第2話

 レッドバックの仕事は基本安全な山道を登った先にある山小屋で依頼主と合流してからが契約開始である。


 街の中から引き連れて行くと空の荷物を背負わせている間も契約料金を支払わなければいけないので、それを嫌ったケチでクズな冒険者達が無い頭を削って考えたのが現地合流契約である。

 山小屋に辿り着くと先客がいてこちらをチロリと横目で見て来る。


「あ、ども」

「あ、ども……」


 山に入るには比較的軽装であるが、傍に置いた背負子や柔らかく歩きやすそうな靴を見てレッドバックだと判断したが、荷物運びの力仕事を生業とするレッドバックには似つかわしく無い特徴がその先客にはあった。


「今日は暑いわね……」


 背負子の結び目を点検しながら誰に言うともなく呟く彼女は、小柄な体格と長い髪を綺麗にまとめている姿から恐らくは女性と思われる。

 レッドバックなんて力仕事をする連中の中で、女性なんてのはとんでも無くレアな存在であり思わずジロジロと見てしまう。


「そんなに珍しい?」


 背負子の整備を終わらせた彼女は身体ごとこちらに向き直り、俺の目を睨みつけて来た。


「あ、ああ、ごめん。女性のポーターは初めて見たから戸惑ってしまった。不満や文句がある訳では無いので気に障ったら謝るよごめん」


 ポーター職であるレッドバックの連中も冒険者達に負けず劣らずクズが多いので、変に絡まれたら面倒臭い事になると思い慌てて謝る。


「まあ、良いわ。だけど女であっても持つ荷物の量はあなたと同じだから変な勘繰りはしないでね」


 彼女も俺の事をクズの一人と見ているせいか、キツ目の言葉を投げつけた後にふいっとソッポを向くとこちらに視線を戻す事は無かった。


 気まずい時間を二人で過ごし、約束時間である昼を過ぎ、日が傾いて来た頃には気のせいかと思っていた彼女の機嫌がみるみる悪化してくる。


 ケチで時間にルーズでクズな冒険者達に目印を送る為に、一緒にいる彼女から少し離れた場所で焚き火の準備を始める。まだ明るいうちに狼煙代わりの煙を上げてやれば、いくら馬鹿でクズな冒険者達でもこちらの居場所が解るだろうと言う算段である。


 焚き木を集めて火の点き易い樹皮を細かく削り、小枝などを適当に敷き詰めると周りを見渡して、彼女の様子をチラチラ気にしながら適当な木を擦り合わせるふりをする。


 頃合いを見てポケットの中から木の葉に包んだ百円ライターを取り出して、枯葉に素早く点火すると、さも木を摩擦して火を灯しました風を装いながら焚き木に火を移して火を育て始める。またチラリと彼女の様子を見るとこちらには一切興味が無い様であるが、かなりイラついている様だ。しきりに親指の爪をかじっている。


 松ヤニの多そうなベタついた木を折り取って、焚き火の上で炙ってやると目論み通りに白い煙が上がり出した。


 よし……これで……


「あーーー!もーーー!」


 ビク!


 声のした方に振り返ると彼女が髪を掻きむしっている。


 まあ、女性には色々と精神的に不安定になる時期が定期的に訪れると言う話であるし、そっとしておくのが良いだろう。


「……ちょっと」

「……」


 さあ、時間にルーズなクズ冒険者達はまだかな?


「ちょっと……」


 あからさまに不機嫌な声が背後から近づいて来る。


「あ……はい?」


 恐る恐る振り向くとボサボサの髪で目の下にクマを作った女が俺の背後でゆらりと立っている。


「あたし帰るわ……」

「ふぁ?」


 最初に強気でかまして来た奴と同一人物とは思えない程に憔悴した女がボソリと呟き、私物の小さなバッグを肩からかけてふらふらと歩き出す。


「お、おい待て、落ち着け。今から下山するのは流石にヤバイぞ。それに今から帰ったら違約金が発生する恐れがある。そうなったら下手すりゃ俺まで巻き添えだ」


「どうせあいつらが来たら来たで、荷物の持てないあたしは違約金よ。もうどうでも良いわ」


 あんなに強気で俺と同じだけ荷物を持てると言い放った奴が何を言ってるんだ?


「ま、まあ取り敢えず座れ、巻き込まれる俺は訳くらいは聞いても良いだろう?」


 涙ぐんでいるのか鼻をスンスンすする女を焚き火の側にある岩の上に座らせる。


「何があったんだ?」


 女は懐から皺くちゃでヒビの入った白っぽい葉っぱを取り出して俺に渡す。

 手の平程の大きさで、水気が無くて少し力を込めるだけでパリパリと音を立てて割れてしまうその葉っぱを手に取って見ると、表面に細かい紋様が書き込まれているが、あちこちがヒビ割れていて何と書いてあるのかは全く解らない。


「アニメで見る魔方陣みたいだな……」


「アニメってのは解らないけど、魔方陣で合っているわ……」


 ポツポツと語る彼女の話では、彼女は紋章士と呼ばれる魔方陣を書く事を生業しているのだが、魔方陣を書くには白い紙またはそれに準ずる白い物に、黒いインクまたはそれに準ずる黒い液体で書くのが一番威力を発生すると言うのが定説であり、雪の様に白い紙と闇の様に黒いインクを手に入れた者は紋章士の頂点に立てると言われる程にアイテム頼りの職業らしい。

 幼い頃から記憶力の良い彼女はあらゆる魔方陣を片っ端から暗記して、お手本無しで自由自在に書く事の出来る天才であったが、貧乏でもあった。

 どんなに高価な紋章用紙であってもこの世界ではくすんだベージュ色の紋章用紙が精一杯であり、貧乏な彼女には紋章の本来持ち得る威力は出せる筈も無かった。


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