5点目 高橋の異変

学年主任の大沢先生が弘人の自宅に電話をかけてみるとのことで私は児童たちの元へ戻り帰りのホームルームを行いそれから弘人の対応を急ぐこととなった。


すると児童たちの様子がおかしかった。ピリピリした雰囲気で口数は極端に少ない。


弘人のことで何かがあったのかと思ったが、どうやら原因は全く別の出来事によるものであるらしい。


監督していた新任の先生に聞いてみた状況を整理するとつまりこういうことであった。


私の協力要請を受けて新任の先生が校庭に到着した時には何事もなかった。

試合の最中、高橋が突然自分のチームのゴールにシュートを打つ。

周りも笑っていたが、そこから高橋は怒涛のオウンゴールラッシュをはじめた。

高橋の真剣な表情から、笑いあえる雰囲気ではなくなりゲームクラッシャーへの迷惑がる雰囲気へと変わっていった。

耐えかねてキレた優馬に高橋が「お前のせいだ」と言い放つ。

授業が終わり現在に至る


とのことだった。


一目置いている高橋のこの言動に私は驚いた。弘人のことで占領されていた頭の中に割り込んできた出来事は、正直対処の仕方がわからなかった。


こういう時こそ高橋に習い、ボルテージの収まることこそ一番だろうと考えて特に言及せずに児童たちに下校してもらうことにした。


帰り際、高橋から弘人のことを聞かれた。

状況を簡単に伝えると高橋は私に対してこういった。


「先生のせいですよ」


私はショックと悲しみが混じったようななんとも言い難い気持ちになったが、思考が回らずとりあえず高橋と別れた。


もう頭では追いつかないと諦め、弘人の自宅へ電話をした大沢先生の元へ急いだ。


にこやかな表情で大沢先生は弘人が無事自宅に帰っていたこと、特に何も問題は起きていないことを伝えてくれた。


ドタバタとした1日にはなったが明日からまたいつも通りの生活に戻れる安心を幸福に感じた。


翌朝、学校最寄りの藤ヶ尾駅からの徒歩7分の道のりを景色をいつもよりゆっくりと見渡したせいか12分ほどかけつつも児童たちが登校してくる30分ほど前に出勤した私は取り乱した表情と髪型をした大沢先生から報告を受ける。


どうもさきほど弘人の母親から電話があり、その驚くべき出来事に取り乱していたらしい。


弘人が失踪した。


母親が朝起きると弘人の姿はなく、机の上に〈ありがとう〉とだけ書かれたメモが残されていたそうだ。


小学4年生が親の目を盗んで夜中に家を抜け出すことがどれだけ異常なことか、私を含め大人たちは事の深刻さを飲み込んでいる。


警察に捜索願も出しているとのことだったし、私に何かができるわけもないので、登校してくる児童たちの混乱を招かぬよう細心の注意を払うことだけを肝に命じた。

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