第11話


 長時間放置した焚き火から細く白い煙がたなびいている。


 パチンと弾ける生木から小さな火の粉が飛んで行き、新たな焚き木を催促されている様な気分になる。


「うわああああああん! うあっぷうげっ、うわああああん!」


 とっぶりと森を覆った夜の帳が少し冷たい風を呼び、焚き火の温もりが


「うわああああああ、ひぶ、うわああああああん! ズビい!」


「やかましい!」


「うわああああああん!」


 とりあえずこの女は放置で良いのではないかと言う結論が出て、両手両足の拘束を解いた後に「森へお帰り」と言って放置した。男の方はどうしようか……このままリリースをすると真っ先に商会に駆け込んで、有る事無い事吹聴した挙句に謝礼金をふんだくって離れた町に飛びそうな気がする。


「うわああああああん!」


「ああ、なんと言うか、女。煩いから森の中に二十分くらい歩いて離れた所で続きはやってくれないか? 考えがまとまらん」


「うわああああああん!」


「旦那様……」


 アケミが何か言いたそうにこちらを見ている。


「嫌だ」


 恐らくはこの女を拾いたいとか言うのだろう。これ以上我が家ではポンコツを拾う事は許しません。ウチは再生工場ではないのですからリサイクルなどは犬に食わせとけば良いんです。


 それよりもこれからの身の振り方だが、思わぬところで追っ手が増えてしまった。


 商会は商会長があんな小さな町にいるのだから大した規模ではないので、距離を稼げば何とかなるとして問題は紋章協会の連中だ。協会規模は後からアケミに聞くとして、協会の連中に俺が白い紙を取り扱っている事がバレてしまったら、紋章協会の地下拷問部屋に隔離されてしまうのは火を見るより明らかだ。


「そんな物無いわよ!」


 この世界の地理に明るく無い現状では誠に遺憾ではあるがアケミの知識に頼らざるを得ない。


 さてどうするか……


「旦那様〜」


 考え事の最中に呑気なアケミの呼び声が聞こえる。


 声のする方に視線を向けるとアケミの隣に剣を構えた協会のポンコツ娘が居る。


「お、おい。何やってるんだ?」


 ポンコツ娘の視線の先には二十メートル程離れて商会の監視野郎が、キョトンとした顔をして座らされている。


「斬撃!」


 ポンコツ娘がその場から一歩も動く事無く烈火の如き気合を放った瞬間。


「えう?」


 商会の監視野郎の間抜けな声と共に奴の頭が胴体から転がり落ちて泥水の中へと消えて行く。


 一瞬遅れたタイミングで監視野郎の頭がくっ付いていた筈の切り口から黒い、いや、赤黒い血が大量に噴き出して糸の切れた人形の様にクニャリと力を失うと、ザブンと音を立てて泥水の中へと消えて行った。


 驚きのあまり軋む様な首を無理にポンコツ二人組に向けて見ると、満足気な顔でポーズを決めている。


「はい!」

「ソードパワーです!」

「ドン引きするわ!」


 この世界の女子力アピールはこうなのか? 物理的な力のアピールなのか? いや触れてはいないから物理的に力は入れて無いのか? いやそう言う問題じゃない。


「あほー! すごいあほー!」


 久しぶりに大声で怒鳴った所為か、大量の血飛沫を噴き出す首無し死体を見た所為なのか、くらりと目眩がしてヘタリとその場に座り込んでしまう。


「ちょ、ちょっと休む……」


 いかん……気絶しそうだ。




 目の前が暗くなって日本の夢を見た。


 耳元でパチパチと焚き火の爆ぜる音が聞こえて来てゆっくりと覚醒して行くのが解る。


「我が意志を持って誓う……この血を持つ者に永遠の隷属を……」


 むんにゅう


 何処かで聞いた様な文言と手の感触に意識が急速に覚醒する。


「何を!」


 かなり強めの静電気の様なショックが左手に走った。


「きゃあ!」

「いってええ!」


 慌てて周りを見渡すと見渡す限りのおっぱい。


 おっぱい?


「何をした?」


 おっぱいを押しのけると小さな悲鳴をあげてポンコツ娘が地面に転がる。


「えと……力仕事担当が欲しいな……なんて……」


 油性ペンを握りしめたアケミがバツの悪そうな笑顔を浮かべる。


「また隷属魔方陣か? 俺はもう面倒はごめんだぞ」


「本人が強く願った事だし、ほら、荒事なんかも任せられしね? 良いでしょ?」


「隷属魔方陣は隷属させてナンボの魔方陣だよな?」


「そ、そうよ。だから、ね?」


 俺はアケミのこめかみにアイアンクローをねじ込みながら命令する。


「次に俺の断りもなく勝手に隷属魔方陣を使った時には……」


「いだだだだ!」


「その貧相な胸が倍の胸回りになるまで腕立て伏せだ」


「いやあああああ!」


 ……………………………………………


 協会のポンコツ娘の名前はヨシエ。


「ヨシュア・フレイムブレードと申します」


 ヨシエは幼い頃に紋章協会で拾われてから魔方陣の才能よりも、剣の才能に恵まれていたのでそっちの道に進んだらしい。


 年齢はアケミと同じく二十歳らしいが協会の中でも部門が違うので全く接点はないらしい。


 そもそもアケミはお偉いさんのグーグル代わりに使われていたので、お偉いさんにはお偉いさん専用の物凄く強い護衛剣士がお供に付いているので、ヨシエの出番は無かったらしい。


 ヨシエの隠し芸として披露された斬撃とか言う技は護衛剣士の先輩に使用したところ、邪道で横着者の使う最低の技と認定されたらしく。もっぱら仲間内で集まった飲み会の隠し芸として使う技だったらしい。


「訓練で使うとものすごく怒るんです」


 ヨシエの護衛剣士としてのレベルは最低ランクらしく毎日先輩達にボロ雑巾の様に殴られるのが日課らしい。


「避けると怒られるんです」


 護衛剣士とは護衛対象を身を呈して護るのが本領らしく。切り掛かって来た剣を真っ向から受け止めて一人前の護衛剣士らしい。

 また、こちらから斬りかかる場合も盾の真ん中をキチンと狙わないと「下手くそ!」と罵声を浴びるらしい。


 俺の知っている剣士とは趣が違っている様な……


「協会の護衛隊長の剣は受けるのが怖くてつい反射的に避けちゃうんですよう」


 避けれるのかよ……


「まあ、やっちまったもんはしょうがない。アケミ! 穴は埋めたか?」


「も、もう少し……」


 罰としてアケミに死体入りの穴を埋めさせているが進歩は捗々しくない。

 一応墓だけど。

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