4 vam marna era ti:mxa.(私の名前はティーミャです)
すでにレクゼリアは、渋々ながらも魔術で自分の姿を目立たなくすることは了承しているが、術が解ければ、美人というだけで人々は注目する。
隠密行動をとりたいモルグズが「目立たない相手」とリアメスに頼んだのは、かなり切実な問題なのである。
とはいえ、こちらとしても選り好みが出来る立場ではない。
リアメスの弟子の魔術師たちはみな、非常に強力な魔術師たちであり、たとえ道具ではあっても「とても貴重なもの」なのだから。
グルディアという国家の国益のため、魔術師たちはリアメスの指示にしたがっている。
ある意味では「重要な兵器」といっても差し支えないほどだ。
ましてやまだ若い魔術師ならば、リアメスとしては将来のことも考えているはずだ。
だが、妙にリアメスが躊躇っているように見えるのは、それだけだろうか。
riames,kozoto wobfigzo cu?(リアメス、なにか隠していないか?)
本来、動詞kozorは物ではなく情報などを隠すことなので、秘めるという言い方もできる。
リアメスが苦笑した。
vekato ci voy mato saz nxal wam unatoga teg.(彼女を見ればなぜ私が躊躇ったかわかるだろうね)
リアメスが傍らにいた魔術師になにやら命じると、しばらくして一人の少女がやってきた。
心臓の鼓動する速度が、一気に跳ね上がった気がする。
なるほど、そういうことかと冷静になろうと努めたが、やはり落ち着かなかった。
金色の髪と緑の瞳を持つ少女は、酷似とまではいかないまでも、ヴァルサに似ていたのである。
ただ、ヴァルサは可愛らしい感じだったが、いま眼前にいる鮮やかな青い長衣をまとった少女は、冷たい感じの美少女だった。
切れ長の涼やかな目に高い鼻梁が、その印象をいっそう、強めている。
それでも確かに、どこかヴァルサに似ているのだ。
おそらくリアメスは、ヴァルサの容姿も知っていたのだろう。
確かに、彼女を見ているだけで、落ち着かない気分になる。
vam marna era ti:mxa.(私の名前はティーミャです)
彼女はどうも、かなり緊張しているようだった。
ある意味では、当然である。
おそらく彼女からみれば、モルグズは恐ろしい力をもった怪物のように見えるのだろう。
だが、まったく別の意味で、モルグズは彼女のことを恐れている、あるいは怯えているといってもいいことに、まだティーミャは気づいていないようだ。
イオマンテで、ヴァルサのクローンに襲われ、彼女たちを殺したときの記憶が鮮やかに脳裏に蘇る。
これから彼女の顔を見るたびに、情緒が不安定になりそうで、これは決して良い傾向ではなかった。
あの惨劇をレクゼリアやエィヘゥグも目撃しているのため、やはり落ち着かないようだ。
ただ、当然のことながら、ティーミャという水魔術師は、まったく状況が理解できていないといった表情をしている。
モルグズは深呼吸をすると、言った。
zamto fa foy.kokusama joyito ci cu?(お前は死ぬかもしれない。心の備えはできているか?)
そう言ったつもりだが、うまく伝わっただろうか。
あるいはセルナーダ語では奇妙な表現になったかもしれないが、ティーミャは力強くうなずいた。
ya:ya.(はい)
緑の瞳でまっすぐ見つめられると、やはり不安な気持ちになる。
ふと、また猜疑心にかられた。
ひょっとすると、この人選は意図的なものではないだろうか。
あるいは彼女は、リアメスから密命をうけているのかもしれない。
ヴァルサに容姿が似ている少女をまず仲間にさせる。
それから、なにか「間違い」が二人の間で起きてることを、リアメスが期待しているとしたら。
ティーミャはこちらを骨抜きにして、エルスの都に災厄の星を落とすように、勧めてくるかもしれない。
考え過ぎだろうか。
だが、相手はなかば生ける伝説と化した大魔術師なのだ。
彼女はグルードが建国したグルディアの利益になることならば、どんなことでもするだろう。
決して、甘い存在ではない。
いままで世話になってきたが、それもモルグズが「使える道具」だからだ。
リアメスは、なにも言わなかった。
ただそれでも、彼女の気持ちはなんとなくわかる気がした。
許せ、とは言わん。
それでも自分はグルディアのためなら、なんでもするのだと、必死になって訴えている気がした。
彼女も、やはり自分と同じだ。
神々の道具として利用され、今度は自分が他者を利用する立場になっているとはいえ、本質は同じことだ。
神々は残酷だと言ったとき、リアメスはたぶん、本音だったに違いない。
そして彼女もまた、神々のようにかつて愛した男の打ち立てた国のために、いまも必死になっている。
彼女は百年以上も、そんなことを続けているのだ。
一体、悪いのは誰だ?
答えは、誰も悪くない、である。
神々でさえ、自ら望んで神となったわけではない。
人間の妄想や恐怖、欲望が具現化し、彼らはいわば「存在させられた」のだ。
ゼムナリアですらこの世界の「仕組みの一つ」なのである。
この世界は、あまりにも悲しい。
だがそれは、人の生きる世界、すべてに言えるのかもしれなかった。
少なくとも、種族はホモ・サピエンスとは違ってもすでにこの世界の人々を、モルグズは「人間」として認めている。
しかし、いつまでも感傷的な気分に浸っている場合ではない。
これから、おそらくは最後の戦いが待ち受けているのだから。
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