第20話 コルドの思いと大臣の思い 

 実はガルフが彼女に先に風呂に入らせたのは、ある目的があっての事だった。その目的とはティアが風呂に入っているところを覗くこと……であるわけが無い。偶然を装って、まだティアが風呂に入っているところに乱入すること……でも無い。母に大臣の事を聞いておきたかったのだ。

 シルフィはコルドの酒に付き合っていた。

「おやガルフ、ティアちゃんと一緒に風呂に入ったんじゃなかったのか?」

 例によってコルドがとんでもない事を口にする。

「なにバカな事を言ってるの!」

 シルフィがコルドの頭を叩いて言うが、コルドは高笑いで言い返す。

「お前こそ何言ってるんだ。若い頃の事を忘れたとは言わさんぞ」

 コルドとシルフィの若い頃……いったいどんな二人だったのだろうか? 他人の事であれば興味深々なのだが、両親となれば話は別だ。親のそんな話など聞きたくない。ガルフは顔を引きつらせながらコルドの話を制止する様に言った。

「母さん、大臣の事なんだけど……」

 ガルフの言葉にシルフィの顔色が変わった。大事な娘を苦しませ、息子を嵌めようとした大臣に対する嫌悪の念が滲み出ている。

「ああ、地下の牢に放り込んでありますよ」

 平静を装ってシルフィは答えたが、ガルフが聞きたいのはそれだけでは無かった。

「どうしてあんな事をしたんだろう? やっぱり自分が王になりたかったのかな?」

 ガルフの頭にデュークの言葉が甦る。


『人の本心は解らないものですから』


「それはどうかしら? ただ……」

「ただ?」

 ガルフは口篭る母の顔を見つめた。

「ヤツはヤツなりにこの国の事を考えてはいたのだろうな」

 シルフィの代わりにコルドが口を開いた。

「お前も分かっているだろう、バードリバーとドラゴニアの違いというものを。国の方向性について儂とヤツは幾度も議論を交わし、若い頃は喧嘩もしたものだった……」

 コルドが言うには、大臣はバードリバーを豊かな国にしたいという強い思いがあった。しかし、その為には国の根本まで改革しなければならない。その急激な変化は国の民に多大な負担や不満を与えかねない。そう考えたコルドはそれを善しとしなかった。それで大臣は悩んだ末にこんなバカな事をしたのだと。国を憂う気持ちはわかるが、それ以上に民の気持ち、生活を考えなければならない、ヤツは急ぎすぎたのだと。

「でも、どんな理由があろうとガルフとメアリーを苦しませた事は許せませんわ」

 シルフィが言うとコルドもそれは同感だと言う。それでコルドはジェラルドからもらった竜の逆鱗を大臣に渡して言ったという。


『これがあればメアリーは助かるのだろう? ならばお前もこれに助けてもらえ』


 それ以来、大臣の顔を見る事はせず、食事や水も与えていないらしい。となるとおそらく大臣はもう……


「あのバカ者が……」

 コルドは悲しそうに酒を一気に煽った。


「お風呂、お先にいただきました」

 風呂から上がったティアが戻ってきた。ドラゴニアで見慣れている筈の湯上りの部屋着姿だが、自分の居城で見るその姿は妙に色っぽいと言うか、目のやり場に困るガルフだった。


 翌日、皆が起き出す前にガルフは牢を見に行った。しかし、牢に繋がれている者は誰もいなかった。コルドは黙っていたが、既に全ては終わっていたのだろう。なんとも言えないやりきれない気持ちでガルフは牢を後にした。

 

 午前中はゆっくり身体を休め、昼食を終えたガルフとティアはバードリバーを立とうとしていた。

「じゃあ母さん、ジェラルド様に伝えておくから」

「ええ、よろしくね。明日のお昼には着けると思うから」

 ガルフの言葉にシルフィが笑顔で答える。ティアもシルフィに頭を下げる。

「お世話になりました。お母様、お気を付けていらして下さいね」

「ふふっ、ありがとう。でも、私はティアさんの方が心配だわ。ガルフ、気を付けて飛びなさいよ。ティアさんに怪我とかさせない様にね」

 さすがはコルド以上の風使いだけあって、言う事が違う。お子様扱いされて不機嫌そうな顔で口答えするガルフ。

「酷いな母さん……ボクが何度ドラゴニアまで往復してると思ってるんだよ?」

 しかし、この口答えはするべきでは無かった。シルフィから母親が言う事とは思えない言葉が飛び出したのだから。

「そういうセリフは一人前になってから言いなさい。せめてティアさんを抱えなくても飛べる様になってからね。あっ、ガルフはティアさんを抱っこして飛ぶ方が嬉しいかな?」

「何言ってるんだよ!」

 思わず叫んだガルフと真っ赤になって何も言えなくなってしまうティアを見て大笑いするコルドとシルフィ。この調子ではいつまで経っても出発できない。もう行ってしまおうとガルフがティアを抱きかかえると彼女は彼の首にさっと腕を回した。

「あらあら、お姫様抱っこも慣れたものね」

 またシルフィの茶々が入った。

「仕方ないだろ! こうしなきゃボクは二人で飛べないんだから」

「またまた~、本当は嬉しいくせに」

 シルフィの、母親とは思えない突っ込みが止まらない。

「うるさいなぁ、もう行くよ。明日、待ってるからね」

 もう付き合ってられないとばかりにガルフは言い残して空へと舞い上がり、北の方へと消えて行った。


「ごめんね、母さんが変な事ばっかり言って」

 バードリバーの城が小さくなった時、ガルフはティアに詫びを入れた。ティアは首を横に振ると楽しそうに笑った。

「ううん、お母さんも楽しい人だったね。来て良かった」

以前、ティアは父コルドの事も楽しいお父さんと言っていた。両親揃って楽しい人だとは……少し複雑な思いのガルフだった。


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