6 sxalto zemnoma yuridzos cu?(死の魔術印を知っているか?)

 はたから見れば、いまの自分は文字通り、怪物に見えるだろう。

 スファーナの言葉は決して、間違っていないのだ。

 「仲間」たちすら、この凄惨な光景を見ようとはしない。

 それから、いままでの沈黙が嘘のように、闇魔術師は話を始めた。

 いまの魔術王ノーヴァナスについては、やはり魔術師たちのなかでも評判は悪いらしい。

 特に火炎魔術師たちのなかには、ノーヴァナス暗殺を狙っているものも少なくない。

 ただ、暗黒省の闇魔術師たちは必死になってノーヴァナスを守っている。

 だが、彼らは決してノーヴァナスを好き好んでいるわけではないようだ。

 正確にいえば、ノーヴァナスがもし殺されたら、今度は他の魔術師たち、特に火炎魔術師たちの「反撃」が恐ろしいのだという。

 いまは闇魔術師たち同士も、互いに誰を信じていいかわからないらしい。

 聞いていたよりも、さらにイオマンテの魔術師たちの実情はまずいことになっている。

 ノーヴァナスは絵に描いたような暗君だが、これで確信した。

 彼はゼムナリアに操られている。

 世間知らずの天才魔術師だが、地球の歴史でいえば旧ソ連の独裁者、スターリンに似ている気がした。

 スターリンは猜疑心が強く、粛清を繰り返したことで悪名高い。

 シベリア送りはまだよいほうで、問答無用で殺されたものは数知れない。

 いまのノーヴァナスを突き動かしている力はなにかと考えると、比較的、簡単に答えに行き着いた。

 恐怖だ。

 ノーヴァナスはあまりにも若くして権力の座を上り詰めてしまった。

 当然、彼は自分が周囲から快く思われていないことを知っている。

 たぶんそこを、ゼムナリアに付け込まれたに違いない。

 多くの死者を捧げれば、わらわが汝を守ってやろう、という女神の声が今にも聞こえてきそうだ。

 そして、愚かな天才は愚直にそれを実行している。

 さらに、周囲の危険な魔術師たち……少なくとも、彼の目にはそう見えている……を粛清することで、なんとか怯えを誤魔化そうとしている。

 しかし、そうした恐怖政治が長続きすることはあまりない。

 ただ、あと数年、彼が魔術王の座に居座るだけで、イオマンテ国内の死者は次々に増えていくだろう。

 結論からすれば、たぶんいずれ、ノーヴァナスは暗殺される。

 とはいえ、それまでに軍だけではなく、イオマンテの国力は劇的に低下しているだろう。

 イシュリナシアやグルディアに攻め込まれるとは思わないのか、というモルグズの質問に、闇魔術師はその可能性に初めて気づいた、といふうに目を見開いていた。

 魔術師であり、かつ官僚や政治家としての素質を持つ人間は、やはり少ないのだろう。

 平時であればそれでもなんとかなっているかもしれないが、今はとんでもない暗君を抱えて魔術師たちもそこまで余裕がないのかもしれない。

 だが、さすがに魔術師たちがみんなそこまで馬鹿揃いだとも思えなかった。

 なかにはこのままでは国が傾く、というより実際、傾きかけているのでまずい、と考えている者も少なくないはずだ。

 いっそのこと、そうした魔術師と連絡がつけばいいのだが、さすがにそれは都合が良すぎる考えかもしれない。

 災厄の星をすでに、モルグズはイオマンテ国内に落としている。

 そんな相手を信用するものはいない。

 だが、信用をせずとも「利用しようとする」ものなら、いるかもしれなかった。

 まったく、厄介なことになった。

 もしゼムナリアの駒として生き続けていれば、こんなことで頭を悩まさずにすんだというのに。

 そこでふと、また疑心にかられた。

 邪神たちの計画を打ち砕くというのは「本当に自分の考えなのか」と。

 それはリューンヴァスというこの体のもとの持ち主の願いではないのか。

 なぜなら邪神の企てを阻止すれば、普通の人々の命が助かるからだ。

 ヴァルサに石を投げて殺した、あの連中の同類が……。

 ひどい頭痛に襲われたが、顔をしかめながらモルグズは尋問を続けた。


 zemgato fog no:vanaszo cu?(お前はノーヴァナスを殺したいか?)


 今まで、怯えていたはずの闇魔術師の目に、別の種類の光が宿った。


 zemgav fog had gxa:zo.(あのガキを殺したい)


 嘘ではないだろう。

 本音でこの闇魔術師は話している。

 情報を聞き出したあと、ノーヴァルデアの「食事」にするつもりだった。

 しかし、この闇魔術師には利用価値があるのではないだろうか。


 sxalto zemnoma yuridzos cu?(死の魔術印を知っているか?)


 闇魔術師がこちらを凝視した。


 eti:r vel.zemgav ci gxa:zo etito yuridzostse.(俺に教えろ。俺はお前が教える魔術印でガキを殺せる)


 小さな声で、闇魔術師はつぶやいた。


 zamina:.


 それから、ノーヴァルデアに刻印されている魔術印の一つに、目をやった。


 had ers.reysuma casxul zuva re tavpo.(あれだ。人の頭が体から切断されている)


 印を見つけた。

 頭が丸に、体は棒状に表現されているが、はっきりとわかる。

 ついに、死の魔術印を習得できたのだろうか。

 まだ使ってみなければわからないが、たぶんこの闇魔術師は本気でノーヴァナスを憎んでいるので、嘘ではないだろう。

 やはりこいつは生かしておくべきだと思った瞬間、奇声とともにいきなりエィヘィグが青銅剣の切っ先を、闇魔術師の首に突き刺した。

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