12 o+de?(兄さん?)

 むしろこの責任は、自分にある。

 歴史などについてもっと詳しく聞いておけば、わかったはずだ。

 そもそもなぜイオマンテという国がつくられたのか、というあたりにもたぶん関係してくるのだろう。

 レーミスに訊ねると、予想した通りの答えが帰ってきた。

 イオマンテはクーファーを命懸けで封じた魔術師たちにより、建国されたのだという。

 ただしイオマンテの魔術師たちがこれを正式に認めたことは一度もないため、あくまで噂という形に留まっている、らしい。

 真偽のほどは定かではないと聞いても、モルグズとしては不安になる。

 自分はとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 クーファー信徒という理由をつけてノーヴァナスが粛清をしていたのも、そういう歴史があるのなら自然なことだ。

 三国による大戦争こそが神々の目的だと、モルグズは考えていたが、それは妄想に過ぎなかった可能性すらある。

 ゼムナリアにも言われていた。

 お前は思い込みが激しい、と。

 だとしたら、自分はとんだ道化だ。

 もっと単純に「イオマンテの都に災厄の星を落とすこと」こそが、実は死の女神の目論見だったのではないだろうか。

 もしそうなれば、クーファー神が地上に実体化し、かつてのネルサティア文明が滅びたようなことが、このセルナーダの地でも起きるかもしれない。

 邪神を復活させて世界を滅ぼす。

 ファンタジー系のゲームでは、勇者がそれを阻止するというのは定番の展開だ。

 しかしかつてのモルグズは、むしろ邪神陣営だったのだから、邪神を復活させる側になるが。

 だが、ゼムナリアはおそらく幾つもの計画を同時進行させている。

 いま彼女は文字通り「ゲーム感覚で」モルグズがそれに抗うのを愉しんでいるのだろう。

 となれば、三国間の大戦争の計画も、そのなかに含まれている可能性もある。

 しだいにモルグズは、絶望的な気分になってきた。

 相手が悪すぎることは、理解しているつもりだった。

 単純に力の問題ではなく「知識」の差がむしろ厄介なのだ。

 モルグズのこの世界での知識など、たかがしれている。

 どれだけ頑張っても、結局は五感にたよって外界の情報を得るしかない。

 神々はどこから知識を得ているのだろう。

 おそらくは、自らの信者や僧侶などのものはすべて、神の知識となるのではないか。

 さらにあのナルハインのように、人の姿をとって神々が現れることもある。

 あるいはまったく人類には理解できない神々だけのやりかたで、知識を得ているかもしれないのだ。

 この格差は、巨大すぎる。

 一人の人間、正確にいえば半アルグがいくら強い魔剣を得たところで、その力をどこに使えばいいかは「正確な知識がなければ判断できない」のだ。

 さらにいえば、力を使ってなにかをしたとする。

 それが一時的に状況をよくしても、風が吹けば桶屋が儲かる、あるいはバタフライ効果などで、逆に人々にはより大きな災いを、そして邪悪な神々には利益をもたらすこともありうるのだ。


 morguz?(モルグズ?)


 レーミスが不安げな声をかけてきた。


 mende era ned.(問題ない)


 大嘘だ。

 問題しか無い。

 状況が絶望的なのは、最初から覚悟していたはずだ。

 とにかく出来ることから、やっていくしかない。

 スファーナがにやにやと笑っていた。


 wob ganuto cu? nafa:r ned! na:fa era dabd eto narha!(なに悩んでるの? 考えるな! お前は馬鹿なんだから思考は無駄っ!)


 まったく笑えないはずなのに、自然と笑みがこぼれた。

 このいかれた少女……ただし実年齢は三百歳……にいままでどれだけ、救われただろう。

 また女に逃げるのか?

 そんな声が聞こえてくる。

 ヴァルサのときはまだいい。

 だが、そのあとはノーヴァルデアを守ることをお前は生きる目標にした。

 そして彼女を大人にしてやると決めた。

 挙句にどうなった?

 次の「犠牲者」はスファーナを選ぶのか?

 違う、と叫びたくなった。

 それでも声は続いた。

 もう、やめにしたらどうだ?

 生きているのは辛いだろう。

 いや、存在していることが、だ。

 だから、その体を放棄して……。


 gasfo:r vim tavzo.(俺の体を返せ)


 鳥肌がざわりと全身に広がっていった。

 はっきりと、セルナーダ語で男の声が聞こえてきた。

 心のなかから。

 やはり、レクゼリアたちと出会ってから、なにか変化がおきている。

 「彼」はいままで、心のなかで眠っていたのだろうか。

 無意識の隅においやられていたのかもしれない。

 完全に消え去った、というわけではなかったのだ。

 そこまでは理解していた。

 だが、ここまで力を取り戻し始めていたとは。

 レーミスが、こちらを見て怪訝な表情を浮かべていた。

 彼は魔術師である。

 しかもかなり強い力を持っている。

 

 morguz,tom tarmas ers...duyfum mxuln.(モルグズ、魂が……ちょっと、変だよ)


 囁くようにレーミスが言った。

 彼はyuridbem、つまり魔術界でのこちらの精神、もしくは魂の変化に敏感に気づいたらしい。


 mende era ned.(問題ない)


 そのとき、少し離れた位置にいたレクゼリアが、目を輝かせると、低い声でつぶやいた。


 o+de?(兄さん?)

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