第十八章 magzuma so:ro(災厄の星)

1 le:mis.yem zemga:r ned.(レーミス、まだ殺すな)

 最近は「ユリディンの牙」もめったにこなくなった。

 ありがたい話、とも言いたいが、ノーヴァルデアの食事を捜すのが面倒だ。

 最低でも、一日に一人は食べさせねばノーヴァルデアは空腹を覚えるらしい。

 ノーヴァルデアは子供ではないが、それでも見た目はまだ女の子なので、お腹がすいているような顔をされると、こちらまで切ない気分になってくる。

 ただ、スファーナとレーミスにはどうも彼女の姿は見えていないらしい。

 スファーナはともかく、あれだけの魔術の才能を持つレーミスにも見えないというのは、不思議な話だ。

 もっとも、その点についてはモルグズはわりと冷静だった。

 彼らはこちらをホスに憑かれたと誤解しているようだが、とんでもない勘違いである。

 モルグズは現状をちゃんと認識している。

 ノーヴァルデアは、魔剣の刀身となった。

 その現実はきちんと理解しているのだ。

 ただ、いままでの人の姿を失った、というそれだけの話である。

 彼女と、つまり魔剣と魂がつながっていることは、実感できる。

 自分はノーヴァルデアを守りきった。

 最終的には娘のように愛していた少女と魂で結ばれたというのは、むしろ幸福なことだ。

 それでも、たまにかつての彼女を思い出すと心が揺れそうになるが、なんとか自制できている。

 自分は実は「致命的な過ちを犯したのにそれを誤魔化そうとしている」という考えは「どう見ても間違っている」のだ。

 ノーヴァルデアは幸せなのだから。

 問題は、ユリディン寺院である。

 つい先日まで幾度も暗殺者を彼らは送り込んできた。

 だが遠距離魔術による攻撃は使ってこない。

 レーミスの説明によると、モルグズの周囲には「ノーヴァルデア」の生み出した強力な結界があり、さまざまな敵意のある呪文で攻撃されると、そのまま相手に返っていくのだという。

 だからユリディン寺院から出るときも魔術攻撃を受けなかったのだ。

 魔術師としては、モルグズのそばにいきなり現れ、殺すという、ラクレィスやアースラに使った戦術をとるしかないわけだが、それはすべて返り討ちにしている。

 それでも危ないときもあったが「ノーヴァルデアが法力を使ってくれたおかげで助かった」のである。

 彼女は魔剣になりながらも、依然、死の女神の僧侶でもあるのだ。

 さすがのユリディン寺院の攻撃もやんでいるのは、もはやいままでのやり方ではこちらを殺すことは出来ない、と理解したからだろう。

 さらにいえば、レーミスの存在も大きい。

 彼はユリディン寺院のモルグズの位置を探る魔術からの偽装の呪文も使っている。

 それでも完全ではないのは、相手が高位の術者を何人も使い、本気でこちらの捜索しているからだ。

 ただユリディン寺院は、すでにイシュリナス寺院やイシュリナシア王国とも連絡をとった可能性がある。

 おそらく、ユリディン寺院にとってはきわめて屈辱的なことだろう。

 魔術による不始末を隠蔽できなかったのだから。

 そのせいか、最近はイシュリナス騎士団、あるいは白銀騎士団に襲撃されることもあるのだが、彼らはレーミスが撃退した。

 水魔術師は攻撃呪文は今ひとつなのだとレーミスは言っていたが、一瞬で騎士たちを氷漬けにしているのを見ると、謙遜ではないかとも思う。

 新たな「四人の旅の仲間」はこうしてみるとうまく連携が出来ている。

 ただ、他の仲間がノーヴァルデアを「人」として見ないところがモルグズには不満ではあった。

 みな姿形にとらわれ過ぎだとも思うが、実際にノーヴァルデアと意思疎通めいたことが出来るのは自分だけなのだから、仕方がない。

 他の面々にとってはノーヴァルデアは恐ろしい魔剣にしか見えないのだ。

 だから毎晩、ノーヴァルデアを鞘越しではあるが抱きしめて寝ている自分のことをホス憑きと彼らは思っているのだろう。

 とはいえ、彼女が少しずつ、変化を始めているのは否定できない。

 人の命を、求めている。

 それが魔剣、否、ノーヴァルデアの食事なのだ。

 人間の生命力をひたすらに欲している。

 だから、彼女に食事を与えるのは自分の義務だとも思う。

 なので街道沿いを旅していたのだが、最近は滅多に人と出会わない。


 wam konav ci ned reysile cu?(なぜ人に会えないんだ?)


 するとスファーナが言った。


 za:ce o:zura ya: foy napreys socum zemges reysuzo dog.(だれかさんがすぐに人を殺すので悪い噂がたってるのかもね)


 どこのどいつか知らないが、迷惑な奴もいるものだ。

 そのとき後ろ、つまりは西から男どものやかましい声が聞こえてきた。

 モルグズは思わず笑った。

 あるいはまた、イシュリナシアの兵士や騎士がきたのかもしれない。

 振り返ると、十人ほどの武装した男たちの一団だった。

 モルグスの視力は半アルグのもののせいか、遠目がきく。


 yu:jenartis ers foy.(傭兵みたいだね)


 レーミスが言った。

 だとすれば、ありがたい。

 大量の食事を、ノーヴァルデアに与えられるのだ。

 ただ、彼らのあまり練度は高くないようだ。

 おそらく外見だけでこちらを判断している。

 もっと経験を積んだ傭兵たちは、いままで遠くからでもモルグスとノーヴァルデアの放つ気配に敏感だった。

 笑い声が聞こえてくる。

 一口に傭兵といってもその実態はさまざまだ。

 質の悪い傭兵は、場合によっては野盗や山賊に早変わりするのだが、こいつらはそういう手合に思える。

 もっとも、モルグズは相手が誰であっても「差別」はしない。

 善人だろうが悪人だろうが、みなノーヴァルデアのための貴重な食料なのだ。

 全員が徒歩の傭兵たちは、すでに剣を抜いていた。

 さて、どうするか。


 le:mis.yem zemga:r ned.(レーミス、まだ殺すな)


 モルグスは命令した。

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