4 lagt zemnaria era(ゼムナリア再び)

 またこの場所にきたか、とモルグズは思った。

 たぶんいつしか寝入ってしまったのだろう。

(久しいの)

 死の女神が、例によって頭巾を深くかぶり、謎めいた笑みを浮かべていた。

(よう、女神様)

(さすがに災厄の星を落とし、疲れているようじゃな)

(らしいな。で、あんたとしては満足かい)

(然り。汝はノーヴァルデアとも一つになれた。我ながらわらわも親切じゃ)

 怒りすらわいてこない。

 恐ろしいことに、ひょっとするとノーヴァルデアにとってあれは「最良の形」だったのではないか、とも思うからだ。

(さすがに理解したか。どの道、あの娘にまっとうな未来なぞなかった。あれは今の己に満足しておる)

(だからといって、あんたに感謝する気にもなれないがね)

(別に感謝する必要はない。それよりも、汝はあまりにもイオマンテについて無知すぎるゆえ、多少は案内をいまのうちにしておこうと思うてな)

 神様じきじきの観光ガイドとはありがたい。

(イオマンテは汝の世界の言葉でいえば、魔術官僚制国家、とでもいえる国じゃ。貴族階級は存在せぬ。そのかわりに、魔術師たちが特権階級となっておる)

 魔術師は領主というよりは官僚になっているのだとしたら、中央集権的な近代国家にかなり近い。

(ところで、どんな奴がイオマンテじゃ出世するんだ?)

(当然、魔術の技に長けたものよ)

 なるほど、と思った。

(さすがに気づいたか。相変わらず汝はなかなかに頭の回転は早い)

 いままで見た魔術師たちのなかで腕のたつ魔術師には、ある特徴があった。

 ありていにいえば、奇人、変人の類が多い。

 そもそもアーガロスからして無茶苦茶だった。

 ラクレィスはかなりまともなほうだが、それでもゼムナリア信者になる時点で、やはり尋常ではない。

 レーミスはあの通りだ。

 ある意味では、芸術家肌のような者が多い気がする。

 自分の興味のあることには無心に取り組むが、関係のないことはどうなのだろう。

 ただサンプル数が少ないのでただの偏見、かもしれないが。

(否。魔術の腕がたつものは、たいてい、なんらかの形で心の歪みを抱えておるのじゃ。そしてそれは……)

 有能な官僚に必要な資質、ではない気がする。

 しかし、イオマンテでは魔術師として力あるものが出世するらしい。

 となれば、上層部に位置するのは魔術の腕前は超一流だが、為政者としての有能ではない可能性が高い。

 そうした奇人変人がトップにいて国家の頭脳となり、下にいる官僚たちもまた、やはり魔術師なのでいろいろと「ユニーク」なのだとしたら……。

 ある意味で、血統で権力を得られるイシュリナシアやグルディアの国王や貴族たちのものよりも、さらに暗愚な政治が行われている可能性が高い。

(まあ、魔術師同士はもともと五つの系統ごとに仲が悪い。対立する元素の魔術師同士で、脚のひっぱりあいをしている。魔術によって互いを敵視し、さまざまな謀略を互いにしかけている)

 問題は、それを行っているのが魔術師ということだ。

 この世界は神々も厄介だが、国もひどいところばかりだ。

 もっとも、国家という意味では、地球も似たようなものかもしれない。

(特に暗黒省の闇魔術師たちは恐れられているのう。彼らは汝の世界の、ある種の警察に近い仕事をする)

 全体主義国家の秘密警察のようなものらしい。

(むろん、魔術師たちのなかにはわらわを信仰する者もおる。おそらく一般の民が考えている数の数十倍は、わらわの信者はおるからのう)

 単なる自慢話、というわけでもなさそうだ。

 もっとも、女神「本人」と会話をすれば、信仰心など吹き飛ぶだろうか。

(汝はいささか神に対する経緯が足りておらぬな。わらわの気さくさ、フレンドリーさを知ればみなわらわを愛するようになろう)

 気さくでフレンドリーな死の女神というのは、別の意味で怖い。

(いささか話がずれたが、イオマンテの魔術師は、みな鑑札を持っておる。それを持たずに魔術を使うものは、すみやかに殺される)

 とすれば、レーミスが危ない。

(とはいえ、外国人でも鑑札をもらえば問題はない。ただそれでも、異国の魔術師は監視の対象となるゆえ、鑑札を得るか、ひそかに魔術を使うかは好きにするがよい)

(あんたの親切さにはありがたくてときどき涙がでるよ)

(ほほ、わらわを褒めてもなにもでぬぞ)

 しかし、ゼムナリアはなぜ自分たちをイオマンテに導くのだろうか。

(知りたいか? だが、いずれわかる。それより汝は、精神的なある種の覚悟をしておくがよい)

(覚悟?)

(ユリディン寺院のものたちは、なかなかにえげつないことをするものじゃ。まあ、いずれわかるであろう)

 本当にこの女神は、こうやって人の心を弄ぶのが好きだ。

(それくらいの愉しみがなければ、神などやっておれぬわ。わらわがどれほど忙しいか、汝には想像もつかぬであろうな)

 しかし、この地の神々は本当に、いろいろな意味で人間的だ。

(それはわらわの責任ではない。神といえば聞こえはいいが、汝らがときおり羨ましくなる。好きなように生まれ、好きなように死ぬ。それが定命のものぞ。わらわたちにはそれは許されぬ)

 だが滅びた神もいたはずだ。

 さらに魔剣は、神々を殺す力すら持つと聞いた気がする。

(それはいと弱き神のみの話。わらわほどの力を持つと、消えることもかなわぬ)

 ひどく皮肉な話に思えた。

 まるで「死の女神そのものが死を望んでいる」ようにも思えたからだ。

(なるほど、汝はやはりこの地のものどもとは違う。わらわもこの矛盾については長い間、考えてきたが無駄なこと。汝は神々を憎んでいるようだが……神々は、人の子をどう思うておるのか、汝には未来永劫、理解できまい)

(そりゃ俺は人間だからな。いや、半アルグか)

(わらわから見れば大差ない。ただ、汝は基本的なことで神々について勘違いをしておるようじゃ……)

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