9 na:fas ers tom lakreys.ned,erig tom lakreys.(ナーファスはお前の男の恋人だ。いや、男の恋人だった)
少年の名はturis、つまりテュリスと言った。
おそらく三男なのだろう。
日本風にいえば「三郎」のようなもので、ありふれた名前のようだ。
農村で育った少年のわりには、あまり体つきは良くなく、ひょろりとしている。
性格は内向的なのか、あるいはこちらに怯えているのかはわからない。
ただ彼は積極的に逃げようとはしなかった。
わざわざ説明はしなかったが、たぶんこちらの正体には気づいている。
グルディアではクーファー信仰も盛んらしいので、アースラが尼僧だとすでに見抜いているようだ。
ラクレィスが魔術師なのも、たぶんばれている。
ただ、ノーヴァルデアに関しては、ひょっとするとゼムナリアの尼僧ではなく「おかしな子供」と考えているふしがあった。
モルグズは自分に怪我を負わせた相手でもあるし、半アルグなので完全に怯えている。
状況がわからないことほど、人を不安にさせることはない。
そう考えたモルグズは、テュリスにむかって言った。
vo fav ra:cuszo.nato fog tuz vom ra:cusle erv ned van reys.yato tigazo.(俺たちは仲間が欲しい。俺たちは善人ではないが、お前が仲間になって欲しいんだ。お前には力がある)
どこまでこの言葉を信じているかはわからないが、いきなり殺されたりするわけではないようだと、向こうも気づいたようだ。
決して頭は悪くない。
もしその気になればあの場で自分を殺せたはずなのにわざわざ拐われたということは、モルグズたちにとっても自分は重要な存在なのかもしれない、ときちんと理解しているようだ。
だが、まさか彼も生物兵器テロの道具として使われているとは、想像もしていないだろうが。
仲間たちの言う通り、哀れなテュリス以外には誰も血まみれ病にかかった様子はなかった。
実はあれから、モルグズも不安だったのだ。
アルグや半アルグは病気にならない、というのは本当なのだろうか、と。
イリアミス寺院はおそらくかなり早い段階であの疫病の神を封印している。
そして帝国でアルグたちを滅ぼそうとした計画が実行されたのは、「その後」であることもありえたのだ。
つまり、アルグたちは「血まみれ病の抗体を持っていない」ことも考えられたのである。
さらにいえば、モルグズは半アルグだ。
つまり、半分は人間の血をひいている。
そちらの遺伝子が強く発現した場合、アルグのような免疫機能が働かないこともありうるのだ。
しかし、すべては杞憂に終わった。
あるいは「研究用」に魔術師は「血まみれ病の精霊」を保存していたのかもしれない。
今でこそ精霊などに関する知識はほぼ失われているが、古代に精霊に苦しめられた魔術師たちもいたはずだ。
おそらく血まみれ病も、アルグを滅ぼす計画に使用されたのだろう。
トゥリスのグルディア訛りはアースラよりもひどいものだったが、それでも一応、意思疎通はできる。
彼はアースラに興味を抱いていた。
十五歳の少年となれば、どんなものに興味を示すかはモルグスにも容易にわかる。
結局、色仕掛けでたぶらかすことにした。
ただ、これはモルグス流の思いやりでもある。
いずれ苦しんで死ぬのだから、せめて今のうちに良い思いをさせてもいいだろう、と思ったのだ。
偽善かもしれないが、本気でテュリスを哀れんでいるのも事実なのだ。
だが、例の二重思考的な考えで、別に良心の呵責に苦しんだりはしていない。
できればテュリスが発症するまで経過を見たいのだが、あまり重症だと森の外から出られなくなるほどになるので、期限を設けた。
五日だ。
五日以内になにも起きなければ、彼を森の外に出して、イシュリナシアの人々に接触させるつもりだった。
目標は、もちろんネス伯爵領である。
あの都の人々は、ヴァルサが受けた苦しみと同じ、いや、それ以上の苦しみを味わって死ぬことになる。
そして生き残ったものたちも、愛する者を殺される苦痛がどれほどのものか、たっぷりと理解できるだろう。
ただ、気にかかるのはラクレィスだった。
どうも、テュリスを見る目がおかしい。
その目に浮かぶ苦悩の光の正体は、なんとなくモルグズには見当がついた。
だから、ある晩、他のものが寝ているうちに彼を起こし、外に悟った。
nap ers na:fas cu?(ナーファスって誰だ?)
だが、ラクレィスは答えない。
na:faとは、考え、思考を意味する。
それに火炎形を意味する語尾の-sをつけた固有名詞、しかも人名だろう。
いかにも魔術師の魔術名的な名前だ。
na:fas ers tom lakreys.ned,erig tom lakreys.(ナーファスはお前の男の恋人だ。いや、男の恋人だった)
現在形ではなく、過去形を使った。
否定はしないらしい。
turis saglas na:fasle.ganuto dog.vim na:fa yatmiya cu?(ナーファスにテュリスは似ている。だからお前は悩んでいる。俺の考えは間違っているか?)
yatmito ned.(間違ってない)
ラクレィスは言った。
na:fas erig e+kefe yuridres.gow yuridin zersef ers mig dasce yuridresma la:ka meg. na:fas lakes yuridreszo.gekises.(ナーファスは素晴らしい魔術師だった。だが、ユリディン寺院は魔術師の愛に厳しい。ナーファスは魔術師を愛した。それがばれた)
ラクレィスの謎の過去が少しわかった。
彼は、ユリディン寺院に所属する魔術師だったのだ。
ers dasce tu+ko reys lakas tsal reyscho.na:fas tanjugu.ta yuridinma morguz martogo azuz.na:fas zemges re.zemgev.(男が男と愛し合うのは厳しい罪だ。ナーファスは逃げた。そしてユリディンの牙が彼を追った。ナーファスは殺された。俺が殺した)
さすがにモルグズも驚かされた。
恋人が男の魔術師だろうというのは前から想像がついていた。
だが、駆け落ちのように二人で逃げた結果、片方だけが殺され、ラクレィスが生き延びたとばかり思っていたのだ。
まさか、ラクレィスが「殺した側」だったとは。
それでは、ラクレィスは一方的にナーファスのことを愛していた、ということになる。
いわば片思いだ。
その相手を、自分の手で殺すというのは、どんな気分なのか想像もできなかった。
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