第13話

 カタカタと軽快なリズムでリヤカーは走る。

 行商人の馬車が通る轍であろうか、思ったよりも道幅が広くスピードが乗っているようだ。

 前方から後方へと流れる緑の木々達と頰を撫でる優しい風を感じながら俺は本日三度目の停止を告げた。


「ヨシエ、ストップだ」


「主人、またですか?」


 大自然の息吹を感じながらリヤカーを降りて道端へと歩を進めると、俺は太古より息づいているだろう大樹にその身を預けた。


「おえー」


「歩いた方が早いんじゃない?」


「絶対やだ」


 ヨシエの引く軽量化リヤカーは俺の三半規管を容赦無くシェイクしてくれる様で、出発直後から吐きっぱなしである。

 しかし軽量化魔方陣を停止させてしまうとゴムタイヤがいとも簡単にパンクしてしまいそうで恐ろしくて停止出来ない。


「なんかこう……揺れない魔方陣とか無いのか?」


「それこそ何の役に立つのよ?」


「リヤカーに乗っている時に酔わない様にするには、揺れない魔方陣とか必要だろうが!」


「リヤカー自体さっき初めて見たんだからそんな魔方陣なんてある訳無いでしょ!」


 ブツブツと文句を言いながらアケミは草薮を漕いで中へと入って行く。


「アケミも小便らしいから少し休憩だ」


「違うわよ!」


 一掴み分の草を右手に握り締めながらアケミが勢いよく草薮の中から飛び出してくる。


「酔い止めの薬草よ」


「そんなオシッコのかかった雑草をどうするつもりだ」


「しつこいわね! いいから草の切り口を咥えなさいよ」


 アケミが俺の襟首を掴み上げて無理矢理雑草の束を口に突っ込もうと力を込めて来る。


「い……や、だ」


「いい……か、ら」


 こんな原始人の土着の民間療法など受けてたまるか! 俺とアケミの筋肉がギリギリと軋みをあげ双眸に殺気が漲り始めた時、不意に背後から忍び寄る気配を感じ取った瞬間。


 俺の意識はブラックアウトしていた。



「ご主人、ご主人。起きて下さい。今夜の野営の準備が整いました」


 身体を揺すられる感覚にボンヤリしていると背中に硬いものを押し当てられて両肩を後ろに向かって強く引っ張られた。


「喝!」


 強制的に肺一杯に空気を送り込まれて急激に意識が覚醒して来る。


「俺は……どうしてたんだ?」


「あ、えと、グッスリと寝ていた様で」


「ヨシエが絞め落としてくれたの」


「……」


「……」


 ヨシエがそろりと視線を逸らす。


「あ、あの。大丈夫です。訓練の一貫で暴徒鎮圧訓練って言うのがありまして、囚人相手に絞め落としの訓練をキチンとやってますので」


「成功率は?」


「……」


「……」


「八割は大人しくする事が出来たので褒められました」


「残り二割は?」


「……もっと大人しく……」


 絞め落とされた奴らよりも大人しくなるってどう言う事なのか……


「でも、物凄く距離は稼げたんだから良いじゃない」


「良いわけあるか! もっとこう優しく落とせよ! 腕時計に仕込んだ麻酔針とかで!」


 罰として今夜の食事は業務用コッペパンに化学調味料と塩のスープにしたが大喜びされている。


 原始人達にはご褒美だったらしい。


 次の日は早朝から雑草を握りしめたアケミと両腕を大きく広げたヨシエに挟まれたので、便所の香水みたいな香りのする苦い草を咥えて大人しくリヤカーに乗り込んだ。


 俺がリヤカーに乗り込むと、アケミが当然の様に俺の横に乗り込んで来た。


「狭いから歩けよ」


「あたしは歩いても良いけど、ヨシエの足手まといになるのよ」


 どう言う意味かと考える間も無くリヤカーが走り出す。


 リヤカーの取っ手部分の内側ではなく外側から引っ張る独特なヨシエのスタイルは、歩いて引くのではなく走って引く為のスタイルだと言う事が今更ながらに理解する。


 軽量化の魔方陣が付与されたリヤカーは三次元に跳ね回り、それを無理矢理力で押さえつけたり、道路脇の側溝にタイヤを引っ掛けたりするヨシエのドライビングテクニックの前に俺はあえなく意識を手放す事になる。


 アケミの楽しそうな歓声が本日最後の俺の記憶だった。



 目を覚ますと辺りはとっぷりと日が暮れていてアケミとヨシエの話し声が聞こえて来る。


「だからですね、逆に軽量化を図りすぎるとリヤカーが暴れてしまうので、軽量化を図るよりもリヤカー自体を地面に押し付ける様な安定性が欲しいんですよ」


「路面の摩擦係数によって曲がり角の進入速度を考えて変えた方が返って効率的だと思うわよ。適正な制動力は前に進む力に勝ると思うわよ」


 こいつら今日の晩飯抜きだ。

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