7 vo socum silbuv welma gojsa tudev nxal unzo.(我々は一人を捕まえたらすぐに森の小屋に戻る)

 気がつくと、長剣を鞘から抜いていた。

 モルグスはまだ魔術をしっかりと覚えたわけではないので、こちらのほうがやりやすい。

 ただ、相手をただの田舎者と侮るのは危険かもしれなかった。

 リアメスの盗賊テューレから来た者が混じっているかもしれない。

 さらには、千年以上前から伝承を受け継ぐものがいないとも限らないのだ。

 現代日本の感覚からすれば、平安時代の頃からの一族がいるのかもしれない。

 口伝ならともかく、古代ネルサティア語の記録が残っているのであれば、おそらく今でも読めるはずである。

 それでも、アースラには余裕があった。


 bo pozuga zeroszo.ers to:g don.(あだしたちは神をかいぽうした。遅すぎるね)


 そう言って、けらけらと笑い声をあげる。

 彼女の体についてはある程度、知っているつもりだがその精神のあり方は謎のままだ。

 だが、おそらく二十歳前後でクーファーの尼僧をやっているくらいなのだから、さまざまな意味でこの世界の常識と無縁なのは想像がつく。


 vo tudav zev unzo.(我々は一人を捕らえなければならない)


 ふいに、ノーヴァルディアが言った。


 vo socum silbuv welma gojsa tudev nxal unzo.(我々は一人を捕まえたらすぐに森の小屋に戻る)


 彼女の言っている意味が、理解できない。

 すぐに帰ると簡単に言ってくれるが、ここからあのアスヴィンの森の小屋までどれだけ離れているか、彼女も理解しているはずだ。


 mende era ned.vo av yuridce tso:biszo.dog socum silbuv ci had gojsa.(問題ない。我々は魔術の道具を持っている。だからすぐにあの小屋に帰れる)


 ラクレィスは自信ありげにそう言った。

 まさか、と思ったが、可能性は一つしか考えられない。

 この世界の魔術のなかには、一瞬で遠距離を移動する類のものまでが存在するのだ。

 だったらなぜグルディアに来るのに使わなかった、と言いたいところだが、その理由は推測できる。

 そんな便利がものがぽんぽん使えるのなら、この世界のあり方そのものが完全に変わっていただろう。

 だがいまだに人々は徒歩や馬、船を使って旅をしている。

 つまり、この術は相当に強力な、珍しいものなのだとしか思えない。

 なぜノーヴァルディアが「一人、捕まえろ」といったのかも明らかだ。

 こちらに近づいてくる村の人間たちの体には、すでに真紅の糸が絡まったようなものが見えた。

 理屈はわからないが、この世界の病気は病原体でありながらも、魔術的には悪霊、精霊などのように機能している、としか思えない。

 なるほど、これではラクレィスが病の正体を誤解するわけだ。

 というより、魔術界においてはラクレィスの言っていることもまた、正しいのだろう。

 すでに彼らは、血まみれ病に感染している。

 だが、まだ発症はしていない。

 あらゆる感染症には、潜伏期間というものがある。

 そしてノーヴァルデアが目論んでいるのは、「血まみれ病にかかった人間をあの小屋に運ぶこと」なのだ。

 モルグズは笑った。

 なるほど、ゼムナリアは確かに「本物の邪神」だ。

 こんなことを行うように自らの僧侶に神託で指示を出すのだから。

 しかも、イシュリナシア、グルディアで同時に感染者が出るのだから、一石二鳥である。

 悪魔よりも恐ろしいことを考えるものだ。

 なにしろ古い病なので、初めのうちはイリアミスの尼僧たちですら、その正体はわからないかもしれない。

 おそらくなんらかの形で記録は残っているだろうが、わざわざ病原である神を封印したくらいだから、かなり強力な病に違いない。

 だが、これはうまくいけば、あのネスの都の人々を、ヴァルサに石を投げて殺した偽善者どもを、思い切り苦しめて殺すことができる。

 モルグズの目に、怒りが宿った。

 あのときの光景が、網膜に焼きついてしまったかのようだ。

 許さない。

 俺は絶対に、お前たちを許さない。

 とにかく、感染者を一人、捕らえればいいのだ。

 だが、村のものたちはこちらを用心しているようだった。

 松明の炎の位置で囲まれているのはわかるのだが、やはり向こうも恐ろしいのだろう。

 では、こちらから仕掛けるしかない。


 aaaaaaaaaaaaaa!


 モルグズは剣を持ったまま、村人たちにむかって丘を下っていった。

 近づくに連れて、彼らが鎌や古びた剣などで武装している姿が見えるが、あまりに貧弱な装備だし、そもそも腰がひけている。

 そのなかに、一人の十五歳くらいの少年がいた。

 グルディア人にしてはかなり肌が白く、イシュリナシア人といっても通用するかもしれない。

 明らかにモルグズの姿に怯えている。

 彼の脛めがけて、長剣を奮った。

 ただし、力は加減している。


 gxaaaaaaaaaaaa!


 それでも当然、負傷はする。

 血が少し噴出し、少年はその場で痛みに耐えかねたような情けない声をあげた。

 周囲の大人たちが、怒声を放ってこちらに襲い掛かってくるが、モルグズの敵ではない。

 彼らには、遠慮する必要はなかった。

 長剣で手首を斬りつけ、大量の血を噴出させる。

 鎌で襲ってきた男のみぞおちを、肘でついた。

 殺すのはさすがに難しいが、戦意を失わせただけでも上等だろう。

 さらに何人かの戦いの素人たちの首筋を切り、肝臓を刺し貫き、戦闘不能状態になった者たちの首を靴でしっかり踏みつけ、殺した。

 さらに、背後からアースラとノーヴァルデアの法力による支援攻撃がきた。

 人々の体が瞬時にして燃え上がり、また理由もなく倒れていく。

 この状況では、村人たちが逃げ惑うのも当然だった。

 モルグズは倒れている少年をひきずるようにして再び丘を登っていった。

 少年の体では、真紅の紐のようなものが絡み合っている。

 つまり、彼も感染しているのだ。

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