現代アイテムと魔法陣の日々

八田若忠

第1話

 皆さんは異世界転移を夢見た事はあるだろうか?


 もし、念願の異世界転移を成し得たとして神様に願う能力は? 世界一の剣豪?それとも尽きない魔力を持った魔術師? 視界に入った端から女の子をモノにするモテモテ能力?

 僕は断然ネット通販能力だった。

 異世界には存在しないありとあらゆる商品を販売して、異世界の商業ギルドを掌握して大商会の会長を手玉にとって大金持ちになり、戦況を左右する様な商品を右から左に流すだけで大金が転がりこむ様な男の夢を具現化した生活を送ってみたい。

 僕はそう思っていたのだ。最近までは……


 顔だけが思い出せない感じの神様から望み通りのネット通販能力を授かった俺は、ヘッドアップディスプレイの様な自分にしか見る事の出来ない画面から僅かばかりの支度金を使って安いウイスキーを購入する。


「プライム会員で良かった」


 送料は含まれないらしくわりと安価で購入出来た。


 やはり最初は地元の冒険者達と交流を図って情報収集から初めるべきかと思い立ち、ウイスキーを片手に意気揚々と冒険者ギルドへと向かった。


 ウイスキーは冒険者達に大変評判であった。


 酒精の強い酒は珍しいらしく冒険者達は大喜びでタダ酒に群がって来ては大喜びで酒を飲み、俺の言葉なんざ聞いてくれない。なので情報収集なんてまったく不可能な状態であった。好きなだけ酒を飲ませた翌日には俺のことなんざすっかり頭から抜け落ちていて、昨夜あれだけ酒を飲ませてやった俺を見知らぬ不審者扱いである。


 要するに身の回りに危険が潜んでいる状況で、それを力づくで解決する事で日々の糧を得ている連中はわりかしクズが多いと言う情報だけが俺の元に残ったわけだ。


 ならば商業方面から攻めるべきかと思い立ち、商品訴求力で勝負を打ち出した。


 商業ギルドの目利きであればこの商品の価値はわかるだろうと思い、まず最初にプレゼンをしたのは安ウイスキーが入っていた空きペットボトルだった。


 この世界で液体の運搬をすると言えば水漏れのしにくい動物の皮で出来た水筒か、木で出来た樽である。そこそこ丈夫で重量の軽いペットボトルはこの世界では価値のある物であろう。


 もしこれの価値がこちらの思惑以上の値段がついてくれれば、雪だるま式に金が増えて行って小さな商会を営み、いずれはこの街を牛耳る商会へと成長していく事になるだろうか……冒険者達に評判だった安ウイスキーを商会で販売するのも良いな。


 ニヤニヤと獲らぬタヌキのサクセスストーリーを思い浮かべながら大商会の門を潜り抜け、ペットボトルを目利きさせた二時間後に俺は屈強な男達に両脇を固められて、商会の地下にある秘密の拷問部屋へと連行されて二泊三日のお話し合いを強制される事になる。


 この能力が俺の固有能力だとばれてしまうと、手足を切り取られた後に一生を拷問部屋で過ごす事になると商会の会長の目を見て察した俺は、涙を流しながらウンコを漏らした挙句「近くの川の側で拾いました」嘘の証言をして会長さんの靴を舌で綺麗にする事で漸く商会の門を蹴り出された


 異世界の商人は自分の金の為なら人の命など虫カス同然に考えているクズ揃いだと言う情報だけが俺の心に刻まれる。


 この業界で良く言われる事ではあるが「目立ちたく無い」と言う呪文の意味を俺はよく解っていなかったが、俺には今監視がついているらしい、あのクズ商会の会長が俺がまた何処かで商品として有益な物を拾って来るかも知れないとか思っているのかも、いや……ペットボトルをいくつか隠し持ってるいるのでは?と疑っているのである。

 ここで考え無しにペットボトルをポンと取り寄せたりした途端に拉致監禁コース確定である。

 こんな制約のある状態では異世界ネット通販能力無双など夢のまた夢だ。

 更にこの能力の制約である大前提が俺を窮地に追い込んでいた。

 そう、異世界通販能力はあくまでも通信販売能力であり、湯水の様に自然に商品が湧いて来る訳ではなく、販売しているものを通貨で購入しなければならないのだ。

 売る物が無ければ通貨を得る事が出来なくて、通貨を得る事が出来なければ能力を封鎖されたも同然なのだ。


 なんとしても日銭を稼がなければ詰みの状態である。


 取り敢えず冒険者ギルドに登録をして薬草拾いでもしようかなどと依頼を確認して見ると、最低でも畑を荒らす害獣である猪退治である。


 猪に拘らず野生動物の退治は意外と大変である。恐らくは現代日本で甘やかされて育った俺だと野良犬を殺すだけでも結構な怪我を負う自信がある。


 野生動物は追い払う程度では向こうも加減してくれるのだが、命がかかると小型犬であっても油断がならない程に抵抗をするものだ。


 まあぶっちゃけ恐ろしい。


 なんとか生活をする為の相談をする為にギルド窓口で紹介されたのはポーターの仕事であった。


 脳筋揃いの冒険者達が力任せに狩り獲った獲物を背中に担いで街まで戻って来るのがポーターの役目であるが、役目的には正確では無い。


 馬鹿で野蛮な冒険者達が狩った獲物はボタボタと血が滴り、肉食系魔物達を誘き寄せるので、ノロノロ獲物を担ぐポーター達は絶好の囮である事が重要な裏の役目でもあるので、馬鹿で野蛮でクズ揃いの冒険者達に重宝されていて意外と日銭が稼げていたりもする。


 囮でもあり荷物運びでもある俺たちはポーター等と呼ばれずに、血塗れの赤い背中がトレードマークの「レッドバック」と呼ばれて日々肩身の狭い思いをして、三ヶ月を過ぎた。

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