5 yoy,vekato cu? ers vinsuma me:fe vinc.(あのね、わかってる? ヴィンスの新酒なのよっ)

 ヴィンスは、イシュリナシアでは葡萄酒の産地として有名だという。

 だが、ヴィンスはアルヴェイス川という大河に面した、沖積平野に位置しているのだ。

 すでに収穫は終わっていたが、途中で麦の畑もずいぶんと見た。

 一般に葡萄酒の質は、葡萄で決まる。

 モルグズの知識が確かならば、穀物がよく育つようなこうした土地は、あまり葡萄栽培には向いていないはずなのである。

 とはいえ、ここは異世界だ。

 基本的な物理法則は地球と変わらないが、そもそもこの世界の動植物そのものが、地球のものとは「よく似ているが別物」なのである。

 つまり葡萄ではなく「葡萄に似た植物」と厳密には表現すべきものなのだ。

 この世界の葡萄は、穀物と似たような環境を好むのかもしれない。

 ヴィンスの城門の前で、例によって待たされた。

 モルグズとしては都市にはあまり立ち寄りたくなかったのだが、スファーナが「とても大事な用事がある」と言っていたのだ。

 だが、その用事とやらについては都に入るまで秘密だという。

 個人的にはスファーナの素性に興味があったので、結局、彼女の言う通り、門の前で並んでいる。

 だが、自分たちは追われている身である。

 果たして、大丈夫なのだろうか。

 当然、ヴィンスの都にも「ゼムナリア信者の半アルグ」の話は伝わっているはずだ。

 かつてだったら、多少、乱暴だが正体がばれれば敵を強行突破して逃げる、という手が使えた。

 しかし、いまはノーヴァルデアが法力を使うかどうか、わからない。

 さらにいえばスファーナの戦闘力も、頼りにならない。

 彼女はエグゾーンの僧侶であり、その気になれば病をばらまくことができる。

 しかし、感染していきなり発病する病など、あまり聞いたことがない。

 つまり、接近戦では無力だろう。

 それでも、彼女の正体に興味を抱いている自分はなんなのだろう。

 ふいに、スファーナが首のあたりの衣服の紐を幾つか紐解いた。

 おかげで、胸の谷間がよく見える。

 腹立たしい話だが、スファーナはかなり立派な肉体の持ち主である。

 胸も豊かで腰は細く、尻はきゅっと引き締まり、四肢もすらりと長い。

 とはいえノーヴァルデアの前で彼女に襲いかかるのも気が引けたし、さらにいえば例のかゆくなる病気が、怖い。

 たまに男性機能を失うという、あれだ。

 そんな軽い病気をかつての魔術師たちがアルグ根絶のために使うとは思えなかったので、半アルグの体を持つモルグズも、感染したら発病する可能性が高い。

 おそらくスファーナの年は十八前後と踏んでいる。

 ちょっと若過ぎる気もするが、体は十分に発育しているのでモルグズの守備範囲である。

 しかし彼女と出会ってから、なんだか調子が狂いっぱなしなのは気のせいだろうか。

 やがて衛視に誰何されると、例によって守護神を聞かれた。

 いまでは、なぜそんなことをするのか理解できる。

 守護神を聞くのが、その人間の社会的立場や職業を知るのに一番、手っ取り早いからだ。

 たとえば「実りの神々が守護神です」という男女がいれば農村住人である可能性が高い。

 ユリディンと答えれば魔術師だとすぐにわかる。

 傭兵なら戦神であるキリコあたりが自然だ。


 vam gardores ers koraizon.(私の守護神はコライゾンです)


 エグゾーンの尼僧はそう言ったが、衛視の目は彼女の胸元あたりに注がれていた。

 まあ、男ならそうなるのが自然だな、と思う。

 次にモルグズの番になったが、キリコと答えても衛視は明らかに上の空といった感じだ。

 だが、ノーヴァルデアは守護神を聞かれなかった。

 それであっさり、門を通れた。

 緊張していたので、拍子抜けである。

 白銀騎士団の騎士と都の衛視とでは、質そのものが違うのだろう、としか思えない。

 もっともスファーナに丸め込まれ、確認を怠ったという意味ではあの騎士たちもどうかとは思うが。


 wam no:valdea jenmiga ned gardorespo gardozeroszo cu?(なんでノーヴァルデアは衛視から守護神を訊ねられなかったんだ?)


 era gxafsa ced teg.(子供みたいだからよ)


 それから詳しく話を聞くと、どうもセルナーダでは特定の神の正式な信者として認められるのは、成人以後のことらしい。

 それでも二次性徴がある程度、始まっているもの、また疑わしいものなどには守護神を聞くことがあるという。


 eto teminum mxuln.jinmito melrufe metsfigzo.(お前ってホントに変なの。当たり前のことを訊いてくる)


 さすがに最近は、スファーナもモルグズの素性を訝しむようになった。

 何度も別世界から来たと説明したのだが、この頃は彼女も、まさかとは思うが、といった表情をする。


 vegi vinsusa.eti:r tom te+jife tancoczo.(ヴィンスにきたんだ。お前の大事な用事ってのを教えろ)


 vomova mavi:r(見て)


 言われたとおり、彼女の指差したほうを見ると、旅籠のあたりにやたらと酔漢たちが集まっていた。


 sxupsef?(宿?)


 ers ned.had reysi wob nodos cu?(違うって。あのひとたちはなにを飲んでる?)


 vinc?(葡萄酒?)


 ers ned ku+sin vinc! ers vinsma me:fe vinc!(ただの葡萄酒じゃない! ヴィンスの新たしい葡萄酒よっ!)


 それを聞いて、ようやくモルグズも理解した。

 なんのことはない、スファーナはヴィンスの新酒が飲みたかったらしい。

 さすがにモルグズは呆れた。


 yoy,vekato cu? ers vinsuma me:fe vinc.(あのね、わかってる? ヴィンスの新酒なのよっ)


 たかが酒でなぜ大騒ぎするのだろう、としかモルグズには思えない。

 それにこの世界の葡萄酒は、正直にいって麦酒に比べればとても飲めたものではなかったのだ。

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