第14話

「ぐ〜」

「ぐ〜……」


 何時もとは違って力無く引かれるリヤカーの引き手から雑音がこだまする。


「ぐ〜……」


「お前らうるさい」


「お腹が空いて力が入らないです。ご主人」


「お腹空いた〜」


 昨夜の晩飯抜きが効いているのか二人の腹から抗議の音が聞こえる。


「お前ら普段遠出をする時は何を食ってるんだ? 干し草とか雑草か?」


 ふと原始人の食生活が気になって聞いてみる。


「馬じゃないんだからそんな物食べないわよ! 辛く味付けした干し肉を道端の山芋と一緒に煮たり、そのスープで乾燥させたパンを柔らかくして食べたりね……」


「幸いにして山道には山芋が豊富ですからね、採取した山芋の茎を土に挿しておけば直ぐに新しい山芋が採れますし、山道には動物も豊富ですのでそれを狩りつつたびを続ける感じでしょうか」


 原始人達のワイルドな食生活事情を聞いていると、改めてネット通販スキルは偉大だと感じる。


「動物って兎とか?」


「オークですね」


 オーク……ファンタジー定番のモンスターだな。

 と言うことはくっ殺大魔王とかも実在するのか?


「ポーターの仕事をしていてもオークを狩るハンターは見たことが無いけど、そんな気軽に狩れるのか?」


「豚の方が美味しいですからね、養豚場から逃げ出した豚が山に入って野生化した物がオークですので、豚の方が美味しいです」


「逆じゃないのか?」


「町の近くに生息しているオークは養豚場あがりが多いですよ」


 思ったよりも世知辛いファンタジー事情に溜め息が出る。


「そんな話をしていたら生姜焼きとかミミガーが食べたくなって来たじゃない! もー休憩しましょ!」


 アケミが強制的に休憩の準備を始めた。


「ヨシエちゃん。あたしミミガー食べたい!」


「それは良いですな。私がひとっ走りしてオークを狩ってきますよ」


 俺の乗っているリヤカーを放り出し、さっさと山の中へと分け入るヨシエと焚き木を拾い集めて竃を組み始めるアケミ。

 お前らどんだけ腹減ってるんだよ。


 まあ、たまには原始人達に付き合ってバーベキューも良いかと思い、準備をアケミに全て任せてのんびりと構えていたのが間違いの元だったのだろう。



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「それでヨシエ」


「はい」


「それは何だ?」


「ミミガーです」


「正確に」


「オークです」


 山から降りて来たヨシエの後ろには首にロープをかけられた小柄な小太りのおっさんがいる。

 腰には腰ミノを巻いているので大事な所は隠れているが、とんでもなくいかがわしい香りがする。


「プレイ的な意味でのオークか?」


「食料的な意味でのオークです」


 だって、これ、おっさんじゃん。


「もう、良いから食べようよ」


 焦れたアケミがナイフを片手ににじり寄って来る。


「いや、まて。俺はこんな感じの奴を町の飲み屋で何度か見かけた気がする!」


「こんな頭から耳の生えた酔っ払いなんて居ないわよ」


「いくらミミガーが食べたいって言っても、尾頭付きはダメだろ?」


 オークは俺達の言い争いが長くて疲れてしまったのかその場で胡座をかいて座ろうとする。


「……よっこいせ……」


「今こいつよっこいせとか言ったぞ! こいつおっさんじゃん! オークじゃないじゃん」


「オークよ! オークの鳴き声はみんなよっこいせって言うのよ!」


 どう見ても豚が野生化してこうなったとは思えない。


「取り敢えずミミガーだけでも先に炙っちゃうわよ」


 アケミがナイフを握りしめ、胡座をかいて座るオークのおっさんに近寄ると、毛の薄い頭頂部にある耳を片方切り取った。


「いっつ……」


 オークのおっさんは耳を切り取られているにもかかわらず、ボリボリと頭を掻くだけで涼しい顔をしている。


「今、いっつ……とか言った! この前定食屋で爪楊枝を自分の歯茎に間違えて刺した隣のおっさんと同じリアクションした!」


「オークは攻撃されたらみんな言うの!」


 アケミはナイフに刺したままの耳を直火で炙っている。


「さっさと首を落として解体しちゃいましょう」


 ヨシエが腰のナイフをスラリと抜き放ちオークに近寄って行く。


「待て待て待て! おっさんを殺すのは良くない!」


 俺は慌てて某有名外食チェーンから販売されている豚の生姜焼き三食セットを購入する。


「今日の所はこれで勘弁してくれ、目の前で見知らぬおっさんがバラされるのを見ると、心に傷が残りそうだ!」


「なによそれ? とれたてのオークよりも美味しいんでしょうね?」


「味は保証する。信頼と安心のオレンジ色だ」


 アケミとヨシエの注意が逸れた隙にオークのおっさんを山へと返す。


「森へお帰り」


 しっしっ、と追い払うとオークのおっさんは短い舌打ちをした後にのっそりと立ち上がり、首にかかったロープを自分で解いて藪の中へと入って行く。


 自分がどれだけ危険な立場にあったのかをまるで解っていないのか、ボリボリとケツを掻きながら歩く姿に不思議と心が落ち着いた。


「ほらほらお前達、ビニールの上から噛り付いても美味くないぞ、まずはお湯で温めてから食うんだ」


 今夜は少しだけ原始人達にも優しくなれそうな気がする。

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