9点目 教師指導室③

高橋は弘人からの提案を受けて飲み込み、且つ修正を加えて作戦の流れを決めたようだった。


①高橋が体育の授業開始前に運動会の練習をサッカーに変更しないかと提案し、校庭で自由に動き回れる状況とみんなの意識が散漫になる状況をつくる。


②適度に時間が経過したタイミングで高橋が見張りをする中、弘人が校庭脇のニワトリ小屋の陰に隠れる。


③弘人が自分の消えた授業の様子を外から観察する


というものであった。


「要するに先生を試したってことか?」


「はい。すみません。」


結果は知っている。私は最後まで弘人を見つけることができず、弘人はそのまま帰宅した。


「オレが弘人に見せたかったことは、みんなで弘人を探すことです。弘人を見つけることができなくてもみんなで探しているところを見せたかった。先生の判断でもしみんなで弘人を探すことが叶わなかったとしても、先生が弘人を本気で心配して探してくれるところさえ見せられればそれで良かったんです。」


「そうか。弘人は見てたんだな…」


「はい。全部です。先生がトイレに探しに行った帰り道、職員室に行くのをやめてゆっくりスタスタと校庭に戻るところまで全部です。」


「……。」


私はぐうの音もでなくなってしまった。なぜならあの時確かに私はことの大きさを測り違えて決して迅速とはいえない対応をしてしまった。〈あの時点ではまさかこんなことになるなんて〉という言い訳で片付くわけもない。私はまだ小学4年生の正義のヒーローという憧れの根底にある土台を壊してしまったのだから。


「先生が一回戻ってきてから職員室に報告に行った時、オレはみんなにバレないように弘人のところに様子を見にいきました。」


「なんか言ってたか?」


「死んだような目で〈明日話そう。〉って一言だけ言って荷物も持たないでそのまま帰っていきました。」


私は高橋が弘人に言われた〈明日話そう〉というセリフで今朝高橋が弘人と会っていたことをふと思い出す。私は慌てふためいた頭を強制的に落ち着かせ最後の質問をした。


「今朝は何を話したんだ?」


高橋は私の質問には答えずこう告げた。


「先生は正義のヒーローです。」


私は俯いた。俯いた頭がとても重く感じる。それでも少し顔をあげて答える。


「いや、先生はそんなカッコいい人間じゃないんだ。ごめんな。」


「そんなことないです!先生!ロスタイムです!急いで走ってください!早く!藤ヶ尾駅に!早く!!」


ただならぬ高橋の焦りと勢いにやられ、私は唇を噛み締めたままピクリとも動かそうとはしなかった。そしてそのまま、とにかく猛スピードで言われた通り藤ヶ尾駅に向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る