第12話


 翌朝蟹の形を模した安いパンを寝ぼけ眼のアケミとヨシエに放り投げ、三人でモソモソと齧りつく。


「このパンは美味しいですね!」

「生焼けじゃないから安心して食べたら良いわよ」


 アケミがヨシエに対して先輩風を吹かせているが放置しておく。


「取り敢えずだな、お前達の人相風体を少し変える事にした」


「え……」


「はい?」


「お前達の髪の色だが、それはありふれた色合いなのか?」


 アケミとヨシエは自分の髪の毛を摘み上げまじまじと見つめはじめる。


「すこしくすんだ茶色と言うか、汚い金髪と言うか、その髪の色なんか希望の色が有ればその色にするが……」


「黒!」

「黒がいいです!」


 二人が思った以上に食いついて来たので心配になる。


「黒髪って目立つんじゃないのか?」


「昔話に出て来る主人公はみんな黒髪なんですよ。はるか昔に活躍した勇者達は全員黒髪だったとか聞いてますし、黒髪の人達は勇者の血を引く子孫だって言われてますね、国の半数は黒髪なので目立つ事もありませんし」


「黒髪はモテるのよ」


「あ、なるほど」


 アケミの一言に納得してネット通販で白髪染めを購入する。


 近くに流れる農業用水で二人の髪の毛を真っ黒に染め上げて、風貌を変えたら次は服装である。


 先ずはアケミから


「その小汚い布切れだが」

「ポンチョよ! 旅装では一般的なものよ!」


 一般的ならそのままで良いか、ポンチョの内側にポケットの沢山着いたベストでも着せて、その中に起動させる前の魔方陣を忍ばせておけば歩く火薬庫として活躍してくれるだろう。


「ほれ」


 それっぽいベストを購入してアケミに渡すと最初は理解出来なかった様だが、あちこちのポケットにメモ帳や油性ペンを突っ込んでやったら理解が進んだ様で機能性に興奮している。


 次はヨシエだが……


「その甲冑はここで捨てて行け」


「な、何を……」


「いいから脱げ」


「せ、せめて暗くなってから……」


 ヨシエが身につけていた如何にも騎士っぽい装備は、どう見てもヨシエの体躯には見合わない様に見えた。何よりあちこちにあしらわれている鉄製の鋲やプレートがガチャガチャとうるさいのだ。


「アケミ。脱がせろ」

「お任せあれ」

「ぎゃああっ!」


 色気の無い木綿の短いTシャツとショートパンツの様なショーツ姿で、地面に蹲ってプルプル震えているヨシエにこれまたネットショッピングでバイク用のプロテクターを購入する。


 薄手のインナーに硬質プラスチックのアーマーが貼り付けてあるようなタイプで、意外と安価で購入出来た。


「ほれ」


 胸、背中、肘、腕、腹などがガッチリと守られていて多少の衝撃は全く意に介さずに動けるだろう。


 下半身もタイツにプロテクターを貼り付けてある様なタイプの物を購入。

 恥ずかしそうにバイク用インナーアーマーに着替えるヨシエは驚く程に色気が無かった。


 しかし、このままではゴツいモモヒキの上下を着込んだ変な女になってしまい目立つ事請け合いだ。


 なのでバイク用のレザーパンツとジャケット、オフロード用ブーツを購入。


「とんだ散財だ……」


「これが鎧の代わりになるんですか?」


 高い金を支払わせておいてこの言い草なので昨日薪として集めおいた棒切れで遠慮なくボコボコに殴ってやった。


「おお! 痛くないです! これは凄い」


「防刃性能は無いから切られるなよ? 避けるのは得意だろ?」


「避けたら主人を護れないじゃないですか!」


「主人に害をなす前に切れよ、宴会芸の『斬撃』でも使って」


「あ、なるほど……避けても良いんだ……」


 一人でブツブツと呟くヨシエを放置して再び散財をする。


 折り畳みリヤカー。


 現地の原始人の歩みに合わせる事が不可能と薄々感づいてはいたが、昨日で確信した。


 無理だ。


「ヨシエ、お前の装備は慣らしが必要だ」


「慣らし?」


「うむ。自分の身体にピッタリと合わせて且つ動きの特性や重さに慣れるまで時間がかかるのだ」


「はあ……」


「そこでヨシエには装備の慣らしも兼ねて重要な任務を申し渡す事にした」


 俺は折り畳みリヤカーをパタパタと組み上げて背中に背負った荷物をリヤカーに積載し、最後に俺が乗り込む。


「さあ、引け」


「うわ、かっこ悪!」


 率直な意見を述べるアケミを睨みつけ、俺はもっともそうな意見を述べる。


「これは昔から伝わる装備慣らしの儀式だ。別名『コンダラ』とも呼ばれる。その昔『思い込んだら』を『重いコンダラ』と聞き間違えた人達の中で綿々と受け継がれる聖なる儀式である」


「はあ、まあ引きますけど」

「安心しろ。軽量化の魔方陣を起動させるから重さは感じない筈だ」


 これで少しは遠くに逃げる事が出来る筈だ。


「昼になったらまたカニの形のパンを食わせてやるから頑張れ!」


 軽量化によりカタコトと軽い音を立てたリヤカーがヨシエに引かれて動きだした。




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