第6話 もしもし
「おい!リン。ちょっと待ってくれ」
耕祐に呼び止められると、先を歩いていたリンは振り返り、不思議そうな顔をしてゆっくりと耕祐のもとにやってくる。
「電話をかけるから、ちょっと待ってくれ」
言われて、リンがこくりと頷く。
さて。
と、耕祐は画面にアドレスを表示して考えた。
電話を掛ける。
それは、決定事項だ。
では、どこへ?
問題は、この世界はどこまで現実とリンクしていて、どこまでの状況とリアルなんだろう、と言う事だ。
会社に掛けて、さっき考えたように無断欠勤で怒られたりしたら、いかに夢の中の出来事とだとしても、鬱な事この上ない。
そう言った意味から同僚という選択も無しだ。
用もないのに友人に掛けても、最近は疎遠になった奴らばかりだから、話題がないし、何か面白いことが起こるとは思い難い。
下手をすれば、挨拶して切られてしまう事だってあるかも知れない。
どこか、気軽にかける事が出来て、差し障りない場所。
ふと、自分の実家の電話番号が目に付いた。そう言えば、リアルではここ一年ぐらい実家には帰っていないし、連絡もしていない。まさに、丁度良い機会だ。
画面をタッチし発信する。
2度、3度、4度目のコールで相手が出た。
「もしもし」
母親の声。
「あ、俺。耕祐だけど」
「あら?」
母親は、心底驚いたようで、少しの間、絶句したように黙りこくった。
「耕祐?なんだろ、この子は。連絡一つよこさないと思ったら、突然こんな時間に」
「こんな時間って、お昼じゃないか」
「月曜のお昼よ。今日、会社でしょ?どうしたの?何かあったの?」
(ああ、そうか)
考えてみれば、よほど何か無ければ、普通は実家に一年ぶりの電話を掛けたりする時間ではないかもしれない。
「ああ、いや、どうしてるかなと思って。思い立ったが何とやらって奴」
取り繕うように耕祐が答える。
「そんならいいけど。メールとかじゃなくて、いきなり電話なんかよこすから、会社でもクビになったんじゃないかって、心配したわよ」
本気とも、冗談とも見分けの付かない自嘲気味の声で母親が応えた。
「ごめん」
耕祐のその言葉は、確かに母親への返答でもあったが、なにか、母親を試し、嘘をついている事への後ろめたさからの謝罪の言葉でもあった。
「誰と・話してるの?」
リンが耕祐の顔を覗き込んだ。
「母親だ」
「お・おおう!」
耕祐が答えるが早いかリンが叫び声を上げて、耕祐の手からスマホを奪取する。
「あ、おい!返せ!」
取り返そうとする耕祐をちょろちょろとかわしつつ、リンが大声でスマホにしゃべりかけた。
「おかあさまぁー!リンだよー!」
リンは、耕祐が彼女を捕まえようとして突き出した腕を回避しながら、大きくジャンプした。
「ばか!よせ!あ!☆!▲□」
「ばかじゃないも~ん。おかあさま、リンだ・よ~」
暫く追いかけっこをしていた耕祐がついに息を切らし、その場に立ち往生する。
「おかあさまぁ、今、耕祐はリンと一緒に秋葉原にいるんですよー!秋葉ですよ!アキバぁ!」
動けなくなり、肩で息している耕祐を尻目に、リンは、耕祐の回りをあちこち飛び回りながら、嬉しそうに母親と会話してる。
「はーい!大丈夫で・す・よ!たのしいですよー!コウスケは、リンのことが嫌いじゃないで・すよー!」
突然、リンが立ち止まった。そして、半ばあきらめ、恨めしそうな視線でリンを見つめている耕祐にちらと視線を合わせると口を開いた。
「リンは、コウスケのことが大好きですよ!」
「な……」
耕祐が絶句する。
そんな耕祐に今度はリンがゆっくりと近付いていき、スマホを差し出した。
「おかあさまが替・わってくれっ・て」
ひったくるように耕祐がスマホを受け取り耳に当てる。
「いまのは違うからな!」
頭に血が上り、何を否定してよいかも定まらぬうちに、とにかく、あらゆる勘違いを否定すべく耕祐が発した第一声だった。
「元気そうで安心したわよ」
母親のやさしい声に、一瞬で素に返る。
「ごめん……」
何となく、そんな言葉しか浮かんでこなかった。
「元気ならよかったわ。今年の年末は帰ってくるんでしょ?」
「うん」
「彼女も、リンちゃんも連れてきなさいな」
「うん」
深い考えは無かった。ただ、何故か否定が出来ずに返事を返していた。
「彼女出来たときだけじゃ無くて、たまには電話ちょうだいね」
「うん」
胸が苦しくなって、これ以上はとても会話が続けられないと思った。
「うん、じゃ、また」
短い沈黙の後、やっとの事で言葉を絞り出す。
「ん……」
母親から短く返事が返ってきて電話が切られた。
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