5 eto e:lon mavto vim cafzo cu?(俺の顔を見て楽しいか?)

 レーミスに、イオマンテでは魔術師は特別なものを持っている必要があるらしいというと、彼は少し驚いたようだった。


 sxalto yuridres pikniszo cu?(魔術師鑑札を知っているの?)


 鑑札はpiknisというようだ。

 語尾からして火炎形名詞だろうな、と頭に叩き込む。

 いまでもたまに、火炎形と大地形で活用を間違える。

 古代ネルサティア語にはいまのセルナーダ語の二つではなく、五つの名詞クラスがあるというのだから、昔のネルサティア人はよく使いこなせたものだと感心する。

 ときおり、活用の間違いでスファーナにからかわれると苛々する。

 いまの彼女は「菜食主義者」に戻っていた。

 大兎の肉を齧るモルグズを見て、不快げに眉をひそめている。

 偽装はしているが、食堂は使わなかった。

 いまでは寝室で食事をとることにすっかりモルグズは慣れていたからだ。

 さらにいえば、話す内容が内容なので、このほうが都合がいい。

 不審がられないかと不安だったが、宿の主人はスファーナとこちらを見て妙ににやついていた。

 親密な男女の仲というものは、なんとなく外にまで伝わってしまうものである。

 もっとも、スファーナとの関係はあまりに歪んだ、爛れきったというよりはおぞましい、と呼んでもいいようなものだったが。


 yuridres pinkis...nmm...(魔術師鑑札……うーん……)


 やはりレーミスとしては頭の痛い問題らしい。

 モルグズとしては、別に鑑札はなくても良いのではないかと思っていた。

 ゼムナリアがなにを考えているかは知らないが、どのみちイオマンテ国内でも、早晩、追われる身になる可能性が高い。

 もともと魔力が高いのにそれを隠すのがレーミスは下手だ。

 つまり、鑑札をもっていなくても勘の鋭い魔術師に正体がばれるかもしれない。

 となれば、レーミスには鑑札を持たせたほうが良さそうなものだが、そこで問題が生じる。

 確実にイオマンテは、こちら三人を警戒している。

 そこに女装をしたレーミスがのこのこと出向けば、その場で捕まるだろう。

 とりあえず男のような格好をしてくれ、と頼んではみたが、レーミスは頑なに断った。

 決して大袈裟ではなく、彼にとっては女装はただの趣味などではなく「存在の根源に関わるもの」だと理解したので、それ以上、モルグズはなにも言わなかった。

 ただの性的倒錯者、などともしレーミスを馬鹿にするものがいれば……実際、この地ではそのほうが圧倒的多数の常識派であるのだが、モルグズはそいつのことを殺してしまうかもしれない。

 人権という概念さえない世界ではレーミスは、嘲笑の種にしかならないだろう。

 別にマイノリティの味方を気取るわけではない。

 だが、地球と同様、この地でも「普通の人間」がいかに簡単に残忍になれるかは、ヴァルサの例を見て知っている。

 これはあくまで個人的な感情だ。

 考えてみれば、いままでの「仲間」はみな、明らかに一般の人々から外れたものばかりだった。

 半アルグとして両親からうとまれ、師匠のアーガロスからも虐待をうけていたヴァルサ。

 実の父からやはり虐待され、大人になることが出来なかったノーヴァルデア。

 男性同性愛者であるがゆえに最愛の者を殺し、ゼムナリア信徒となったラクレィス。

 アースラもなぜクーファー信徒となったかは知らないが、たぶんウボド信仰がらみで、「この不浄の世界は炎で滅ぼされるべきだ」と確信するに至った。

 この世界も地球のように、残酷な世界だとつくづく思う。

 むろんだからといって自分がしてきたことを正当化するつもりもないが。

 死と破壊の王、災厄をもたらす者として、おそらくはそう長くない未来に死ぬまで、生き続ける。

 前世で犯した罪を考えれば、自分の味わう苦痛などまだ生ぬるいだろう。

 そして日が暮れると、くるったようなにスファーナと交わり、眠り、悪夢にうなされて、目を覚ました。

 すぐ目の前に、レーミスの、認識阻害の術を解いた、美しい少女のような顔があった。


 me..menxav.(ごめんなさい)


 なぜ謝るのだろう。


 eto e:lon mavto vim cafzo cu?(俺の顔を見て楽しいか?)


 amm...eto fa:han foy.(えっと……嬉しいかも)


 なんだかなあ、と思う。

 また偽善か、それともk戦略の奴隷になったか、と心のなかで誰かが囁く。

 こうしてみていると本当の女の子のようで、こっちまでおかしな気分になりそうだ。

 しかし考えてみればスファーナと「あんなこと」をしているのをレーミスに見せるのは、あまり教育上よくないよな、と愚かしいことを考えた。

 ただ、相手はまだ十三歳の少年なのだから、将来のことを考えると……。

 そこで、暗澹たる気分になった。

 おそらく遠からず、レーミスは死ぬ。

 すでに彼はユリディン寺院を敵にまわしている上、今度はイオマンテの魔術師たちにも狙われるようになるのだ。

 彼には、未来などない。


 morguz,somc kotsos mig sa:mun cafle.(モルグズ、ときどきすごく悲しい顔に変わるよね)


 まさか、いまはお前の未来を哀れんでいたから、とも言えない。


 sa:mun cafma reys cupos resazo.(悲しい顔の男は女を惹きつけるんだ)


 sxulv.(知ってる)


 そこで気づいた。

 考えてみれば、レーミスはずっと男言葉を使っている。

 セルナーダ語は動詞の活用に火炎形と女性形があるので、女性形を使えば女言葉になるのだ。

 いまの場合、sxelvaといえば日本語に訳すと「知ってるわよ」みたいな感じになるだろう。

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