3 mig pa:ldida.(とても目立つんだよ)
最初のその報せを聞いたときは、なかば呆然とした。
だが、よく考えればこれは予期しておくべき事態だったのだ。
イシュリナシアの王都、エルナスを中心して、疫病が発生したという。
誰の仕業かは考えるまでもない。
スファーナだ。
あるいはエグゾーン女神というべきか。
ひどく複雑な気分だった。
ヴァルサの愛した故国の王都が、いま少しずつ病によっておかしくなりつつある。
おそらくはネスファーディスもまた石灰を使って消毒はしているだろうが、かなり悪性の感染症らしい。
症状は、高熱だけで、外見からは病人かどうかはまったくわからないという。
ただ、かなり高い感染能を持つようだ。
潜伏期間などは、わからない。
死亡率はさほど高くはないらしい、というのは血まみれ病などと比較すればの話である。
それでも一割ほどの人間は、やはり死ぬのだから恐ろしい病であることには変わりがない。
しかし、リアメスもこの病については知らなかった。
だが、意外なことに、レクゼリアとエィヘゥグは、この未知の感染症に対する知識があるらしい。
erth foy narhama bi+sxu.(馬鹿の罰、がもしれない)
レクゼリアが言った。
narhaというので、一瞬、ナルハインが関わっているのかとも思ったが、説明を聞くとそうでもないようだ。
馬鹿の罰、というのはかなり古い、先住民たちの間で恐れられていた病らしい。
馬鹿げたことをしでかした者に、病気の悪霊が憑いたものと、かつては見なされていたという。
ただ、この病は今のイオマンテあたりの風土病で、いまではほとんど患者は出ないらしい。
つまり、すでにいまのイオマンテ人のほとんどは、この病気に対する免疫を持っているのだろう。
なぜスファーナとエグゾーンがこの病を選んだのか、理由は想像がつく。
モルグズとレクゼリア、そしてエィヘゥグの三人は、たぶんこの病気には罹患しない。
ウォーザの民出身のレクゼリアとエィヘゥグは当然、すでに免疫を持っているだろうし、例のかつての魔術師たちのアルグ根絶計画にも、たぶんこの病は使用されている。
つまり、モルグズもこの病からは守られているのだ。
明らかにこちらに対する「援護」ではある。
それでも、愉快な気分にはなれなかった。
まったく関係のないエルナス市民までもが、巻き込まれている。
いまさら偽善かとも思ったが、不快なのはどうしようもない。
さらに裏では、ゼムナリアがまた関わっている可能性もある。
最近は彼女はまったく夢に現れなくなったが、相変わらずろくでもない計画をたてているに違いなかった。
mende hasoga.(面倒なことになったな)
これは直訳すると「面倒が発生した」となる。
だいぶセルナーダ語に慣れたつもりでも、まだまだ知らない言い回しはいくらでもある。
当たり前の話ではあるが、日本語の「面倒なことになった」をセルナーダ語でそのまま言っても、母語話者たちには意味不明のおかしな表現としか思えない、ということだ。
vam yuridres tenas ci ned.(私の魔術師は使えない)
それを聞いて、レクゼリアたちがぎょっとしたような顔をした。
最初はその理由がわからなかったが、やがてある考えに辿り着いた。
動詞tenarは、確かに「使う」という意味である。
だが、いままで聞いた限り、それは物や魔術、法力などを使うときに発される言葉なのだ。
つまり日本語と違い「人を使う」ときは、たぶんまた別の動詞があるのだろう。
リアメスにとっては、彼女の弟子である魔術師たちも、道具となんら変わらない存在なのだ。
彼女には好感を抱いているが、やはりリアメスも恐ろしい人間なのである。
魔術師に病に対する耐性のようなものをもたせられないか聞いたところ、難しいという話だった。
大地魔術や火炎魔術には、体内の生命力を活性化させ、病気になりにくくする呪文は存在するという。
しかし、それでも完全に病になるのを防ぐのは不可能だという話だ。
ただ、もしモルグズが望むのならば、水魔術師を出しても良い、と彼女は言った。
その魔術師はリアメスに心酔しており、さらにイシュリナス教団を憎んでいるらしい。
ならばうってつけ、と言いたいところだが一つ、問題があるそうだ。
mig pa:ldida.(とても目立つんだよ)
確かにそれは、困る。
はっきりいえば、イオマンテのウォーザの民の二人も、かなり注意をひくだろう。
もっとも、水魔術師であればレーミスにさせていたような、目立たないような魔術で偽装できるが、いまでもモルグズはアリッドの街での失態を忘れてはいない。
だから、なにもしなくとも、普段から目立たない風体の相手を仲間にしたかったのだ。
wam pa:ldidas cu?(なぜ目立つんだ?)
era lakfe rxafsa dog.(綺麗な女の子だからね)
またかよ、とさすがに苛立ってきた。
いままでの仲間はみな、容姿には恵まれていたが、はっきりいって、それはモルグズにとって厄介事しか招いていない気がする。
美人や美少女に縁があるのは確かなようだが、率直にいって逆にモルグズにとっては災難なのだ。
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