5 mathefate cu?(めざめだの?)

 ラクレィスが酒場で向かいの椅子に座っていた。

 つまり、これは夢だということだ。

(だが魔術師は、夢を重んじる)

 待て。

 お前がなぜ日本語で話すのだ。

 いや、これはそもそも日本語ではないかもしれない。

 いずれにせよ夢だ。

 あるいは、夢に潜り込む魔術でもあるのだろうか。

(水魔術師の呪文にはそうしたものもある)

 無茶苦茶だな。

 考えてみれば、お前と酒場で酒を酌み交わしたこともない。

 いや、「俺は地球でも本物の友人と酒場で酒を酌み交わしたことなどない」。

 友人などいなかった。

 向こうはどう思っていたかはわからないが、俺は友人などというものを必要としていなかった。

 それは俺が異常者だからか。

 ホスに憑かれていたせいか。

 限界かもしれない。

 ついに、この体の持ち主までが、こちらを責め始めたが、まったく彼の言い分を否定出来ないのだ。

 では消えるか。

 怖い。

 こんな臆病者が「死と破壊の王」であり「災厄をもたらす」のであり、「嵐の王」ならば、冗談にしてもたちが悪い。

(だが、俺たちがやってきたことは冗談ではすまされない)

 今度は、あの地獄と化したネスの街にいた。

 血まみれ病の犠牲者たちが呻き声をあげる地獄だ。

 確かにこれは冗談ではすまされない。

(俺たちの背負った罪は重すぎる。贖うことなどできない)

 セルナーダ語、yurfaでは償うってなんというのだ?

 そういえば「冗談」をなんていうのかもわからない。

(罪は贖えない。それでも、モルグス、それが自己満足のためであっても、人を救うことはできる)

 随分と殊勝になったな、ラクレィス。

 お前、ゼムナリアの信者だったろうに、人様に説教できる身かよ。

(わからん。それでも俺は間違っていたと、今はわかる。だがモルグズ、まだお前は生きている。俺もお前を友だと思っている。ノーヴァナスを殺すのは、また一つ、罪を重ねることだ。だがそれで助かる命が幾つもあるのなら、迷うな……)


 気がつくと、スファーナに首を締められているのではないか、というくらいにきつく抱きしめられていた。

 昨夜の記憶は混乱している。

 いや、まだ外を見れば、たぶん夜なのかもしれない。

 ただ、また雪がふっているのか、銀の月の光は見えない。


 magboga...(怪物……)


 そう言って、にへらと笑ったスファーナの口からよだれがたれた。

 ヴァルサじゃあるまいしと思い、胸を締めつけられるような気分になる。

 今更ながら、スファーナと自分の関係性について考えてみたが、やはり歪みまくっている。

 その横で寝ているレーミスも同様だ。

 しかしお前ら、よくこんな状況で眠れるなとも思ったが、人のことを偉そうに言えた義理ではない。

 幻術をといたレーミスをみていると、そちらの趣味はないはずなのに心がざわめく。

 そしてさらにその隣のエィヘゥグもまた、寝顔は子供のようだった。

 こいつは悪ガキだよなと、いつのまにか哺乳類のk戦略にとらわれている自分を意識する。

 強い男に憧れる馬鹿な子供だ。

 そして、傍らではノーヴァルデアも今夜は静かだ。

 魔剣となっても、彼女は眠るのだろうか。

 そんなことを考えるだけで、胸が痛くなる。

 守れなかった。

 だが、彼女を守りたいと思ったのも、やはり自分のエゴなのだろうか。

 この面子は、明日、みな死んでいてもおかしくはない。

 いや、いまから十、数える間に殺されていてもおかしくはないのである。

 反ノーヴァナス派をノーヴァナス派がもし、上をいけば次の瞬間には、誰の命も保証されていない。

 それなのに、みな眠る。

 これから死ぬかもしれないのに、おかしな話だ。

 とはいえ、それは自分も同じ事だ。

 人は飯を喰い、眠らなければ生きていけない。

 でもせめて見張りくらいは、と思ったが、イオマンテの魔術師が本気になったら、そんなものは無意味だ。

 想像力が足りない馬鹿者というべきか。

 あるいは「それも覚悟して眠っている」のか。

 あらためて彼らの思考がわからなくなる。

 暗い部屋を歩き、五芒城でも鎧戸の隙間から見ようとしたが、隣の建物があるのでよくわからない。

 現実はこんなものか。


 mathefate cu?(めざめだの?)


 イオマンテ訛りを除けば、最初にヴァルサに呼びかけられたのと同じ内容だ。

 肌着姿のレクゼリアが、こちらを見ていた。

 いきなり、股間が熱くいきり立つ。

 美しい顔と、見事な肉体美を持つ金髪碧眼の少女が、こちらを見ていた。

 勃起するのは当然だ。

 ただしそれは、彼女が「この体の持ち主の妹でなければ」の話である。

 さらにそれを見ている「妹」が明らかに欲情していると思うのは、たぶん気のせいではない。

 ゆっくりと、夢遊病にでもかかったようにレクゼリアがこちらに近づいてくる。

 怖かった。

 このまま欲望に負けて、彼女を抱いてしまいたいと考えている己が怖かった。

 だがそれをしてしまえば、人としての道に外れる。

 いままでさんざん、無茶なことをしてきたが、それをなにより「元の体の持ち主であるリューンヴァス」が恐れていた気がするのだ。

 そのとき、心の奥で猛る獣の声を聞いたように思った。

 リューンヴァスが、鳴いている。

 彼の心が、わかった。

 わかってしまった。

 本当は、リューンヴァスも、この異父妹のことを抱きたいと願っているのだ。

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