第15話
ここ数日荒れるリヤカーの上での生活が長いせいか車酔いに強くなって来た気がする。
船酔いも船に乗って数日仕事をしていればそのうち酔わなくなると海の男から昔聞いた事があるが、それと同じで三半規管が鍛えられたか、三半規管が故障したのだろう。
ある意味俺も海の男に近い存在だとも言えるだろう。
「旦那様次の大きい町が見えて来たけど、今回もスルーするの?」
そう言ってアケミが指差す方角に目を向けると、ジャングルの様な深い緑の合間からうっすらと町らしき物が見え隠れしているのが確認出来た。
相変わらず現地の原始人達は目が異常に良い。
アケミが今回もスルーすると言うのも理由があり、ヨシエを拾った後に数回程町や村をスルーして野宿を続けているのだが、この世界の連中は異常な程に他人の人相や名前をしつこく覚え続けている習性がある。
まあ、携帯やデジカメの無い世界で犯罪に巻き込まれる危険を避けたり、身を守る為には余所者の人相を覚えて何処から来てどう言う身分の者かを事細かく把握して、何かあった時に人相や風貌や特徴を事細かに当局に申し出るのが地元住民の義務であるからして仕方の無い事であるが、逃避行を敢行中の俺達としては「アシがつく」行為を出来るだけ避けて、実力の無い荷物持ちが偶々分不相応の獲物を狩った事により、調子に乗って二匹目のドジョウに食い殺されて帰って来ない風を装う事で、新天地デビューを果たそうと絶賛隠密行動をしている最中である。
そう言えば昔の日本も携帯電話やインターネットなど無かった時代は、友人の名前と連絡先は全て記憶若しくはメモ帳などに頼っており、友人の自宅に電話をかける場合にはその親に自分の名前を告げるのは当然として、厳しい親に至っては関係性まで踏み込んで聞かれた物であり、他府県の友人などはほぼ存在しなかった記憶がある。
まあ、出来るだけ濃密なコミュニティを意図的に避けて関係性が出来るだけ希薄そうな大きな都市に潜り込む事で万が一あの忌まわしき始まりの町の住民と鉢合わせしたとしても「生きとったんかワレ」状態になるのが目的の旅である。
「あの町はデカイのか?」
諸国漫遊をしていたお偉い紋章士のパシリをしていたアケミはそこそこ地理に詳しいので町の規模を聞いてみる。
「まあ、現実的に移動出来る範囲内としては大きい部類に入ると思うけど」
「現実的?」
「なんの後ろ盾も無い木っ端ハンターや木っ端冒険者が別の国に入国するなんて、向こうからしたら難民や盗賊。下手したら間諜を懐に入れる様な物だから、現実的には国を跨ぐ事は出来ないわねぇ。現にあたし達だって逃亡者みたいなものだし」
世知辛い……もっとこう、イージーに隣の国に渡って大活躍とか出来んのか?
「あと……私達は身分を証明する様な物も有りませんしね」
ああ、冒険者ライセンスは俺が燃やしましたね……
「身分を証明する物が無い奴は町に入れないのか?」
「そんな事も知らないでライセンスを燃やしたの?!」
「うむ」
そもそも俺がこちらの世界に来た時は町の真ん中に転移したからな。
「身分証明書を無くして町に入るにはまずお金が必要ね、税金の前払いをしておかないと税金も払わずに犯罪を犯すスラムの住民予備軍と見做されて槍で突かれるわよ?」
野蛮すぎる。
「町の門番くらいなら私の斬撃で」
「ヨシエは今夜の晩御飯の事でも考えていろ」
「はっ!」
まあ、大猪バブルのお陰で多少の蓄えもあるし町の中に入ってしまえばなんとかなるか。
あとはヨシエを冒険者稼業又は護衛に使い、アケミに便利グッズを製作させて、俺はチートで大金を稼ぐ。
完璧な布陣だ。
「三人分の税金位は払うとして、商売の許可とかはどうなっているんだ?」
「商人達の相互互助会みたいなのがあるって聞いたけど、それは商人に聞くのが手っ取り早いわね」
そりゃそうだ。
「取り敢えずはだ。俺達は駆け出し行商人の一行で途中猪に襲われて、命からがら逃げ出したって事で話を合わせて行こう。アケミは俺の弟子でヨシエは年間契約を結んだ護衛って事で良いな?」
「ねえ、妻は?」
「穀物を商う為に穀倉地帯を回っていたが、荷台からこぼれた穀物を目当てに大猪が背後から襲い掛かって来た。その際に生活用品と一緒に身分証明書も置いて来た哀れな駆け出し行商人だ」
「ご主人。妻が必要かと思われます」
「町の中に入り込んだら速やかに商人互助会に登録する。ヨシエは冒険者登録な」
「……」
「……」
「わかったか? 飲み込みの悪い弟子と脳味噌が筋肉で構成された護衛」
「はい……」
「はい……」
さあ! 俺の異世界転移物語のやり直しだ!
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