第4話 ラジオ会館

 こんなに気取り無く声を立てて笑う奴を耕祐は今まで見たことがなかった。

 釣られて、思わず頬がゆるんでしまう。

 通路は、結構人混みが激しく。しかも、ほとんどの客が大きなバックやリュックを下げたり背負ったりしているために、その中を走り抜けるという行為は、非常に高度な技術と経験則が必要と思われたが、リンは全く危なげなく、自分と耕祐の二人分の空間を確保しながらすり抜けて行く。

 やがて前方に現れた店先に、ふと、耕祐は、既知感を覚える。


「あれ?これ」


 耕祐の足取りがほんの少し重くなった事に気づいたリンが足を止め、耕祐から離れて、ちょこちょこと店先に近づいていく。


「山海亭さん・だ・よ」


 ショウウィンドウに大小たくさんの美少女系や恐竜、ロボットのフィギュアが並べられた店先を指さしてリンが言った。

 耕祐は、山海亭の入り口に門番のように飾られている、人の背丈ほどもある一体の大きな美少女フィギュアに近づいて行く。


「これって……」


「ああ、それ、等身大なんだ・よ」


「等身大?」


 触ってしまう勢いで近づいていった耕祐が『等身大』というマニアックな単語に身を引いた。


「『神世来ロボ・ミロク』の女性パイロット!綾子・クララントーレだ・よ!」


「ああ」


 綾子・クララントーレ。その名前は聞いたことがある。

 だが、不思議なことに、耕祐は『神世来ロボ・ミロク』を見た記憶がない。

 なのに何故か、目の前にあるオレンジ色のタイツのようにぴったりした戦闘服に身を包んだ、綾子の等身大フィギュアに既知感を覚え、その名前が綾子・クララントーレで有ることを知っていた……気がする。


「ほしいの?」


 リンが声をかける。


「こ・れ、売り物だけど、確か50万円くらいする・よ」


「50まん!」


 耕祐が叫ぶ。


「50万って、誰が買うんだ?こんなの?」


 耕祐はそう言って、腫れ物にでも触るように恐る恐るフィギュアから離れていった。

 それを見ていたリンが彼を指さし呟いた。


「コウスケ」


「買わん!絶対に買わん!」


「なんだ・」


 リンが再び耕祐の手を握る。


「キョーミが無いなら、さっさと行こう!」


 そう言って走り出す。

 もはや耕祐が気になった既知感、妙な感覚は、『等身大』とか『50万円』とかのあまりに馬鹿馬鹿しい、まさに夢らしい設定に、どうでも良くなってしまっていた。

 やがて前方に、昨日、耕祐の使ったエスカレーターが見えてきた。

 そのまま、そのエスカレーターで2階まで下りる。

 やはり、その先、乗り継ぎのエスカレーターは存在しなかった。

 一瞬、この瞬間から夢が、ビルの中に閉じ込められて出られないという悪夢に変わるのではないかと、不安な気持ちになる。

 そして、ゾンビでも襲ってきた日には。

 だが、それは杞憂だった。

 回廊になった廊下を半周ほどした場所の奥。

隠れるようにひっそりと、下の階へと続く階段が出現した。


「なんで、こんなわかりにくい構造になってるんだ」


 独り言のように耕祐が呟く。


「だって!」


 リンが下っていた階段の最後の一段を飛び降りる。


「だって、ラジオ会館だ・もの!」


 そう言って、屋根付きの路地にしか見えない建物の一階部分を走り抜け、表に出た。

 耕祐の目の前にJR秋葉原駅の電気街口が現れる。

 太陽は真上にあり、歩道にポールを立てて設置された円形の野外時計は12:22を指している。


「今、ラジオ会館って言ったか?」


 慌てて、今、出て来た建物を振り返った。


 大きな黄色いネオン看板には赤い「世界のラジオ会館」の文字が躍っていた。


「ラジオ会館」


 だが、このラジオ会館は、耕祐の知っているラジオ会館とは何か違うような気がした。

 今、目の前にある建物の正面全面は、極彩色の南国を意識したペイントが建物一杯に描かれており、その最上部にはにこやかな笑顔で擬人化された太陽が描かれていた。

 自分の知っているラジオ会館は、こんなだっただろうか?

(ラジカンのカケラ。一年は一日)

 ふと、意味不明な言葉が蘇る。

 『ラジカンのカケラ』?ひょっとしてラジオ会館のカケラと言う事だろうか?


「いや、いや」


 目眩を覚え、思わず頭を抱えてその場にしゃがみ込む。


「どうしたのさ」


 リンが耕祐の隣にしゃがみ込んで声をかけて来た。


「解らなくなってきた。俺はどうしたらいい?」


 耕祐がやつれた顔を上げてリンに言った。そこには、屈託のない笑顔のリンがいた。


「遊んじゃえば?」


 リンはそう言って立ち上がると、耕祐の背中をポンと叩いた。

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