第二十章 wo:zama hac(ウォーザの民)

1 wo:zama hac?(ウォーザの民?)

 地球の歴史でも、青銅器時代と鉄器時代という区分が存在する。

 青銅は、銅に錫をまぜた合金である。

 古代ではまず融点の低い青銅を用いた金属器が多用されたが、やがてふいごなどで風を送り高温で鉄を鍛造する技術が発明され、しだいに鉄器にとって変わられた。

 この地でもその点にかわりはない。

 先住民たちは青銅の製法は知っていたが、鉄器をつくれなかった。

 この技術格差、さらに馬の利用法に先住民が気づかなかったことが最終的にネルサティア人に侵略された原因であることはまず間違いない。

 青銅は鉄器に比べてさまざまな意味で不便なのだ。

 銅は柔らかい金属だが、錫の量を増やせば固くなる。

 ただし硬くなるぶん、脆くもなるのだ。

 魔術や法力以外の物理的、科学的な法則はこの世界もほぼ地球と同じようなので、当然のようにやがて鉄器があちこちで使われることになったはずだ。

 なのにいま、男たちが手にしている青銅の剣らしきものはなんなのだろう。

 なにか奇妙な感じがする。

 ネルサティア人の魔術ともどこか異質なこの感覚の正体に、ようやくモルグズも気づいた。

 精霊だ。

 こいつらは、精霊と呼ばれる存在を宿したある種の魔術的な剣を使っているのだろう。

 青銅の剣は、普通ならやがて錆びて緑青をふく。

 だがやたらと真新しく見えるこの青銅剣は、おそらく精霊の持つなんらかの魔力により守られている。

 一体、この男たちはなんなのだ。

 さらに奇妙なことがある。

 不思議と彼らに懐かしさを覚えるのだ。

 イオマンテになどいままで足を踏み入れたことはないはずなのに。

 ふいに、一人の老人と呼んで差し支えない大柄な男が、こちらに歩み寄ってきた。


 thilbute,molgimagthu.(がえったか。molgimagthu)


 いまのはsilbuteが訛ったのだろうか。

 だとすれば「帰ったか」とこの大柄な老人は言ったことになる。

 しかし、帰ったもへったくれも、モルグズは地球から来たのだ。


 tom tav kul thilbute.(お前の体だけががえった)


 体、ということは。

 ようやく、モルグズも理解した。


 tom tarmath erth molgimagthu.vomortir.(お前のたますぃはmolgimagthuぢゃ。ついてこい)


 この老人は「いまモルグズの魂が宿っている半アルグの肉体のかつての持ち主」を知っているとしか思えない。

 つまり、アーガロスにどこかで捕らえられた、おそらくはかつて傭兵をしていた半アルグの青年のことを。

 そのわずかな記憶の残滓のようなものが、この人々を懐かしい存在のように見せているに違いない。

 モルグズが老人たちを追っていくのを見て、スファーナとレーミスもついてきた。

 明らかにレーミスは怖がっている。


 sxalto aziz cu?(あの人たちを知っているんですか?)


 sxulv ned.(しらん)


 スファーナは妙な笑みを浮かべていた。


 mogboga.tom tav ega: wo:zama hac.(怪物。お前の体はウォーザの民だったの)


 wo:zama hac?(ウォーザの民?)


 ijesos del uldce fagdoczo.yiomantema reys abos aziz ers zerfe a:rali tus.(彼らは古い伝統を守り続けている。イオマンテの人々は彼らを神聖な存在だと思っている)


 だが、それはネルサティア魔術を使う魔術師から見れば、わりと面倒な存在なのではないだろうか。


 yuridres nadum nafas aziz cu?(魔術師たちは彼らをどう考えている?)


 ers menden reysi.(厄介な奴ら)


 それはそうだろう。

 さらに話を聞くと、ウォーザの民はイオマンテではかなり社会的地位が高いらしい。

 彼らはウォーザをはじめとする先住民系の神々の僧侶や尼僧を数多く輩出し、魔術王国の魔術師たちでさえ、うかつには手をだせない存在だというのだ。

 だったらもっと早く教えてれといいたいところだが、国外ではその存在もあまり知られていないらしい。

 ただ、ネルサティア系文化の強い、たとえばイシュリナシアのような国ではウォーザの民は「野蛮人」として扱われているようだ。

 おそらく彼らが活動を活発化させたのは、比較的、最近なのではないか、という気がした。

 ウォーザの民は、典型的な民族主義的な人々のように思えたからだ。

 実のところ民族主義的な考えというものは、かなり近代になってからの思想なのである。

 古代や中世の頃にも当然、さまざまな民族間の対立は存在した。

 だが多くの人々にとって、異民族というものは単に「自分たちとは違う人々」であり、一度、例えば他民族に支配をうけても、その下でしたたかに生き延びてきた。

 迫害をうけ続けてきたユダヤ人のような存在がむしろ例外的なのである。

 だが近代国家が成立すると、人々は自らが帰属する民族としての自己を、肌の色、言語、宗教などに求めるようになり始める。

 イオマンテはネルサティア魔術を使う魔術師たちの統治する国家である。

 それがなまじ近代的な要素を持っていたがために、この国ではもともと先住民系の血や文化を受け継ぐ人々が多いので、彼らに反発し始めたのだろう。

 ウォーザ信仰の強い地域では、正面からウォーザの民を敵にまわすのは賢明ではない、と支配者である魔術師たちが考えてもおかしくはない。

 ただ、ネルサティア人に征服された頃から、潜在的に先住民たちの間には、混血し、言葉が変化しながらも、どこかで自分たちの独自性を維持したいという無意識的な欲求はあったのではないか、と思えてならない。

 以前も考えたことだが、それがセルナーダ語の語彙の、ある種の「安易さ」につながっている可能性はある。

 おそらくセルナーダ語の語彙のうちかなりのものが、古代ネルサティア語のものを「先住民の言葉のように作り直した」のではないだろうか。

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