第十九章 ari+donxe(アリッドにて)
1 ari+do banrxucs sxumsat ya: dewma fostima mansadnxe.(アリッド男爵領は二つの山脈の間にあるんだよ)
もう随分と東に来た。
イオマンテも近い。
すでにさまざまな噂が広がっているらしいが、次のアリッドの街に入るまではまだ良くわからない。
レーミスの認識阻害の魔術を活用して街道を旅しているが、もともとこの時期になると通商活動は低下するようだ。
降雪のためである。
さらに昼が短いのも関係しているのだろう。
すでにスファーナとのなかば狂気じみた関係は、常態となっている。
もっとも、さすがに肉を食うことは滅多にないが。
スファーナはこちらを愛し、そして激しく憎悪している。
いままでにも増して、その行動が支離滅裂になっているような気がした。
大兎の肉を食っていると思ったらいきなり、それに気づいて吐き出したり、突然、理由もないのにモルグズを殴ってくる。
ヤンデレ、という言葉を聞いたことがあるが、もはやただのホス憑きではないかとも感じられる。
ツンデレ改めてヤンデレにはなったが、彼女との狂おしい交わりの最中、自分がいつか相手を殺してしまうのではと思うこともある。
性欲をもてあますというよりは、精神の荒廃がお互いに進んでいる感じだ。
ただ、そうしたときはいつもノーヴァルデアをレーミスに任せている。
最初はノーヴァルデアを怖がっていたレーミスも、最近はさすがに慣れたようだ。
ari+do fosti vanka re so:lis ta nortule.(アリッド山脈は北と南に分かれているんだ)
どう見ても少女にしか見えない少年は言った。
ari+do banrxucs sxumsat ya: dewma fostima mansadnxe.(アリッド男爵領は二つの山脈の間にあるんだよ)
この男爵領からさらに東に行けば、イオマンテだという。
とはいえ、イオマンテだと外国人、特に魔術師はいろいろと大変だという話だ。
そこでレーミスはどうも密入国まで考えているらしいが、そもそも国境が曖昧なこの地では不可能ではないだろう。
ただ、イオマンテの内情がよくわからない。
そうした情報を得るためにも、アリッドの街に入るのだ。
とはいえ、やはり街の中に入るのには不安も残る。
レーミスの魔術を、他の魔術師に気づかれるかもしれない。
いくら説得しても朝になるたびにツインテールにするスファーナは、ただの長髪に誤認させている。
さらにいえば、彼らの美貌も目をひくので地味に「見せている」。
もちろんモルグズは牙を「隠す」ようにしているが、問題はノーヴァルデアだ。
「彼女」は魔術に耐性があるので「隠せない」のである。
仕方ないので途中、襲撃「した」傭兵の長剣を腰に吊るし、背中にノーヴァルデアを布に巻いて目立たなくしているが。
しかも、当然、自分たちについての噂は流れている、というよりもイシュリナシアが「流している」はずなのだ。
アリッドの街が各国の諜報機関のような魔術師たちで溢れかえっている、ということも考えられる。
それでも、いつまでも人のいない土地を歩くわけにもいかない。
今回は特に、イオマンテ側がどう動くか、という試金石のような意味あいもあるのだ。
ただ、モルグズは楽観はしていない。
イオマンテも敵になりうるからだ。
魔術師の統治している国家にとって、他国に魔術による被害が出るというのは、むしろマイナスなのである。
レーミスは天才かもしれないが、経験に欠けるという意味では、あまり戦力にはならないだろう。
そんなことを考えているうちに、例によってアリッド男爵領に入り、いつものように城門の前で行列待ちをすることになった。
ただ、その半分も街のなかに入る前に城門が日没とともに閉ざされた。
dog dusonvav fa:dec sxumresyuzo.(だから辺境領主は好きになれない)
erv sobce.(寒いよ)
あちこちから、愚痴の声が聞こえてくる。
もし自分が彼らと同じ立場だったら、多分、同じことを考えるはずだ。
ただ、治安を考えてアリッド男爵が城門を閉じることも理解はできるが。
結局、城門の近くに数十人ほどのグループが出来上がっていた。
isxurinasma kilbu:ro zemges re yiomantema yuridusle tes.(イシュリナシアの軍隊がイオマンテにやられたって話だが)
magzuma so:rotse cu?(災いの星でか?)
gow ers mxulg.wam yiomante asmowa isxurinasiazo cu?(でも変だ。なんでイオマンテがイシュリナシアを攻めるんだ?)
yuridresma na:fa vekav ci ned vol.(魔術師の考えなんて俺たちにはわかんねえよ)
なるほど、と周囲から聞こえてくる話を聞くたびにモルグズとしてはありがたかった。
だいたい、想定通りになっている。
少なくとも、「災厄をもたらす」モルグズたちのことはまだ公表されていないらしい。
これはユリディン寺院が、自分たちの大失態を隠すため、だろう。
古の魔剣が奪われ、それにより大変なことになったといえばユリディン寺院の権威は地に落ち、そして人々は魔術師をいままで以上に嫌悪する。
それよりはまだ「イオマンテの魔術師のせい」にしたほうが、ユリディン寺院としては助かるのだろう。
笑えるほどにこうしたことだけは、この世界の人々は地球人と変わらない思考で動いている。
ただ逆にいえば、それほどにユリディン寺院を追い詰めているのだから、向こうも本気になっているはずだ。
なのに、彼らの襲撃が収まっているのは、彼らなりの計算が働いているとしか思えなかった。
イオマンテにとっても、魔術師の評判が落ちるのは好ましくないはずだ。
つまり、すでにユリディン寺院はイオマンテの魔術師たちにこちらを押し付けるつもりなのかもしれない。
イシュリナシアとしてはふざけるな、と言いたいところだろうが。
滑稽で、くだらない。
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