第23話 勇者と称えられたガルフは何故かジョセフと勝負をするハメに
「おっ、勇者様の登場だぜ」
使用中の女子更衣室の扉を蹴破って乱入したという偉業によってガルフは男子達に勇者として称えられていた。余談ではあるが、数日後には噂が噂を呼び尾ひれが付いて『女子更衣室に飛び込んだ剛の者』として彼は学校中で名を轟かせるハメになるのだった。
わらわらとガルフのもとに集まる男子達。彼等は口々に質問言葉をガルフに浴びせる。
「ジュリアの下着はどんなだった?」
「シェリーのパンツは何色だった?」
女の子の下着情報に関する質問ばかりだ。十五~十六歳の男子などこんなものなのだろう。
「そんなの覚えてないよ! そこまでちゃんと見たわけじゃないし」
ガルフは反論するが、男子達の探求心は恐ろしい。
「『そこまで』ってコトは、ちょっとは見たんだろ?」
「じゃあ、誰のなら覚えてるんだ?」
尚も男子達の追及は続く。辟易したガルフが逃げる様に助走のスタート地点に立つと、ジョセフが隣に並び、小声でガルフに囁きかけた。
「勝負だ。お前が勝ったら誰にも何も言わせねぇ。だが、俺が勝ったらティアがどんなパンツ履いてたか教えてもらうぜ」
《バカだ、コイツ……》
言いたい気持ちを抑えてガルフはジョセフに念を押す様に確かめた。
「本当にボクが勝ったらもう何も言わないんだね」
「ああ、俺が約束する。皆にも何も言わせねぇ」
何か話を聞いていれば格好良いっぽいが、賭けの内容は小学生レベルだ。しかもジョセフは負けたところで痛手は無い。勝てば自分が欲しい情報(ティアのパンツの色)を得ることが出来る。
「わかった」
ガルフはジョセフの勝負を受けることに決めた。
「先生、すみません遅れました。スタートの合図、お願いします」
授業に遅れた事を体育教師に謝ると、軽くジャンプして身体の緊張をほぐす。ジョセフが聞こえよがしに大声をあげた。
「よしガルフ、勝負だ!」
勝負と聞いて俄然盛り上がるクラスメイト達。裏では小学生レベルの賭けが行われているという事も知らずにティアも「頑張れガルフ!」と声援を飛ばす。
もちろんガルフには勝算があった。風の力を使えばバードリバーからドラゴニアまでノンストップででも飛べるのだ。たかが数メートルの走り幅跳びぐらい何て事は無い。
「言っとくが、俺はクラスで一番の運動神経の持ち主だぜ」
ガルフが風使いだと知らないジョセフが不敵に笑いながらプレッシャーをかけてくる。
ピッ
スタートの笛が鳴った。ジョセフは踏み切りの足を調整する為、ちょこちょこっと少し走ってから途中でスピードを上げる。ガルフはそれを見ながらゆっくりと助走を付ける。この『ゆっくり』というのが重要なポイントで、ジョセフより先に跳んでしまうとどの程度の距離を出せばよいのかがわからない。ジョセフを先に跳ばせられれば彼が着地したその十センチ程向こうに降りれば良いだけのことなのだから。
ジョセフが跳び、派手に砂を巻き上げて着地するタイミングを見計らい、ガルフも跳んだ。ジョセフは自称クラス一の運動神経だけあって、かなりの距離を跳んだ。ガルフが普通に跳べばとても敵わないだろう。しかし、ガルフは彼よりもほんの少しだけ遠くまで跳んだ。いや、飛んだ。
「うおおおぉぉぉぉ!」
驚きと興奮、そしてガルフへの称賛の声が巻き起こった。
「ボクの勝ちだね」
「ああ、完敗だ。約束は守るぜ」
ガルフの言葉にジョセフが答える。スポ根モノの感動シーンの様だが、実際は小学生レベルの賭けを仕掛けてきたバカをチート能力でねじ伏せただけの話である。
「ガルフ、凄いじゃない!」
ティアがガルフの下に駆け寄ってきた。そして彼の顔に顔を近付けた。まさか祝福のキス? ガルフは一瞬期待したが、現実はそんなに甘いモノでは無かった。彼女は彼の口でも頬でもなく耳に顔を近付けたかと思うと囁いた。
「ズルしたでしょ。風の力を使って」
どうやらティアはお見通しだった様だ。
「あ、やっぱりわかった?」
苦笑いするしか無いガルフだった。
*
その頃、ドラゴニアの城ではバードリバー王妃にしてガルフとメアリーの母、シルフィが王ジェラルドと王妃サラと対面していた。
「メアリーとガルフがお世話になっております」
頭を深々と下げるシルフィに、サラは「先にティアがガルフに助けてもらった」とコルドがジェラルドに初めて会った時と同じ様なやり取りを繰り返していた。これが大人というものだろう。挨拶が終わると、シルフィはデュークに案内されてメアリーの部屋へと向かった。
「こちらでございます」
デュークがノックの後、ドアを開けるとメアリーは目を見張った。
「お母様!」
その声に、思わず駆け寄って愛娘を抱きしめるシルフィ。血色も良くなり、明るい表情の娘に彼女は感涙を流しながらデュークに感謝の意を伝える。デュークはにっこり微笑むと「ではごゆっくり」と部屋を出て行った。母娘水入らずの時間を邪魔しない為に。
*
「あ~、あんな姿見られちゃったら、私もうお嫁に行けないわ」
学校からの帰り道、ジュリアは大きな声で独り言を言った。いや、ガルフとティアに聞こえる様に言った時点で独り言とは言えないかもしれない。
「……ごめんね、でも、そんなには見てないから。ちょっとだけだから」
ガルフは謝るが、ジュリアは尚も嘆き続ける。
「ああ、あんな事になるんだったらもっと可愛い下着、着けとくんだった……」
ソコかよ! と突っ込みたくなる様な事を言った後、彼女は恐ろしい事を言い出した。
「ねぇガルフ君、責任取ってもらってくれる?」
なにか話が妙な方向に向かっている。と言うか、下着姿を見られたぐらいでもらってくれとは……それならガルフはクラスの女子全員を嫁にしなければならなくなってしまう。
ティアは黙っていられなくなったのかジュリアに怒った様な声で言う。
「何よ、下着姿見られたぐらいで。私なんかねえ……」
だが、途中で言葉が止まる。ジュリアは目を輝かせて食いついてきた。
「『私なんか』? なになに? ガルフ君と何かあったの?」
「う……」
言葉に詰まるティアを目をキラキラさせながら見つめるジュリア。ティアは顔を赤くしながら叫んだ。
「し、下着姿見られたのは私だって一緒なんだから!」
本当はそれ以上の事、ガルフと出会った時に裸を見られているのだが、さすがにそれは言うわけにはいかない。と言うか、言いたくない。
「な~んだ、条件は一緒だって言いたいわけね」
もっと面白い答え、例えば風呂で鉢合わせとか、着替えている時にドアを開けられたとか、トイレに鍵をかけ忘れたとか……いわゆるラッキースケベを期待していたジュリアは期待外れの答えにつまらなそうな声で言った。そして少し考えた後、真剣な顔でガルフに尋ねた。
「じゃあガルフ君、ティアと私、どっちを選ぶ?」
《え……》
ティアはショックを受けた。親友のジュリアがそんな事を言うなんて。ガルフの方をちらっと見ると、彼は完全に固まってしまっている。
時が止まった様な感覚、重い沈黙。だが、それはジュリアの笑い声によって破られた。
「ふふっ、冗談よ、冗談、って言うかガルフ君、こういう時はすぐに答えなきゃダメじゃないの。『もちろんティアだ』ってね」
悪戯っぽく笑うジュリアに顔を引きつらせながらもほっとし、顔を赤らめるガルフ。
「ジュリア!」
顔を真っ赤にしたティアの怒声が響いた。
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