2 yuridres nal yas cu?(魔術師はどこだ?)

 たとえば、神、神聖、といったものが関係する言葉はたいてい語頭がzer-で始まる。

 また、建物にはやたらとsefが使われるのも、さすがに頻度が多すぎる。

 こうしたものをつなげて表記するのは、明らかに膠着語的なやり方だ。

 先住民たちは古代ネルサティア語の単語の特徴を捉え、それを自分たちに理解しやすい言葉で表現しだしたとしか思えない。

 ある意味では漢語から独自に単語を作り出した日本語の語彙にも似ている。

 ただセルナーダ語のほうが、表語文字で書かれているわけでもない古代ネルサティア語からそれをやったのだから、ある意味ではさらにとんでもない。

 たとえば幾つかの言語が混じり合ったクレオール語では単語はそのままの場合が多いが、セルナーダ語の先住民の話者は単語まで自分たちで造語してしまったのだ。

 その結果、現在のセルナーダ語は動詞の活用をのぞいてはほぼ古代ネルサティア語の語彙を利用しただけの、きわめて膠着語的な言語となってしまっている。

 もっとも、それも実際の古代ネルサティア語をよく知らないモルグズの、ただの妄想かもしれないが。

 にわか程度の言語学の知識しかない自分がいま、考えるべきところはそこではないとは理解しているが、この異世界では言葉の些細な行き違いが死に直結するのだから多少は神経質になる。

 すっかり夜になったイオマンテの空に、また雪が降り出し始めた。

 だが、さきほどの「災厄の星」を落とした成果は多少はあったらしい。

 何人もの男たち、特に青銅剣を携えた男たちが剣呑な目でこちらを見ている。

 畏怖と、敵意が混じり合っていた。

 彼らはこのモルグズの元の体の持ち主を知っているはずだが、親愛の情は微塵も感じられない。

 それだけで「彼」がどんな扱いをうけてきたかはわかる。

 やがてたどり着いたのは、一見するとごく普通の田舎の農村だった。

 ただ、村の傍らの丘には、かなり大規模な寺院らしいものが見える。

 木造の、いままで見たことのない形式のものだが、なんとなくウォーザとその眷属や神々を祭ったものではないか、という気がした。

 あるいはこの体の持ち主の記憶だろうか。

 一応、集落の周囲は木製の柵のようなもので囲われているが、あまり外敵をうちはらう役には立たないだろう。

 このままいけば、また人里のなかに入ることになる。

 それは暗殺を常に警戒せねばならないということだ。

 それでも、モルグズはあえて中に入ることを選んだ。

 我ながら臆病なのか大胆なのかはわからないが、そもそもこれが「ただの偶然」ではないことだけは確かだ。

 ウォーザは「嵐の神」である。

 だがそれは、冬になれば「吹雪の神にもなる」ということではないだろうか。

 果たしてウォーザがどんな神かは知らない。

 一つだけ確かなのは、それでもまともな民衆に支持されているという点で、たとえばゼムナリアなどとは毛色の違う神だということだけだ。

 とはいえ、油断はしていない。

 「まともな民衆」がいざとなればなにをするか、その教訓はすでにヴァルサが教えてくれている。


 peyi:r aln artithzo.(全部、きぇんを捨てろ)


 まだ若い、いかにも生真面目そうな若者が言った。

 腰には青銅剣を佩いているので、それなりにここでは高い地位にあるのだろう。


 ne+do.(やだね)


 金髪を短めにした青年の顔が真っ赤になった。


 dewdal...


 そこで、我に返ったように相手は黙り込んだ。

 dewdalg、半アルグ、と罵倒したかったのだろう。

 どうもこの体の本来の持ち主も、わりとひどい目にあっていたことだけは確かだ。

 集落に入ると、あちこちから視線を感じた。

 好奇の目はまだいい。

 敵意も当然だ。

 一番、怖いのは、ただ様子をみている、といった感じの視線だった。

 この手の視線の持ち主は、なにかがあれば簡単に敵に寝返る。

 おそらく、この集落にも少なからず、イオマンテの間者もいれば、魔術師もいるだろう。

 一見すると、ごくみすぼらしい農村にしか見えない。

 あのアーガロスの塔のあった村よりも、ひょっとすると貧しいのではないかと思った。

 ただ、木造の屋根の傾斜角度で、ここが冬になれば降雪で閉ざされるところだとわかる。

 いま、雪が解けているようにみえるのは、モルグズが「災厄の星」を落としたからだ。

 みなが家のなかに閉じこもっている。

 ときおり松明や、なにかの油を使ったランプらしい光は見えるが、ここでは明かりの法力や魔術はほぼ使われてないようだ。

 農村なのでそれ自体はおかしなことでもないのだが。


 yuridres nal yas cu?(魔術師はどこだ?)


 大声で叫ぶと、さらに家々からの憎しみと恐怖の圧力が強まった気がした。


 morguz.vomov mato:r.(モルグズ。やめてよ)


 レーミスの恐怖に引きつった表情を見て、さすがにやりすぎたかと思った。

 この女装の少年は、ユリディン寺院を裏切った……あるいはそうせざるを得なかった……としても、魔術師ではあるのだ。


 menxav.(すまん)


 恐怖を感じているのは、モルグズも変わらない。

 ただ、いま彼が感じているそれはレーミスとはかなり異なるものだ。

 果たしてこの自分がいま使っている体の持ち主は、かつては何者だったのか。

 それを考えるだけで、妙に怖くなる。

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