2 eto jawfe.magboga era.(お前は優しいのね。怪物)
夜になると、雪が降り始めた。
人がまわりにいなければ、これは特に問題にはならなかった。
というのも、水魔術であるレーミスは、外からの水を遮断する術を使えたからだ。
いわば魔術の傘のようなものである。
しかし、これだけ人がいるところでは、それは「こちらは魔術を使えますよ」と喧伝することになる。
ただ、率直に言ってモルグズはすでに魔術師が仲間にいることを隠すのは限界かもしれないと感じていた。
レーミスは自分の魔力を隠すのは苦手だという。
ならばあれから、ほぼ常時、こちらの居場所はさまざまな魔術師に知られている、と考えるほうが自然なのだ。
あのラクレィスですら、それでやられた。
le:mis.tena:r yuridyurfazo,(レーミス、呪文を使え)
それを聞いて、さすがにむこうも驚いたようだ。
だが、それでも凍え死ぬよりはましだ、と言うとレーミスはおとなしく従った。
あたりに目に見えざる天蓋が生まれ、雪が半球状の結界から滑り落ちていく。
まわりから歓声があがったが、誰もそれがあの「災厄の星」を落とした相手とは結び付けなかった。
なかには、行商人たちもいる。
彼らは自分たちの幼い子たちもなんとか守ってくれないか、と頼んできた。
なので、レーミスにも子供たちを守るための結界を作れと命じると、あたりから喝采があがった。
別にこれは善行ではない。
むしろ自分たちの評判を高め、偽装するためだ。
そのはずなのに、子供たちが雪と寒さで凍えているより、なぜかほっとしているのは間違いなく偽善だとは自分でもわかっている。
alov!(ありがとう)
彼らは愚かなので、こちらの正体に気づいていないだけだ。
そこで今更ながら、自分の弱点を理解した。
理由はわからないが、やはり子供や弱者には、途端に弱くなる。
ヴァルサがもし大人の大人だったら、たぶんいろいろ違っていたはずだ。
ノーヴァルデアも同様だ。
だが、それは哺乳類としては当然だとどこかで考えてもいる。
地球で大人が児童虐待に対して怒るのは、ただの哺乳類としての本能なのだ。
哺乳類は他の生物に比べて、特に少数の子を大切に育てる傾向がある。
これは生物学では、k戦略などと呼ばれる。
つまり子孫の数を限るかわりに、その子孫に特に手間をかける方式だ。
逆にたとえば昆虫や魚類のように「大量の子孫をつくってそのなかから生き延びたものに遺伝子を任せる」のはr戦略ともいう。
ただし、実際の生物学はそれほど単純でもないし、これには無数の異論もある。
あくまで全体の傾向にすぎないのだが、自分は間違いなくk戦略にとらわれている、とモルグズは思う。
子供や弱者を守りたいと思うのが、その証明である。
さすがに、笑ってしまう。
いざとなれば、子供でも平然と殺す偽善者なのだが、もうそれにすら悩まなくなった。
eto jawfe.magboga era.(お前は優しいのね。怪物)
もうスファーナの言葉にも動じなくなっている。
良くも悪くも。
wam tavzay laka magbogazo cu?(なんで売女が怪物を愛するんだ?)
santu:r!(うるさいっ)
スファーナの精神の異常さ、というよりちぐはぐさにもう慣れた。
むしろそれを心配するレーミスが気の毒なほどだが、あいにくとモルグズは少年愛とは無縁である。
たとえ彼が少女だとしても、我ながら奇妙なk戦略的な倫理観、つまり「子供を性の対象にしてはならない」のせいで、手をだすことはなかっただろう。
しかしラクレィスといい、レーミスといい、自分には男性同性愛者にうけるなにかがあるのだろうか。
もし、それすらも神々の仕業と言われればなにも言えないが、実は心の奥底では疑っている。
おかしな意味ではなく、たぶん自分はレーミスをスファーナよりも愛しているかもしれない。
ただやはりそれはk戦略的な、保護欲ではあるのだ。
しかし最初のこの地に来たときは初夏だったはずなのに、もう半年近く経過したことになる。
あまりにも多くのことが起きすぎた。
あまりにも哀しいことが起きすぎた。
いまさら、自己憐憫にとらわれるつもりもないが、客観的にそう思う。
ヴァルサとの短い旅は楽しかった。
あのときも危険だらけだったが、それでも楽しかったのだ。
なにもかもが変わった。
旅の顔ぶれも変わった。
みんな死んでいった。
自分と同道して生き延びたのは、あのガスティスというゼムナリア信者だけだ。
彼はノーヴァルデアの変化に違和感を感じ、仲間から離れたがそれは幸運だったのだろう。
そのノーヴァルデアは、いまは魔剣となって自分の背中に背負われている。
ふと猛烈な疲労にとらわれた。
確実に以前に比べ、体力が落ちている。
原因は言うまでもない。
だいぶ回復したとはいえ、災厄の星を落としたことでかなり心身を消耗したのだ。
二、三年と予想していたが、もう少し死は早く訪れるかもしれない。
この世界で死んだら、やはり自分の魂はゼムナリアの死人の地獄に落ちるのだろうか。
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