復讐の始まり
「いってきます。」
「いってきまーす!」
「はい、気をつけて行っといで。」
「「はーい」」
俺は母の快活な声に返事をして家を出た。
我が家は人里を少し離れた山の上にポツリと立っている。
だから週に1回は双子の妹と二人で都に買い物に出かける。
俺の名は
どちらも『太陽』という意味からとったらしい。
「お兄ちゃん!!早く早く!」
「あ、こら。走るな、お前すぐ転ぶんだから。」
べしゃ...
「ふぇ...ウグッ...」
...ほら言わんこっちゃない...。
俺は謝那の体を起こしてくるぶし丈のズボンの裾をはらってやった。
このズボンは俺とお揃いで母さんが作ってくれたもので、俺も謝那も大切に使っている。
...と言っても謝那はよく破れるから俺がコツコツ直してやっている。
そのせいで布の切れ端だらけで少し情けなくなってしまっているのに、謝那は喜んで履いている。
都に着くと、やけに騒がしく賑わっていた。
「...今日って何かあるのか?」
「きっとお祭りだよ!!」
そう言って謝那は賑わいの中に入っていった。
俺は慌てて追いかける。
まぁ、これもまたいつものことで...。
「お兄ちゃん!!見て見て!!」
「おお...。...綺麗...だな。」
謝那がやっと立ち止まった出店は色鮮やかな髪飾りの店だった。
「何か買って!!」
「はぁ?お前なぁ...」
「だって私たちの誕生日じゃん!!」
「...後で母さんにふたりして叱られるぞ。」
「わーい!!」
謝那は目をキラキラさせながら髪飾りを眺めて、一つの櫛を手に取った。
「これがいい!」
「おお。おじちゃん、これいくら?」
「100両だよ。」
「...そっか...。」
財布を漁ってみたけど...あるのは3両7銭。
普段の買い物ではこれでも足りるから、これ以上持ってきてなかったんだ...。
「...ごめん、謝那...こっちの小さい方にしないか?」
「えー!!」
買ってやるとは言ったものの...やはり高いものには手が出ない。
「これがいい!!」
「...謝那...。」
「買うんかい?買わないんかい?」
「あぁ、えっと...。」
買おうにも先立つものがないし、買わないと謝那が怒りそう...ってか既に怒ってるし...。
俺がどうしたものかとオロオロとし始めた時だった。
「これで払ってくれ。」
「え?」
俺が声のする方を向くと、そこにはとてつもなく金持ちそうな男性が立っていた。
「あの...あなたは...」
「私の正体などいいのです。...妹さんは何がいいのですか?」
「これ!」
謎の男性に謝那は無邪気にさっきの櫛を指さした。
「こら、謝那...!」
「いいのです。私も都に来るのは初めてでしてね。」
その男性は自らの財布から100両を出した。
「わぁ!!ありがと!!」
「"ありがとうございます"な!...なんかすみません...。」
「いえ。大切に使ってあげてね。」
その男性は優しい笑顔で妹に櫛を渡した。
「うん!」
「あのッ...お礼をしたいので名前を伺いたいです。」
俺が慌ててその男性を呼び止めると、彼はニコリとしながら振り返った。
「私の名は...
「斬さん...。」
「斬様、ありがと!!」
「だから、"ありがとうございます"な!」
「ははは...。」
その男性は俺と妹の頭を優しくなでると口笛を吹きながら去っていった。
「」
「はわわぁ?!」
俺と謝那はこれからやっと母さんに頼まれた買い物を始めていた。
謝那はあれから嬉しそうに櫛を空に仰ぎ音痴な鼻歌を奏でている。
「謝那...荷物手伝ってくれ。」
「はーい。」
...出た。
謝那の口だけ返事。
謝那は俺の睨みをよそに次のお目当てに向けて走り出した。
「あ、待て謝那!!」
俺が声をかけたその時、後ろの方から人の悲鳴声がざわざわとものすごい速さで近づいてきた。
ふと振り返るとそこには暴れ馬がこっちに...謝那に向かって突っ走って来ていた。
「謝那!!危ない!」
とっさに大声で叫んだ...のが間違いだった。
謝那が咄嗟に立ち止まりこちらを振り返った瞬間、暴れ馬は謝那に飛びかかり、謝那の体は宙を舞った。
「っ謝那!!!!」
ドシャッ...
謝那の体は容赦なく地面に叩きつけられ、周囲は騒然とした。
「謝那!!」
「......。」
「っ謝那!!!!」
...ほぼ即死だった。
駆け寄った瞬間に開けていた目は虚ろに開いたままになった。
呼吸もプツリと途絶えた。
「貴様!!危ないだろ!」
「ッ!?」
上から雷のように落ちてきた声に思わず顔を上げるとさっきの暴れ馬から見下ろす、男性がいた。
「全く...。 俺の馬が穢れた。よく洗え。」
「はッ。」
...穢れた?
「俺の邪魔をしおって。」
「なッ...!!」
邪魔!?
俺が睨みをきかせた視線はその男には届かなかった。
その男は他の馬に乗り替わると飄々とした姿でその場から去ろうとしていた。
「...殺してやる...。」
「...そなた...何か言ったか?」
そういう言葉だけ聞こえる便利な耳の男は、馬に乗ったまま振り返った。
「てめぇ!!殺してやる!!よくもッ!!...よくも...!!」
クソ...なんで...。
まるで喉に何かの塊が詰まったかのように、声が出てこない。
「はっ、くずの分際でこの俺に盾突くとは。やれるものならやってみるといい。」
「ふざッ!?」
まだ言いたい言葉が残っていたのに、その有り余った口は誰かの手によってふさがれた。
「...このモノを屋敷に連れていけ。」
「ッ!?」
背後から聞こえた声でその手は俺の体を持ち上げてどこかに運び始めた。
それと同時に俺の中の恐怖の感情が湧き始めて、俺はなおさら声も出せずその手の赴くまま体を預けた。
いつの間にか俺の体は縄で縛られ、一番奥の部屋に通された。
そこには、高貴そうな男が座っていた。
「...あんた誰だ。」
「俺の名は劉
「俺は
「...あの亡くなったものは...「俺の妹です。」...そうであったか。」
そう言って、劉は俺の前に一つの櫛を見せた。
「...妹のの形見となるだろう。」
「ありがとうございます。」
劉は少し難しい顔をしてみせるとニヤリと口角を上げた。
「燦。お前はあの方を恨むか?」
「えぇ...当たり前です。」
俺は怒りで震える声を抑えて答えた。
「...ならば、そなたは世子妃となれ。」
「...はい?」
「そして、あの方...
劉の目は怪しく光って見えた。
「あなたの目的は何ですか?」
「目的か...そうだな...。この国の王にでもなろうか。」
しかしあの者の名を知った俺の目には一寸の迷いもなかった。
そしてこの時、俺と劉氏の契約は成立された。
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