11 ku:fa: duptos re yimantema to:jsma du:satle.(クーファーがイオマンテの都の地下に封じられているって)

 yiomnte to:vs.

 イオマンテ市とでも訳すべきかもしれないが、それがこの魔術王国の首都の名である。

 この国に来てから、セルナーダ語の語尾によくある、どこか奇妙な子音の連続の正体がわかってきたような気がする。

 かつてはあるいは、to:vus、もしくはto:visというのが正式な音だったのかもしれない。

 だが、おそらくは暗黒期あたりに、語尾の音節の狭母音が一斉に脱落したらとしたら。

 セルナーダ語の音節にCVCC、があるのは、実は語尾が圧倒的に多いのだ。

 いまのイオマンテ方言のように、途中の母音が落ちてこの形式におさまったのかもしれない。

 それにしても今も自分たちの動向はイオマンテの魔術師たちに見張られているのだろうか。

 たぶん、見張られている。

 反ノーヴァナス派だけではなく、ノーヴァナス派もこちらの所在を確認しているかもしれない。

 もう王都へはあと半日、という距離である。

 ただ、やはり体は本調子ではない。

 というより、むしろ生きているほうが不自然なのだ。

 いまもときおり、手が震えたり、目が霞んだりする。

 すでにこちらの心身は魔剣molgimagzを使うことで、充分に消耗しているのだ。

 そこに得体の知れぬ毒をくらえばこうなるのも当然かもしれない。

 結局、今夜はイオマンテの都から十イレム(約十五キロ)ほどの混合樹林で野営することになった。

 魔術王ノーヴァナスは、目と鼻の先の距離である。

 と言いたいところだが、果たして暗殺を恐れる魔術師が、馬鹿正直に王都にいるかどうかは、疑問も残る。

 旅の一同のなかで、こういうときに一番、情報をしっかりと集めてくるのは実はスファーナだった。

 レーミスは魔術の才能があるので正体が露見する危険があるが、スファーナはあくまでエグゾーンの尼僧であり、しかも三百年分の経験がある。

 とはいえ、それも彼女の精神が安定していれば、の話ではあるが。

 一度、殺されかけたがなんとか王都の近くにたどり着いた。

 これだけでも運はいいのだろうが、またいつもの「道具として使われている」感覚は否めない。

 ただの被害妄想と思いたいが、反ノーヴァナス派にとっては、自分は格好の「道具」であることは理解している。

 しかし、それでもいいのだ。

 ノーヴァナスが死ねば、少なくともいまのイオマンテの急激な国力の衰退は避けられる。

 ただ、現実はなにが起きるかわからない。

 モルグズが良かれと思ってしたことの結果、さらに状況が悪化することはいくらでもありうるのだ。

 次代の魔術王が誰になるかも未定だし、最悪の場合、その相手すらも決まらず魔術師同士で内戦が勃発することも考えられる。

 しかしさすがに、そこまですべて見通すのは、人間では不可能だ。

 ゼムナリア女神でさえ、幾つもの案を用意しているほどに、人の集団の行動を予測するのは難しい。

 この世界の複雑性は、現代の地球をある意味では上回っているかも知れない、と最近では考えている。

 神々がいるからだ。

 彼らが神託という形でさまざまな情報を広めることで、人々の行動はより複雑になる。

 さらに神々の意志も人々の思考や行動に影響を与えてしまう。

 見事なまでのカオス系である。

 これからどうするか、思案のしどころだった。

 イオマンテの都は城壁で囲まれているという。

 人口は三万ほど。

 そのうちのかなりの数が、五芒城の魔術師たちである。

 この都だけで魔術師の数は五千人を超えるというのだから、六人に一人が魔術師、ということになる。

 ただ、この都はあくまで行政の中心であり、経済の中心地はイマナールという大海に面した人口十万ほどの大都市だそうだ。

 

 had hi+sa ers tems cu?(あの噂は本当なのかな?)


 abova ers tems.(私は本当だと思う)


 焚き火にあたりながらテーミスとスファーナが話をしているが、なんのことだろう。


 hi+sa?(噂)


 モルグズの問いに、テーミスが答えた。


 ku:fa: duptos re yimantema to:jsma du:satle.(クーファーがイオマンテの都の地下に封じられているって)


 愕然とした。

 なんだ、それは。

 いままで一言も、誰もそんなことを言わなかったではないか。


 wam yujete ned vel!(なんで俺に言わなかったっ!)


 いきなりモルグズが叫んだためか、誰もが驚いていた。


 sxelte ned? ers talmef!(お前、知らなかったの? 常識でしょ!)


 やられた、と思った。

 まさかこんな罠にかかるとは。

 おそらくそれは、このセルナーダの地では、誰もが当たり前のことだと知っている類の知識なのだ。

 朝になれば、日が昇る。

 当たり前のことなので、誰もそのことを自分には説明しなかった。

 これは地球でも同じだったので、問題ない。

 だが、「この世界の常識は地球のそれとは違う」のである。

 最近はセルナーダにもだいぶ馴染んだために、そんな当たり前のことをすっかり、忘れていた。

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