竜の国の王女が恋したのは風使いの国の王子でした

すて

第1話 竜の王女と風使いの王子

  人里から遠く離れた辺境の地の湖で少女が一人で水浴びをしていた。肩まで伸びた金髪に細いしなやかな身体、大きな瞳に小ぶりの鼻、そして桜貝の様な唇……長くなりそうなので一言で片付けてしまうと美少女だ。それもかなりの上玉。それにしても何故こんな美少女が一人で水浴びなんかを? 


 彼女の名はティア。明日で十六歳になる。彼女の種族は十六歳の誕生日を迎えるにあたり、大人になる為の儀式を行うのが慣わしとなっており、それに備えての禊を行っているのだった。


 種族? そう、彼女は人間ではない。ここはドラゴニア、竜の国だ。だが、何故竜族の少女が人間の姿をしているのか? 竜には『お姫様を拐って世界征服をたくらむ悪者』とか『何でも願いを叶えてくれる神獣』とか様々な伝説があるが、ここの竜はどちらかと言えば後者だった。だが、竜達にとってそんなものはどうでも良い話だった。ただ、畏怖される存在ゆえに面倒なことがあった。それは『冒険者』の存在である。


『逆鱗に触れる』という言葉がある。この『逆鱗』とは八十一枚ある竜の鱗のうち一つだけ逆さまに生えている鱗のことで、何でも願いを叶える力があると言われている。竜はコレに触られるのを非常に嫌う。コレを触った者は怒り狂った竜に殺されてしまうという話なのだが、無謀な冒険者達は願いを叶える為に、或いは自らの勇気の証としてコレを手に入れようとした。その結果、竜達は何人もの冒険者を殺め、何匹かの竜が殺されてしまった。竜達は考えた。何故人間達は無謀にも自分達に向かってくるのか? 答えは簡単だった。


『自分達が竜であるから』


 ならばどうすれば良い? 彼等が出した答えはこうだ。


『竜であることを隠せば良い』


 竜は変化の能力を持っているので人間の姿になることなど朝飯前だ。だが、姿形を変えるだけでは竜である事は隠せない。人間と同じ生活をするべく竜の王は人間を観察し、その生活様式をそっくり自分達の生活に採り入れた。もちろん最初は反発する竜もいたのだが、王の絶大な力で抑えられ、いつの間にか竜達は人間の文化や生活の利便性・快適性を気に入る様になった。

 そして最初は小さな村だったのが、長い年月をかけて発展し、遂には人間の国と国交を持つ豊かな国にまでなったのだった。

 もちろん他国の人間はドラゴニアの民が実は竜であることを知らない。ドラゴニアの街中では竜の姿に戻ることが規制されていたからだ。もっとも街外れの山で竜の姿に戻り、空を悠々と飛び回る姿が人間に目撃されることも多かったので、竜を恐れてドラゴニアに近付く人間は少ない。また、『竜を傷付けた者は厳罰に処す』という法を制定した為、竜に挑む冒険者も減り、竜の生活は平穏で豊かなものとなった。


 話は戻る。ティアは一糸纏わぬ姿で身を清めている。すると森の奥からガチャガチャと金属音がした。彼女は慌てて肌を隠した。現れたのは一人の少年。年齢はティアと同じぐらいだろう。整った顔立ちに茶色の髪。竜では無い。人間だ。


「誰? ……あっ」

 ティアは少年の出現にも驚いたが、それ以上に彼の背中の大きな剣に驚いた。


《ドラゴンスレイヤー!?》


 彼が背負っていたのは竜を倒す為に作られた剣。切先で竜の厚く固い鱗を貫く為、通常の剣よりも鋭く、長い。そんな代物を担いでこの地に来た人間の目的といえば一つしか考えられない。

「あなた、何しにここへ?」

 答えは分かってはいるのだが、聞かずにはいられない。ティアは少年に詰め寄った。

「ご、ごめん。覗きに来たわけじゃないんだ」

 少年の言葉に我に帰ったティアは自分が裸なのに気付き、派手な水音を立てて湖に座り込んだ。

「ちょっと向こう向いててよ!」

「ご、ごめん」

 少年は顔を赤らめながら後ろを向き、ティアに言葉を続けた。

「竜の逆鱗を手に入れなければならないんだ」

「あなた冒険者? ここで竜に危害を加えたらどうなるか解ってるんでしょうね?」


 やはり少年は竜を倒しにドラゴニアを訪れたのだ。竜に挑む蛮勇な冒険者など昔話にしか出て来ないと思っていなかったティアにとって彼の言葉は衝撃的だった。

「もちろん。でも、やらなくちゃならない」

「どういうこと? あなた、何者なの?」

 十五歳(明日で十六歳だが)のティアの目から見ても彼は蛮勇な冒険者には見えない。と言うより、育ちの良いお坊ちゃんにしか見えない。

「ボクはガルフ。バードリバーの王子なんだ」

 彼女の目に狂いは無かった。彼は冒険者では無く王子だと言う。しかし、彼女の頭に疑問が浮かんだ。

「バードリバーって、南の方の国だったわよね。王子様がお供も連れずにこんなところまで一人で来たって言うの? 竜の逆鱗を手に入れるっていう王位継承の試練でもあるとか? バカバカしい、そんなことの為に竜を殺すつもり?」

 ティアは思いつくままに捲し立てた。


「まさか。そんな馬鹿な慣習はうちの国には無いよ」

 ティアの剣幕に気圧されながらガルフは答えた。王位継承の試練で無いとすれば、やはりガルフと言う王子はお坊ちゃんみたいな顔(王子なのだから実際お坊ちゃんではあるのだが)をしているが、自分の名声を上げる為に竜を倒そうとする蛮勇の持ち主なのだろうか?

「じゃあ何故?」

「妹が病気なんだ」

「え……」

「どんな薬を飲ませてもダメ。大臣が言うには竜の呪いに違いないって。その呪いを解くには竜の逆鱗が必要だって」

「でも、竜は逆鱗に触れられるのを極度に嫌う。殺されるわよ」

「竜は人間の言葉を理解するって言うから話を聞いてもらえないかなって。それでダメだったらしょうがないよね」

 ガルフは蛮勇の持ち主では無かった。しかしガルフはティア達ドラゴニアの人々が竜であること、つまりティアにとって竜殺しは人殺しに当たることを知らない。

「まあ、竜を殺さずに逆鱗だけ手に入れるつもりではあるんだけどね」

 少年が言った時、繁みの方からガサガサと音がした。

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