11 gireys tu:le era mende.(盗賊トゥーレが面倒だね)

 さすがに人口もの十万を擁するだけに、リアメスには裏社会の住人も多い。

 だがzemtab dudturxe、つまりは「死体小路」はそうした連中でも最悪の者たちがたむろする、リアメスでも最も危険な界隈だという話だった。

 ノーヴァルデアとアースラは、昨夜、ともに「死体小路に行け」と神託を受け取ったのだが、いつものようにそれだけの、不親切なものだった。


 gireys tu:le era mende.(盗賊トゥーレが面倒だね)


 アースラは珍しく、眉根を寄せてそう言った。

 トゥーレというのは初耳だったが、なんでもある種の職人たちの組合、というより結社のようなものらしい。

 職能結社、とでも訳するべきだろうか。

 セルナーダの地にはさまざまな種類の職人たちが存在するが、彼らはみななんらかの形でトゥーレと関わりがあるという。

 もとは同業者同士の相互互助組織として生まれたらしいが、いまでは職人たちの利権を保つ、ある種の秘密結社に近い機能まで有しているという。

 具体的にいうと、トゥーレに入らない職人は仕事が出来ない。

 職人たちの世界では徒弟制度が基本らしいが、トゥーレを介してでないと職人になるための技術を学ぶことすら許されないのだという。

 それを聞いて真っ先に連想したのは、中世ヨーロッパに実在した、ギルドやツンフトといった組織だった。

 もっとも、ある職種に就くものがそうした組織をつくるのは、別に中世ヨーロッパに限った話ではない。

 日本でも中世には市座や株仲間などといった商工業者の既得権益団体が存在したし、世界の多くの地域で似たようなものは見受けられる。

 セルナーダの地では、こうしたトゥーレはさらに神々の寺院とも関わりが深いという。

 たとえば大工や石工は建築や絵画などを司るセフィン寺院、また鍛冶屋や金属加工業者は山と鍛冶の神であるマロウゴス寺院と密接な関係にある。

 さらに都市部でもアシャルティス寺院が多いのは、木材や穀物、皮革、肉類などを扱う商工業者もトゥーレを作っているからという話だ。

 そうしたなかでも、最も反社会的で危険な存在なのが、盗賊トゥーレだという。

 彼らは公には存在を認められていないが、ひそかに盗賊の神リフィルを信仰し、主に都市部でさまざまな犯罪に手を染めているという話だった。

 現代日本でいう博徒、つまりはヤクザのようなものかもしれないが、そのえげつなさは比較にもならないようだ。

 リアメスのような巨大都市ともなると、そうした犯罪者たちの勢力争いも凄まじいことになる。

 いまのリアメスも、大きく二つの盗賊トゥーレが、密かに抗争を続けているという。

 そして問題の「死体小路」というのは、両者のいわば緩衝地帯に位置するらしいのだ。

 もし、どちらかの組織に属しているところであれば、ある意味、安全といえる。

 金銭などで対価を払えば、そのぶん、盗賊トゥーレの後ろ盾を得ることが出来るからだ。

 おかしなチンピラも迂闊には近づいてこれない。

 とはいえ「死体小路」はそのどちらの勢力下にもないために、かえって話はややこしいことになる。

 一応、二つの盗賊テューレ、do:vcemin、つまり「黒き隻眼」と、hu:ravols,「笑い狼」の間では、「死体小路」では互いに争いはご法度、という取り決めが出来ているらしい。

 逆にいえば、もしそこでなにかあれば、二つの組織間で本格的な抗争に発展しかねないということだ。

 盗賊テューレといっても、所属しているのは盗賊だけではない。

 まっとうな市民に見えるものや路地をうろつく物乞いなども一種の間者、情報源としてテューレに所属しているし、さらには危険な魔術師、練達の傭兵なども用心棒として雇われているという。

 グルディアの王都はグラワール湖の西岸にあるグルードだが、リアメスは王国経済の中心地だという話だ。

 グラワール湖に面した都市からの産物がリアメスに集まるうえ、大海にまで続く東のソルヴェイン川の起点でもあるため、古来から水運業の拠点として知られているのだという。

 リアメスと同規模、あるいはそれを超える都市は、イシュリナシア王国の王都エルナスと、古来からの学問の都メディルナ、そしてイオマンテの商業都市イマナールくらいのものだという。

 ただ、そうした都邑に比べても、もっとも治安が悪いのはリアメスだと、妙に自慢げにアースラはいつものグルディア訛りで説明した。

 もともと娼婦だったのだから、そうした世界にも彼女は近いのだろうとは理解しているが。


 pa:ldidas ers ned gurudiares dog.(グルディア人でない者は目立つからねえ)


 確かにいまのモルグズたちは、悪目立ちもいいところである。

 アースラは生粋のグルディア人ではあるが、かなりの美人である。

 ラクレィスは白い肌なのでグルディア人には見えない得体の知れぬ男だし、ノーヴァルディアは外見は完全にお子様だ。

 そしてモルグズは口に布を巻いた、誰がどうてみても怪しい男なのである。

 実は水魔術のなかには、ある種の幻術に近いものがあるという。

 水魔術は人間の精神に働きかけることも出来るため、たとえば男でも女だと誤解させたり、場合によっては「存在していることさえ気づかせない」ことも可能だという。

 改めて魔術師の恐ろしさを理解したが、基本は闇魔術師であるラクレィスは、水魔術のそうした術はあまり使えないらしい。

 さらにいえば、もしそうした術を半端に使うと、術の使用がばれたときにかえって厄介になるという話だ。

 仕方がないので、四人ともいままでのように普通の格好で、街を歩くことにした。

 ただ、リアメスのなかでも「死体小路」は特に不潔な場所だという。

 路地の入り口に、さっそく死体が転がっていた。

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