10点目 ロスタイム

今朝ゆっくり眺めた景色はまるでピントのずれた写真のようにぼやけ通り過ぎて行く。そして3分ほどであろうか、藤ヶ尾駅に到着する。


16時手前の藤ヶ尾駅は、私の異常なまでの躍起な気配に似つかわしくない何とも平凡な出迎えをしていた。都心から10駅ほど離れた町の日の照る時間帯、人数は特別多くも少なくもない。そんな中、必死で弘人を探す私は遠目から上りホームの一番端っこに見知った顔と黒ランドセルの影を見た。


弘人だ。弘人が立っていた。


「弘人!先生だ!弘人!」


私は周りの事態を知らぬ人々を置き去りにして熱量を上げ叫び続けた。


「弘人!!大丈夫か!!」


息も絶え絶えの中私はホームへ走る。改札を通り過ぎ、弘人の元へ走る。


「弘人!」


「先生。来ないでください!」


と言われてしまうと反射というものだろうか。私は立ち止まる。


「なぜだ!弘人!どこいくんだ?」


「・・・。」


弘人は黙ったままだった。ホーム上ではまもなく快速電車が通過するアナウンスが流れていた。私は再び弘人の元へ近づこうと足を前に運んだ。


「来ないでください!」


「なんでだ?弘人。」


私は再び立ち止まる。幸いホームの端っこなので弘人と私以外は誰もいないが、もし周囲に人がいたとしたら極めて異様なやり取りに見えたに違いない。


すると弘人が話し出す。


「先生。ボクは見つけたんです。正義のヒーローを。高橋くんがヒントをくれたんだ。」


弘人がしっかりとした文章を話すところを私は初めて聞いたかもしれない。


「ヒント?」


私がそう聞くと嬉しそうに口角があがった弘人の目に浮かぶ水滴が光って見えた。


「さよなら先生。」


弘人はゆっくりと前に足を出す。迫り来る電車のクラクションにも微動だにせず、わずか2歩先の線路を目指して。


「待て!!」


私は身体がフワッと浮いたように弘人の元へ駆け出していた。伸ばした手がまだホーム上に足をついていられる弘人を掴もうと。お願いだ。間に合ってくれ。


「・・・。」


「・・・。」


「ただいま、当駅上り線線路内で人身事故が発生致しました。したがってこの電車はしばらく運転を見合わせます。繰り返します・・・」


「・・・。」


「・・・。」


身体が痛い。


そして今まで感じたことがないくらい熱い。


遠くの方でホーム上のアナウンスが聞こえる。


そうだ。弘人はどうなったのだろうか。


記憶が途切れている。


私の手が弘人の上着を掴んだところまで。


意識を保つのが辛いな。


ひとまず寝るか…。

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