2 payu te+sxu cemsos fa foy.(もう年が変わるかもしれない)
その力が定命のものにしてはかなりのものであることを、すでにウボド、否、おそらくはセルナーダのさまざまな神々が知っている。
そしてウボドは、イシュリナスの宿敵といってもいい関係なのだ。
むろん、モルグズを見逃すはずがない。
また道具として使われるかもしれないが、実のところ、モルグズもウボドと利害が一致している。
イシュリナス寺院と、正義神を名乗るイシュリナスに大打撃を与えたい。
できれば、滅ぼしてやりたいほどだ。
そしてモルグズは、それとは別に、もう一人の男を憎んでいる。
ネスファーディス。
あの男だけは、決して赦さない。
彼がいわゆる「悪人」かどうかといえば、それは微妙なところだ。
少なくともネスの領民たちにとって、彼は良い領主なのだろう。
またイシュリナシア王国にとっても、有能な人材のはずだ。
もしモルグズのもつ知識をもとに、イシュリナシアで改革を起こし、国を豊かにしたら、本当の意味での英雄、と呼ばれるようになるかもしれない。
だが、あの男は目的のためには手段を選ばない。
ヴァルサのクローンを作らせたのも、まず間違いなくネスファーディスだと、モルグズは確信していた。
あの男は自分とヴァルサの精神的な絆の強さを、理解していたのだから。
そうでなければヴァルサの複製をつくり、こちらを無力化させるなどという発想は出てこない。
ただネスファーディスが恐ろしいのは、まずそういうことを思いつき、さらにはためらいなく実行してしまう、ということだ。
ただ、今回ばかりはあてが外れた。
自分が下手をしたらセルナーダを滅びに導いていたかもしれないことに、ネスファーディスは気づいているのだろうか。
ネスには変人が多いとヴァルサも言っていたが、なんといってもあの男には先代伯爵の狂気の血が流れている。
ある種の精神疾患は、残念ながら遺伝することもあると地球では知られている。
そもそもネスという土地は、なぜか双子が生まれやすい。
いままで学んだ魔術的な考えをするならば、yuridbem、すなわち魔術宇宙になにかの歪みがあることも考えられる。
それはその土地に住む人々の精神にまで、あるいは影響を及ぼしているのかもしれない。
つまり、ネスに変人が多いというのは、ただの偏見ではなくそれなりに実例があるのだろう。
いずれにせよ、ネスファーディスに出会ったときに感じた自分の直感は、当たっていた。
まさかここまで因縁の仲になるとは、思っていなかったが。
ネスファーディスは、こちらを憎んでいるだろうか。
たぶん、答えは否だ。
あの男はそういう考え方をしない。
感情を割り切り、領地と一族、そして王国の繁栄をひたすらに願っている。
そのためには自分の命も犠牲にするかもしれない。
本当に恐ろしいのは、実はそういう人間なのだ。
ノーヴァナスとは本質的な意味で違う。
あの愚かな魔術王は、つまり世間知らずの子供が自らの権力をもてあました結果にすぎない。
さらに恐ろしいのは、ネスファーディスは傍目には、ごく凡庸な人間に見える、ということである。
権力者としてのオーラもなければ、特に強烈なカリスマ性を有しているわけでもない。
いかにも良家のおぼっちゃん、といった感じだ。
だがその中身は非凡、などというものではなかった。
魔術と神々の力に満ち溢れたこの世界で、物事を合理的に思考できる男。
ただ、いま、彼の宮廷内での立場は微妙なものになっているはずだ。
アルデアだけは生き延びたが、イオマンテに派遣されたイシュリナス騎士団の騎士たちは、ほぼ全滅した。
当然、ネスファーディスへの風当たりも強くなるはずだ。
いくら国王の寵臣であっても、あるいはそれゆえに他の有力な貴族たちからは反発を買っているに違いない。
ただ、これでネスファーディスに一泡、吹かせてやったとほくそ笑むようでは、あの男には勝てない。
すでにネスファーディスはこの自分の居場所さえ、突き止めている可能性がある。
少し考えれば、いま一番、モルグズを欲しがり、利用したがっているのはウボド神であるとわかるはずだ。
なにしろ他にすることがないので、とにかく考えることしか出来なかった。
馬車に揺られてそろそろ一週間はすぎたころに、スファーナが言った。
payu te+sxu cemsos fa foy.(もう年が変わるかもしれない)
つまり、もうすぐ新年になる、ということのようだ。
sor te+sxu cemsos cu?(いつ年が変わるんだ?)
ers so:loma solfnxe ot.(生命の日よ)
セルナーダ語では、特定の時間を表す際に、後置詞のnxeとotをつける。
ただのnxeだと、場所などを意味するのだが、otがつくと意味が変わるのだ。
しかし、生命の日というのはなんだろう。
少し考えたが、たぶん冬至だろう、という結論に達した。
冬至を神聖視する文化は、地球にも多かった。
冬至は一年で最も昼の短くなる日だが、そこからまた昼が長くなり始める。
太陽の神が生命の神というのも、またよくある話だ。
キリスト教が普及する前、異教の神々を信じていた人々も、この日をユールなどと呼び、神聖なものと考えていた。
キリスト教はこうした文化を取り入れ、いつのまにかクリスマスとユールを結びつけてしまったのである。
この地の主神は太陽神ソラリスなのだから、一年の始まりが冬至であっても、まったく違和感はない。
月日がたつのは早いものだ。
いままで起きたさまざまな出来事を振り返ると、改めて自分が長い夢をみているような気がしてくる。
そして眠りにつけば、死者たちが現れる。
ヴァルサはいまは、穏やかな微笑を浮かべている。
ラクレイスはときおり魔術師の講釈をしてくるが、彼がなにを言っているのかは理解できない。
アースラが怒っていることが多いのは、彼女がクーファーの信者だからだろう。
モルグズは神を復活させる絶好の機会に恵まれたのに、それをしなかったのだから。
レーミスは、とても寂しそうだった。
ある意味では、モルグズが彼を殺したようなものだ。
彼はヴァルサのクローンからこちらを守ろうとして呪文を唱えようとしたのに。
敵と味方を間違えるな。
ナルハインのせっかくの忠告も、意味がなかった。
長い、単調な旅が続く。
その間に、エィヘゥグもしだいに苛立ちをつのらせていた。
彼はとにかく体を動かしていなければ気が済まないたちらしい。
モルグズも正直にいえば苦痛だったのだが、今、一番、この馬車で危険なのは間違いなくレクゼリアである。
いつも女の目で、こちらを見ている。
おそらく彼女は処女だろうが、目だけ見ているとまるで色狂いのようだ。
スファーナも最近では、迂闊な挑発をやめていた。
彼女も本能的に、レクゼリアの自分への嫉妬心がほぼ殺意に近いものになっていることを、感じ取ったのかもしれない。
ある意味では、レクゼリアは被害者である。
半アルグの強力な性フェロモンが、レクゼリアのなかの「女」を刺激し続けているのだ。
とはいえ、彼女は彼女でたぶん、悩んでいるだろう。
相手は、中身は別物とはいえ、肉体的には父親が違っていても実の兄なのだから。
そしてもし間違いが起これば、凄まじいウォーザの神罰が下される。
少しはウォーザも、彼女の気持ちを考えてやれないのだろうか。
いま一番、気にかかっているのは実のところ、ウォーザの目論見はなにか、ということである。
ウボド寺院としては、モルグズ一人で充分のはずなのだ。
なのにレクザリアやエィヘゥグをわざわざ一緒に馬車に入れて護送するというのには、なにか理由があるとしか思えない。
その理由は「ウォーザに頼まれたから」としか思えないのだ。
この世界では、神々が互いに手を組んだり、裏切ったりするのは日常茶飯事となっている。
いまはウボドとウォーザが協力しているが、その目的はイシュリナシアになにかを仕掛けるため、しか思えない。
レグゼリアやエィヘゥグは、その道具、なのだろう。
さらにいえばスファーナのことも、よくわからない。
エグゾーン女神は、なにを企んでいるのだろう。
イオマンテでの大災厄の発生、あるいは三国間の戦争勃発の可能性がなくなった今、今度はイシュリナシアが狙われている、としか思えない。
イシュリナシアでは、ソラリス信仰が盛んである。
ウォーザとソラリスももともとが宿敵どうしだ。
あるいは「嵐の王」としてまた自分が「なにか英雄的な役回り」を行うことが期待されているのかもしれない。
つまり、ウォーザ神はイシュリナシアでのソラリス神の影響力を弱め、自らの信者を増やすつもりということも考えられる。
だが、神々がなにを考えていようと、もう率直に言ってどうでも良かった。
イシュリナス寺院を叩く。
イシュリナス神を叩く。
正義の神のはずなのに、なぜイシュリナスはかくも残酷なのだろう。
あるいは、正義の神だから、か。
イシュリナスの体現する正義とは、この多神教の世界にあって、他の神々とはかなり異質な気がする。
むしろ、一神教的な部分を強く感じる。
自分たちの教えを従わないものは悪である。
悪なのだから、異教徒なのだから、なにをしてもかまわない。
そうした狭量さをあるように思えてならないのだ。
むろんすべての一神教がそうだ、というつもりもないが、イシュリナス信仰は地球の過激な原理主義者と似たところがある。
物思いに耽るモルグズをよそに、いつの間にかイオマンテの国境を出たらしい。
ガスティスがそう教えてくれた。
彼がウボド教団から派遣されたのは、当然、モルグズと面識があるからだろう。
夕食を食べたあと、異常な眠気にとらわれた。
気がつくと、誰かが自分の上に乗っている。
あるいはスファーナだろうかと思い、目を開けると、恍惚とした表情を浮かべたレクゼリアが、ゆっくりと自らの腰を動かしていた。
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