5 vomov masu:r ned viz!(俺を食べないでくれっ)
下らない、というよりは馬鹿らしい。
率直に言って、この若者は殺したほうが後腐れがなくていいのではないかとも思ったが、ウォーザに選ばれているのでさすがにまずい。
しかしいまのエィヘゥグを見ていると、本当にウォーザ神は適当に相手を決めたのではないか、と考えたくなる。
戦力としては、あまり、というよりほぼ頼りにならない。
だが、だからこそウォーザはこちらの見張り役として彼を選んだ可能性もあるのだ。
あえて足をひっぱる若者を仲間に入れることで、こちらの力を見極めるつもりなのかもしれない。
とにかく、いまは血の霧を浴びて顔が赤くなっているエィへゥグの子守りなど、実のところ、どうでもいいのだ。
むしろ彼より捕獲した魔術師に遥かに価値がある。
念のため、両方の指を入念に折っておいた。
むこうもイオマンテの闇魔術師なら、それくらいの覚悟は出来ているはずだ。
さらになにか魔術を封じた品を使う可能性もあるので、一度、丸裸にした。
それで一応、防寒用の服を着せている。
エィヘゥグは屈辱を感じているようだが、知ったことではない。
いや、もしあまりに無能ならば、彼をなんらかの形で排除することまで考えている。
問題はそれがどこまでウォーザ神の怒りを買うか、だ。
それも考えると、あまり無下に扱うことも出来ないのだが。
すでに一同は、スファーナを除いてはモルグズを首領として認めているようだちった。
特にそんなことを求めたつもりもないのだが。
いまが何刻かはわからないが、冬のセルナーダの夜は長い。
モルグズも無駄な時間を過ごすつもりはなかった。
さっさとこの男から、情報さえ引き出せばいい。
正直にいえば、決していい気持ちにはなれないが、いまはこの男の情報に頼るしかないのである。
顔面をひっぱたくと、やがて男は目を醒ました。
背はあまりないが、まだ二十代半ば程度で、顎のあたりはいかにも意志が強そうにがっしりとしている。
nap eto cu?(お前は誰だ?)
質問しても返事がない。
この状況で大したものだと思った。
髪の色は褐色だし、あまりイオマンテ人らしくはないが、こういう者もいるだろう。
zemga:r tuz.(俺を殺せ)
立派なものだ。
皮肉ではなくそう思った。
彼はなにかの信念に基づいている。
ついでいえば訛りもないが、これは彼が魔術師であることとなにか関係している気がする。
sxalto yuridleks botsis zemnariacho cu?(お前は魔術王がゼムナリアと繋がってると知っているか?)
モルグズの問いに、本気で男の顔には驚愕の色が浮かんでいた。
やはりノーヴァナスのことは、誰も知らなかったようだ。
ers o:zura.(嘘だ)
ers ned o:zura.(嘘じゃない)
とはいえ、この闇魔術師は相当に頑固そうだが、ある意味では知識の宝庫なのである。
ひょっとすると「死の魔術印」すら知っているかもしれない。
やはりここは、効果的な拷問でも始めるべきなのだろう。
napreys sxuls indin na+vubon ko:radzo cu?(だれか効果的な拷問の方法を知ってるか?)
これがいわゆる、下品な用法だということは知っている。
だが、だからこそあえてモルグズはこの言い方を選んだのだ。
紳士と蛮族、果たしてどちらの拷問のほうが恐ろしいか考えれば自然なことだ。
mato:r!(やめろっ!)
さしもの闇魔術師も怯えているようだった。
とても良い傾向である。
モルグズは、相手の首筋に魔剣ノーヴァルデアを突きつけた。
teminum taya:r.(正直に答えろ)
モルグズは牙をむき出しにして、笑った。
たぶん、向こうの目にはこちらは怪物のように見えているはずだ。
だが、それを否定するつもりはない。
恐ろしく皮肉な話だが、もうこれ以上、大量の死者を出すのはうんざりしている。
だからこの魔術師の命などどうでもいい、と思っている時点で、たぶんこちらもおかしい。
やはり俺もホスに憑かれているのか、と思いながら、モルグズは短剣を取り出した。
ノーヴァルデアを拷問に使うのには心理的な抵抗があったし、率直にいって大きすぎてやりづらい。
それでもノーヴァルデアを魔術師のすぐそばに置いたのは、向こうに恐怖の念を与えるためだ。
それから、陰惨な時間が続いた。
耳を削ぎ、鼻を削ぎ、歯の隙間に短剣の先を突き刺した。
それでも、喋れるようにはしてある。
ここまで耐えたのも敵ながら大したものだとは思う。
しかし、モルグズが相手の頬にかじりつこうとした瞬間に、ついに相手の心は、折れた。
vomov masu:r ned viz!(俺を食べないでくれっ)
生きながら半アルグに貪り食われる恐怖は、暗黒省の闇魔術師すらも怯えさせるものらしい。
こんな男の肉を食うなら、スファーナの太腿のほうがよほど旨いのだが。
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