第5話 エントリー

 秋葉原、ラジオ会館以外はすべて耕祐の知っている秋葉原だった。

 多分……。

 正確には、知っている秋葉原だったと、主観的に感じていた。

 はっきり言って、耕祐は秋葉原という街をよく知らなかったのだ。

 4、5年前までは、年に1度か2度、自称オタクの悪友達に付き合って街をぶらついたことがあるという程度だ。

 その際の耕祐が街に対して抱いていたイメージは、活気がある歩行者天国の街と言ったところだった。

 だが、今、目の前にある秋葉原の中央通りには、車が往来しており、町行く人達の往き来もさほどでも無い、大人しめの風景が広がっていた。

 ラジオ会館を出てからのリンは、もう、耕祐の手を握って強引に引っ張り回すことはしなくなり、彼の回りを付かず離れず歩いていたかと思えば、町並みに並ぶ店々を覗き歩いて、品定めをする風だっだりと、物見遊山を楽しんでいるようにも感じられた。

 だが、どこか目的を持って耕祐を案内しようとしているのは確かなようで、ちょくちょく『ねえ』とか『こっち、こっち』と言うように耕祐を誘導し、たまに、耕祐が店の呼び込みが持つプラカードや、街頭でのゲームのデモなどに気を取られ、リンの呼びかけに無反応でいると、彼のベージュ色をしたコートの腰や袖の端を掴み、耕祐が気づくのを待つようにして静かに寄り添っていた。


「おっ?」


 リンの気配を感じた耕祐がテレビゲームのデモから目を離して、寄り添うリンと視線を合わせる。


「わりい、今、なんか言ったか?」


「何も言ってない」


 リンはそう言うと、耕祐から目を反らした。


「なにも言ってないけ・ど、リン的にはコウスケはリンのことが嫌いなのかも知れない・って考えて・た」


「な……」


 唐突な振りに耕祐がうろたえた弾み、彼の袖を掴んでいたリンの手をふりほどいていた。


「あ……」


 リンがふりほどかれた手を見つめる。


「や・っぱり。リン的には今、何か大切な物を失ったかのような気がするよ」

 

 彼女が寂しげな視線で耕祐を見つめた。


「いや、今のは違うぞ、不可抗力だ!お前が変なこと言うから!」


 取り繕うように、耕祐が熱弁する。


「だいたい、なんで俺がお前のこと嫌いだって思うんだ?昨日から顔色伺われるほど顔合わせて無いし、ろくすっぽ話だってしちゃいない。お前がこれから何をしようとしているかだって、俺は全く知らないで歩いてるんだぞ?」


 聞いていたリンが耕祐を責めるような上目遣いで口を開いた。


「ぜん・ぜんリンの顔見てくれない・し、ろくすっぽ話しもしてくれない・し。リンとこれからどこへ行くかも聞・こうともしない・し」


「え?」


「コウスケはリンの事、興味なさすぎ。きっとリンが嫌いなんだと、リン的には思う・よ」


「なに独りで、めんどくせぇ落ち込み方してんだよ!」


 だが確かに、言われてふと、耕祐は、自分は今のこの瞬間を夢であると前提しているために、周囲との関わり合いを希薄にしている事に気がついた。

 五感で感じる空間のすべて。この町もリンも、ほんとは無い物、いない者として、良くできた映画のセットを眺めるように、どこか冷めた空気を通して眺めていた。

 店員の持つプラカードやゲームの街頭でのデモに目を止めたのも、その内容に興味が有ったのではなく、あまりによく再現されたその細部に関心してと言った程度での事だった。

 普通の夢ならば、それはそれで間違いではないと思う。だが、明晰夢となれば、多少、話は違ってくるようだ。自分は、此の世界の住人であり、夢の参加者なのだ。


「なるほど、悪かった。確かに『役』になりきれていなかったな」


 独り言のようにそう言って襟を正す。例え夢の中だけの話だとしても、女の子に嫌な奴だと思われるのは、あまり気持ちの良い物では無い。


「それじゃ、ここらで設定をし直そう」


 耕祐はリンに向き直る。


「『俺はある月曜日の昼下がり、秋葉原で女の子に出会った』」


「『可愛い』女の子に出会った。だ・よ」


 耕祐の言葉を聞いていたリンが、小さく会釈しながら訂正する。


「『『可愛い』女の子に出会った。』可愛い少女の名前はリン。『俺の名前は耕祐』」


「コウスケの『コウ』は『幸せ』と言う字を書く!」


 リンが口を挟んだ。


「いや、書かない」


「えーっ」


 たちまちブーイング。


「ここは譲れない」


 耕祐にキッパリと拒絶され、リンが渋々と引き下がる。


「リンはこれから……」


「コウスケに凄い物を見せてあげようと思って、或る場所に向かってい・るー!」


 嬉々としてリンが叫ぶ。


「どこだよ」


「いいから、いいから、きっとビックリするから」


 結局教える気は無いらしい。

 仕方なく、耕祐は再びリンの後を付いて歩き出す。

 時間を確認しようとして、無意識にコートのポケットからスマホを取り出す。

 取り出した瞬間、スマホの時計が役に立たなくなっていたことを思い出したが、驚いたことに、そこにはしっかりと時間が表示されていた。

 12:42。


「壊れているって『設定』では無いって事か?」


 それとも、先ほどとは夢の中の設定が変わったのか?

 何か特別な設定があるとも考えられるし、もしかしたら、夢の中の設定は少しずつ変化し続けているとも考えられる。

 何にしてみろ、今、この小さな黒い光沢を放つ利器は使用可能で有ると持ち主に主張しいると言う事らしい。

 ふと、好奇心が湧いた。

 今、此の場所で電話をかけたらどこに繋がるのだろうか?

 メールやラインを打ったのでは、夢を見ている間に返信が来るとは限らない。

NSNに繋いだのでは、この町のそれらのように、嘘かホントか判らないが、よく出来た情報が羅列されることだろう。

 だが、電話なら?

 どこにも繋がらないかも知れないが、万が一、もしもどこかに繋がったら。

 普通に考えれば、月曜日のお昼に秋葉原に自分がいるという自体は、かなり異常な事態なはずだ。

 会社に電話をかけたりすれば、自分は無断欠勤していたりするのだろうか?

 それとも、全く違う設定の世界に繋がったりするのだろうか?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る