3点目 一目置く理由②
ここで優馬の出したジャストミートのラストパスを受け取り弘人がシュートを放つ。が、ボールはゴール枠の外をなんの悪びれる様子もなく素通りしていった。
そして弘人もなんの悪びれる様子もなく
「ドンマイドンマイ」
ドンマイとは。
Don't mind 気にしないで
つまりチームメイトのミスに対して使うのが適切な使い方であろう。弘人が天然で不思議であることは周知のことなので優馬はじめその他のチームメイトも弘人のドンマイに対してそれほど卑しく感じることはない。が、闘志みなぎる状況と単純な決定打の信じ難いミスであること、そしてC組は結果として0-0の末のPK戦で敗けてしまったことが相まり、チームメイトの沸点は低かった。
試合終了直後、優馬が校庭を後にする弘人を呼び止める。
「弘人、お前何ゴール外してんだよ!」
全く予期せぬ言われに驚いた調子で弘人が口籠る。私は怒れる優馬をなだめた。
「まぁまぁ。弘人だってチームのために頑張ったんだから許してやればいいだろ?」
この状況下で唯一の大人である私の発言力は絶対であろうが、感情を抑えきれない優馬とその右大臣やら左大臣は尚一層弘人を攻め立てようとする。そこで唐突に蚊帳の外から発言をしたのが高橋だった。
「ねー弘人!放課後サッカー練付き合ってくれない?オレも全く活躍できなかったしさー」
唐突であった。唐突であったためにどのような意図の発言なのか、考える間も無く弘人の返事が聞こえた。
「う、うん。」
この時、優馬の怒りはほんの10秒前とは明らかに違った落ち着きある小さな怒りへとシフトした。
「はい!みんな教室戻るぞー」
パンっと手を叩き私は教室に戻るよう指示を出し先ほどの高橋の発言について考察した。
同じチームメイトとして決定的瞬間のミスを迷惑がったり、もしくは優馬という長いものに巻かれる形で怒ったりしてもおかしくない高橋が飄々としたスタンスで蚊帳の外から発した言葉は明らかに優馬に影響を及ぼした。
当然高橋には怒りの感情は皆無。立場上優馬と同じチームメイトだがやはり怒りの感情は皆無。さらにそのなかで直接的に弘人を擁護するわけでもなく、突拍子も無い発展的な提案をする。
これにより優馬は無意識に怒れる自分を客観的な視点に置き換えて見ることができ、「そんなに怒ることではないか、、」と瞬時に感じたのではないか。
尚且つ、高橋の発言はこの場で結論の出ない不毛なやりとりを時効にする働きもしたのではないかと考察する。
コトが起こったばかりのタイミングでは感情も最高潮にアツアツである。高橋は天然なのか本能なのかいつもこのような冷静さの欠いた友達がいた場合にはさりげなく結論を先送りにさせているように見受けられた。
これが高橋の目論見だとすればまさに大的中で、翌日には大概怒りボルテージなど収まりきって一件は落着する。
あまりにも高橋の言動はコミュニティにおいて場の空気を読み、さらにその向こうのバランス調整までをこなしているように見える瞬間が多くある。これは私が正義のヒーローを諦めたその日から今日までに理想としてきた立ち回り方であった。
したがって、この球技大会での出来事は私が高橋に対して抱く妙な好奇心と決して心地の悪くない違和感が確信的なものへと昇華し、それ以降一目置くキッカケとなったのであった。
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