6 to vekato ned foy...(君たちには理解できないだろうね……)

 vomov duvika:r.resari ne: maghxu:dlile e+zema na:fatse.(誤解しないでくれ。彼女たちは自分の考えで悪霊になったんだ)


 つまりは自己犠牲の精神が発揮された、ということか。

 正直、モルグズにはよくわからなかった。

 なぜ、見ず知らずの人々のためにこんなことができるのだろう。

 見たところ、みな若い女性のようだった。

 普通に生きていれば、それなりに幸せな人生が待っていたかもしれないのに。


 va vekava ci ned.(私は理解できない)


 qap beqaba qi ned.(あだしもりきゃいできゅいないよ)


 ノーヴァルデアとアースラが、口々につぶやく。

 こればかりはモルグズも同感だったが、意外にもラクレィスが低い声で言った。


 to vekato ned foy...(君たちには理解できないだろうね……)


 では彼にはわかる、のだろうか。

 考えて見れば、ラクレィスの過去をモルグズはほとんど知らないのだ。

 かつて男の恋人がいたこと、彼が「正しい人たちに殺された」ことで道を踏み外したことしか教えてもらっていない。

 神を封印するため花崗岩の上で妖しくゆらめく悪霊たちを凝視ながら、ラクレィスがゆっくりと呪文を唱え始めた。

 考えてみれば、彼は闇魔術であり、死霊に関する術も使えるのだ。


 do:suda: do:suda: do:suda:,,,,


 モルグスの知らない核魔術印を、ラクレィスは紡ぎ始めた。

 その指が空に描く印の形も、いままで見たことのないものである。

 それから幾つも聞いたことのない魔術印が続いたが、最後に決然とラクレィスは唱えた。


 ,,,,,,vi:do!


 悲鳴ならざる声が聞こえたかと思うと、花崗岩に宿っていた一体の悪霊が、よじれるようにしてちぎれ、そして消滅した。

 いまのはおそらく、悪霊を消去する類の呪文だったのだろう。

 だが、かなりラクレィスにも負担がかかったようだ。

 額には無数の汗が浮かび、肩で息をしている。

 四体の悪霊はいまだに残っているのだが、ふいにあたりの空気の質が変わったような気がした。

 吐き気のするような感覚が、ますます強まっていく。

 最初に異変が起きたのは、ラクレィスが悪霊を消した花崗岩だった。

 いきなり、無数の亀裂が入ったのである。

 ほぼそれと同時に、小刻みに丘全体が小さく揺れ動き始めた。


 yalvis da.....(始まったか……)


 ラクレィスが、にやりと笑った。

 その目の輝きの禍々しさに、我知らずモルグスは戦慄した。

 一番の常識人だと思っていたとはいえ、彼もその本質はゼムナリアを信仰する闇魔術師なのである。

 さらに悪霊たちが身悶えし、花崗岩の封印がひび割れ、崩壊していく。

 おそらく、もうかなり古代のイリアミスの尼僧たちの封印は弱まっていたのだろう。

 そしてラクレィスが悪霊を「消した」ことにより、ますます力の均衡が崩れ始めている。

 突如、禍々しい真紅の光が、丘の下から天上にむかって伸びたかと思うと、残りの花崗岩に宿っていた悪霊たちが消し飛んだ。

 同時に物理的に丘の頂上に、亀裂のようなものが走っていく。

 そして、モルグズは見た。

 全身から赤い血を滴らせた、青白い裸身の男のようなものが、隙間のなかから這い上がってくるのを。

 その目もやはり赤く、手足が異常なほどに長い。

 だが、それが物質をもたない、いわば霊体のようなものであることも理解していた。

 あまりにも、あっけない。

 それでも体の震えが止まらなかった。

 モルグズの魂が認識したのだ。

 たとえ人に封じられるような弱々しいものであっても、それは「神」と呼ばれるのにふさわしい存在なのだと。

 その神の体から、赤いきらきらとした光の粉のようなものが飛び散るのが見えた。

 おそらくこの世界ではあれは「病の悪霊」とでも呼ばれるのだろう。

 しかしその正体を、モルグズは知っている。

 たぶんあれは病原体となる細菌、もしくはウィルスだ。

 ずいぶん派手に宙を舞っていることからして、空気感染する可能性が高い。

 あとは潜伏期間と死亡率あたりの問題になる。

 生物兵器テロにふさわしいものは、潜伏期間が長いほうがいい。

 青ざめた手足の長い巨人のようなものの体は、大きく震えている。

 長年、封印されてきたのに解放されたので喜んでいるのか。

 とはいえ、もしこのウィルスを取り込んだとしても、他のメンツでは意味がどこまであるのだろう。

 ゼムナリア信者とクーファーの尼僧は、いずれ神の加護とやらによってたとえ感染したとしても、すぐに病原体は消えてしまうだろう。

 モルグズのように半アルグの体を持つものは、父方からの遺伝により病に対する抗体を持っているため、やはり似たようなことになるはずだ。

 だが、あの覚醒した神はこれからどうするつもりなのだろうか。

 ふいに、魂を震わせるような咆哮とも、笑声ともつかぬ声が脳内を震わせたかと思うと、かつて神と呼ばれていたものの体が、真紅の輝く飛沫となってあたりに四散していくのが見えた。

 いままで長年に渡り、封印されてきた古き神は、もうその力をすでにほぼ失っていたらしい。

 霊的な部分すらもが崩壊し、もはや神としての形すらも維持できなくなるほどに弱まっていたのだ。

 この世界では、神ですら滅ぶようだ。

 それでも、この邪神は最後に、まるで生命のように自らの名残を残した。

 それこそが「血まみれ病」なのだろう。


  mende era ned.(問題ない)


 ラクレィスは、いままで見たこともないほどに冷酷な笑みを浮かべていた。

 北からの風が、邪悪な赤い光の粒子を南にむかって流していく。

 そこには、さきほど立ち寄った村があるのだ。

 だが、村のほうを凝視していると、松明らしい炎が幾つも、まるでこの丘の包囲するかのように、近づいてくるのがわかる。

 村人たちがどこまで真実を知っているかはわからない。

 それでも「あの丘に入ったよそ者を生きて外に出してはならない」といった言い伝えが残されていることは、十分にありえた。

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