでいけるとか思ってると痛い目に遭うよ。それと昼飯奢らなくて良いからその金で宿に泊まってください」


「ぎくっ……おねがーい、一生のお願い、おねがいおねがいお願い~~!」


 なんてこった、こんな町中でイケメンにだだこねられる最悪のシチュエーション。誰か助けてください。視線が痛すぎる。


「あーもうわかったわかった、宿代は上げられないというか、あげる気も無いけど、とりあえずうちに上がって行きなよ。ちょっと落ち着けって。な?」


「ふあー、女神だ~!」


「え、女神?」


「あ、男神だんがみ?」


「……しるかそんなもん」


 大陸一馬鹿な会話が成立した。




 クルアが俺の家に来てから自分でも驚く程時間が経った。


「よし、アーリン今日は買い物に出かけよう! 俺はね、布団がほしいんだ」


「却下だ」


「ええええ!! 何で~?」


「なんでもくそも無いよっ! 居座る気まんまんじゃん。そろそろ宿に泊まれよ。」


「水くさいこというんじゃねえよお」


「水くさいも何もないでしょ、一緒に住んでみればマイニーは十分あるしほんと、なんで俺に話しかけてきたかもわかんないな」


「まーそれはあれだよ、雰囲気が良かったからかなぁ、まぁでも実際声かけて正解!! 居心地は最高だし、アーリンのご飯はおいしいし。俺はもうここから離れられないよ」


「まったく、勘弁してくれよ」


 俺はそう言いつつも嫌じゃ無かった、たぶん顔には満更でも無いっていうのがでていただろう。クルアとの生活は楽しいのだ。今までに無い刺激があって、心の底から楽しめている。

 しかしその分またばれるのが怖くもあった。恐ろしくもあった。


 俺の事情を知ったら、クルアもあいつらみたいな目を向けてくるのだろうか、そんな風に考えて、眠れない日もあった。

 だけどクルアとの生活のおかげで生きる気力は今までに無いほどであった。だから前を向くことができたし前を向き続けたいとも思えた。


「なぁ、クルア、サンキュな」


「いったいどうしたって言うんだい、熱でもあるのかい」


「そうじゃないよ、俺さ、実はお前に声をかけられた頃さ、生きる価値が見いだせなくなっていたんだ。それでも死ぬのは怖くて、じゃぁ生きるために働かなくちゃってそんな風に思っているときだったんだ。多分お前にだだこねられたあたりくらいからかな、そっからもうお前のペースだったんだろうな。でもそのおかげで元気出たと思うんだ」


「急にそんなこと言われると、流石に俺も照れる。でもほとんど最初からじゃん」


「ふふ、そうだな、最初っから元気もらいっぱなしだ」


「そっか、じゃぁこれからも君に元気を与えるために布団を買いに行こう、俺はずっと床で寝ていてそろそろ腰が痛いんだ! 」


「わかったよ。布団買ってやるよ、今までのお礼に、な」


「マジで? やったー!!」


 少しオーバーすぎるリアクションが俺には心地が良い、子供を持った気分だ。クルアからは色々な感情を教わるから面白い。

 また、クルアは俺のことをよく理解していたからまるで幼馴染みかのように思うこともある。

 クルアならもしくは本当の俺に理解を示してくれるかもしれない、なんてそう思ってしまうほどに。


 俺はこいつから相当元気をもらっていたのだろう、少し奮発して高めなフカフカのお布団を購入してしまった。もうマイニーが無い。今日のお買い物はこれで終わりだ。この大荷物を抱えて帰るのにも少し時間がかかりそうだしな。


「よし、クルア。帰ろうか。まだ早いけどこの布団を持って帰るのは時間がかかるだろうし、家に帰って早く試したいだろ、フカフカ具合を」


「ん、わかったー、じゃぁ帰ろう!」


「お前の布団なんだからちゃんとお前が全部準備するんだぞ。ちゃんとカバーとかつけるんだよ」


「はいはい、わかったよ、アーリン母ちゃん」


「ア、アーリン母……ちゃん……」


「ふむふむ、どうやらこの呼び方が気に入ったみたいだね。それよりも、俺が布団の準備している間ご飯作っといてね。今ですらお腹がすいてどうにかなりそうなんだ」


 俺の反応のどこをどうみたら気に入った様に見えたのかは微塵もわからないが、まぁいい、今日は単純に肉でも焼いて食べるか。味付けは甘辛ベースのトロッとしたソースでもかけて、東の国がゆかりの白い粒々と一緒に食べよう。これがおいしいのだ。きっとクルアも驚くに違いない。


 大荷物のせいでいつもより長く感じた帰路もようやく終点を迎えて、鍵を開ける。やっとかえってきたと一段落する間もなく俺はキッチンへクルアは新調した布団とともに寝室へ向かった。まぁこちらはこのお米と書かれた袋から取り出した白い粒々を水で蒸らしてから炊けば後はお肉やら野菜やらを焼くだけで良いからかなり楽だ。焼くだけだが何を焼くかは結構大切だ。


 遠くから聞こえるカバーの取り付けに苦戦している声をききながら、焼く物をリストアップしていった。


 お米が炊けるのにはまだしばらく時間があるが、クルアがキッチンへとやってきた。いったい何があったのだろうか、整った顔が台無しになるほど髪の毛がぼさぼさになっていて、ほこりだらけだ。いや、まったく本当になにがあったのだろうか。


「おい、そんなほこりだらけでキッチンに来るんじゃ無いよ」


「うわ、本当だ、ほこりだらけ。ごめんごめん。実はカバーをしているときにカバーのチャックを閉めたら中に閉じ込められちゃって」


「想像がつかないわ。以外とポンコツよね」


「我ながら、何も言い返せないぜ…… 」


 そう言って玄関に行きほこりを払うクルア、楽しそうな顔でも戻ってきて開口一番に


「あ、ねえ、ご飯はまだ?」


 と言った。


「あぁ、そろそろ炊ける頃か。蓋を開けるところを見てみるといいよ」


 そう言って鍋の蓋を開ける。


「「まっ、まぶしい!!」」


 二人そろってあまりにも艶のある白さに驚き同じ反応ををしてしまう。香りも良い。東の国の食文化恐るべし、食べる前からここまでとは。

 お米が炊けたのでお肉を焼く、炊きたては熱すぎて食べられないから焼きながら食べられる程度まで冷ます作戦だ。

 そして勿論焼くのは肉だけではない、焼くといえばこいつだ、ノーザンガーリック。こいつを焼くと芳しい匂いが一瞬であたりに充満しそのにおいだけで腹が減る。また味が格別だ。甘みの奥になんといったらいいのだろうか、大人の渋みというものが隠されている。一度虜になればもう忘れられない。

 そして焼き終わってからでなく焼きながら例のタレをかけることで匂いと音の相乗効果が生まれる、嗅覚はもう麻痺寸前というところまで行ってしまう、最強の組み合わせだ。

 そんなことを力説しながら肉とノーザンガーリック、野菜とお米を頬張る。


「アーリン、これ美味しすぎるよ。こんなの食べたことない。におい良し、見た目よし、味良し、悪いところなしだ。最高だよ。

 しかもこのお米というやつ、驚異の適応力を持つ媒介だ!」


「そうだろう、このタレが良いんだ、東の国にはいつか行ってみたいものだよ。あぁ、それとまだまだこんな物じゃ無いんだ。

 じゃじゃーん、麦酒! 東の国では麦酒を冷やして飲むらしいから真似してみた」


「麦酒を冷やすのか! それはまた楽しみだ。よしじゃぁ乾杯! 」


…………


「「何じゃこりゃぁ!!!!」」


 美味しすぎて具体的な感想が出ない、しかも焼いた肉と合う。これを考えた人は食にどれだけ貪欲なんだ、焼きそばドックも衝撃だったが、こいつはそれを遙かに超している。

 ありがとう、東の国の食文化。自然と拳を上に上げ親指を立てていた。

 そしてその腕を下ろしクルアの右腕と俺の右腕を肘の裏で絡めて、謎の友情を深めた。


 楽しい時間は過ぎるのが早い……二時間近く盛り上がっていたが、体感では一分二分程度と言っても過言では無い。


 洗い物は二人でするのが短い期間でできた数少ない習わしだ。二人でした方が圧倒的に効率が良いというのはもちろんだが、クルアができる仕事がこれくらいしかないというのが大きい。


「いやー今日は美味しかったし、楽しかったねー。明日も楽しみだ」


「そうだな、今日は本当に楽しかったよ。今日からお前も布団で寝られるし。今日の最後の二時間でずいぶんと疲れたから、明日も楽しむならよく眠れよ」


「了解しました! アーリン母ちゃん」


「アーリン母ちゃんはやめてくれ、なんだかむずがゆいよ。よし、洗い物も終わったし、とっとと風呂に入って寝るぞ」


 そうして今日は夕飯が長引いた影響でいつもより遅い時間に風呂に入って、いつもより遅い時間に就寝した。



*


 昨日が遅かったからだろう、かなり深い眠りについていたがドアをたたく音で起こされる。


「なんだよまったく、こんな……多分朝っぱらから」


 時刻は午前11時だ。まだ寝ぼけた顔で表に出る。


「はいはい、なんか用ですか」


「警察です。あなたの身柄を確保します」


「え? ちょっと待ってください、訳がわからない」


 あまりにも急な出来事に語尾がぐちゃぐちゃになる。


「あなたはスパイを匿ったとされています。それも、オアシスアクエリアス大帝国のスパイを」


「スパイ? 何を言ってるんだ。誰がスパイなんだよ」


「それはもう知っているはずです。あなたと共に行動されているのが目撃されているのですから」


 その瞬間脳裏によぎるあいつの顔。同時に頭をフル回転させた。警察はあいつの名前を出さなかった。あいつの名前をしらない可能性がある。だからあいつの名前をだしちゃだめだ、本能的にそう悟った。

 こうなることを見越して偽名で俺と接していたかもしれないが偽名でもそこからしっぽをつかまれるかもしれない、だから絶対に喋ってはしけない。

 ……何故か俺はあいつを必死にかばっていた。


「ちょっとまってくれ。別に逃げたりはしない、なんならついてきても良いから一度

部屋に戻らせてくれ、顔を洗いたいんだ」


 こう言ってついてくる人間も少ない、警察も例外じゃなくついてこなかったが玄関はしめない事を約束された。

 そして部屋に戻る。新調したフカフカのお布団は綺麗にたたまれていた。


「意味わかんないよ、明日も楽しみだって言っていたのに、俺が買ったお布団一日で使わ無くなるなんて酷いじゃないか。どこに行ったんだよ。

 クルア……あぁ、クルアにも見捨てられたんだ。きっとそうだ。俺は憎いよ。この世界すらも」


 オアシスアクエリアス大帝国のスパイを匿った罪は非常に重く、俺に下された判決は死刑だった。

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