3 gasfo:r vim tavzo...(俺の体を返せ……)

 had erth i+sxureth cu?(あれはきじなのが?)


 ウォーザの民にとって騎士は初めてだったのか、エィヘゥグが驚いたように言った。

 こうしてみると、身なりもみすぼらしいので、ひどいイオマンテ訛りとあいまってまったく山だしの少年、といったふうに見える。


 cod magboga zemgega decsxasma i+sxureszo.(この怪物は一千の騎士を殺したのよ)


 スファーナがまるで自分のことのように自慢げに言った。


 decsxath...(しぇん……)


 エィヘゥグが驚嘆の目でこちらを見ている。


 erth go+defe...(ずげえ……)


 実際には「災厄の星」を使ったのだし、一千のうちにどれだけ騎士が含まれていたかはわからないのだが、説明するのも面倒なのでなにも言わなかった。

 それより、今は城門に近づかねばならない。

 汚らしい身なりの男女や子供からなる群衆を、かきわけるようにしたが内心、恐怖で失禁しそうだった。

 このなかに暗殺者が紛れていたら。

 イオマンテの反ノーヴァナス派の魔術師が目を光らせているだろうが、ノーヴァナス派がその上をいくことも考えられるのだから、生きた心地がしない。

 やがて城門にたどり着くと、一人の闇魔術師がこちらを見て、はっとしたような顔をした。

 彼は正体に気づいたらしい。

 あるいは別の魔術師から連絡がいったのか。

 だが、闇魔術師というのが怖い。

 ノーヴァナス派の可能性もあるからだ。

 他の農民たちは、歩兵たちに押し返されていたが、モルグズたちの前にはすぐに道が開けられた。

 セルナーダの街に入るときに必ず訊かれる、守護神の確認すらない。

 やはり自分たちは反ノーヴァナス派に「保護されている」のだろう。

 あれだけ不安だったというのにあっけなく門をくぐれたが、本番はこれからだ。

 さすがに王都だけあり、それなりに賑わって入るが、旅籠の並ぶ通りにもどこか、ぴりぴりとした空気が感じられる。

 みな顔では笑っているが、心では笑っていない。

 というより、怯えている。

 特に黒い長衣の魔術師たちは、明らかに避けられていた。

 一方、闇魔術師たちは人々のそうした態度に慣れているらしく、特に気にした様子もない。

 ただ、実は闇魔術師たちも互いに疑心暗鬼に陥っているというのだから、ノーヴァナスが死んだことを知れば、やはりイオマンテ人の多くは歓声をあげるだろう。

 そう考えると少しは気分が楽になる、ということはむろんない。

 一度、死にかけたとはいえ、むしろこれでも順調にことは進んでいるのだ。

 それしても、とあたりを見渡しながら思った。

 この街は他のセルナーダの都市とは違う点がある。

 たぶんここは、最初に都市計画が存在し、それから建てられたのだろう。

 建物や街路が、わりと規則正しいのである。

 自然に発展していった他の都とは違い人工性が高い、とも言える。

 たとえばいま入ってきた幅の広い大路はそのまままっすぐと北西に進み、街の中央にそびえる五本の塔を持つ城へと続いている。

 あれがイオマンテの魔術師たちの拠点である五芒城らしいが、一見すると質実剛健、といった感じだ。

 少なくとも外見的には華美な装飾などは施されていない。

 塔も建物も五角形をしている、灰色っぽい石組みの、ある意味では無愛想な建物だ。

 

 ers korpan zambo.ma+vi sud ned honef go+defe zambozo.(完璧な結界だ。こんなすごいのは見たことがない)


 レーミスは心底、驚いているようだ。

 モルグズにはよくわからないが、レーミスの言葉は信用できる。

 しかしイオマンテの都に入ってからずいぶんと視線が増えた。

 ある意味では、守られているのだからありがたいとも言えるのだが、これではプライヴァシーもなにもあったものではないな、と冗談めかして考える。

 実のところ、そうでも考えていないと怖くて頭が変になりそうだ。

 攻撃力はあっても、防御力は弱い。

 それが自分だ。

 いや、この世界における戦闘では、そうした場面はあちこちで見られる。

 盾よりも、矛の威力が桁違いに発達してしまっている。

 特に魔術や法力などは、それが顕著だ。

 もちろん防御系の魔術もいろいろと存在するのだろうが、それでも攻撃側が常に優勢のように感じられる。

 ただ、魔剣ノーヴァルデアのおかげで、魔術師の最も得意とする遠距離からの魔術攻撃の心配をしなくてすむぶん、遥かに恵まれてはいるが。

 もしそれがなければ、いままで何十回、死んでいるか数え切れない。

 やはり、死ぬのが怖い。

 それは生物としては当然の、理屈のない恐怖だった。

 ただ、そう遠くない日にいずれ死は訪れる。

 それが遅いか早いかだけの違いだ。

 などと考えながらも、無意識のうちに暗殺者の気配を探している。


 mefnogav van sxupsefzo,magboga!(いい宿を見つけたわよ、怪物っ!)


 最近はスファーナの精神状態は安定しているようだ。

 それに比べてむしろ……。


 gasfo:r vim tavzo...(俺の体を返せ……)


 また、声が聞こえてきた。

 いままで意図的に「忘れようとしてきた」のに。

 一体、自分はどれほどの恐怖に耐えなければならないのだ。

 心臓が激しく鼓動している。

 全身をアドレナリン、もしくはそれに類似するものが駆け巡るのがわかった。

 頭が痛い。

 あまりのひどい頭痛に、顔をしかめた。


 magboga?(怪物?)


 スファーナの顔色が変わった。

 いままで酷い呼び名で呼んでいたが、彼女とも歪んだ形ではあるが、確かに愛情のつながりがあることを改めて意識する。


 mende era ned.(問題ない)


 とりあえず宿の部屋をとり、階段を登っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る