10 va kap lokyiva morguzuzo.(私もモルグズが好きだ)

(然り。死と破壊の王などと呼ばれて調子づいたか? まあ、せいぜいもがいてみせるがよい。それと汝は、自ら殺意をためようとなどとしておるようだが、そんなことをせずとも勝手に溜まっていく。アースラというあのクーファーの端女はそのあたり、よく理解しておる。すでに後戻りなどできぬ。手遅れなのじゃ。汝は死を振りまくくらいしか能がない愚か者じゃ。いままで汝がこちらにきてから直接、手をかけた者もせいぜい二十人ほど。子供を殺めたからなんだというのじゃ? 子供など、セルナーダではよく死ぬものじゃ。汝の思考は、やはりかつての世界のそれをひきずっておるな。子供だからとなぜ特別扱いをする。大人であろうが子供であろうが、老人であろうが赤子であろうが、死は等しく平等じゃ。さすがにわらわも、汝の愚昧さに少しばかり呆れてきた。いまだcharsuyの正体もわからぬとは。まあ、良い。あの娘に神託を送っておいた。それで少しは、汝もわらわを愉しませることができるかもしれんな)

 女神は別にこちらを煽っているわけではない。

 それがゼムナリアの本音なのだ。

(この企てがうまくいけば、百万とはいかずともそれなりに人は死ぬはずじゃ。それには、汝の異界での知識が役にたつであろう。汝のかつての世界でも、人を最も有効に殺したものはなにか……ああ、それと父親ごっこ、家族ごっこがしたいのであれば、存分に愉しむがよい。わらわには茶番としか思えぬが、それで汝の心が安らぐのであれば、わざわざ否定するのも馬鹿馬鹿しいわ)

 ゼムナリアが、なかば呆れたような嘲りの笑いを発した。

 あるいは、それは失笑とでもいうべきものかもしれない。


 目が醒めたが、まだあたりは暗い。

 全身が厭な汗にぐっしょりと濡れていた。

 女神との直接の会話は、やはり心身に負担をかけるのか、頭の芯が疼くように痛む。

 自分がひどく滑稽な存在に感じられた。

 ゼムナリアの言葉に、打ちのめされたような気分だ。

 確かにいつしか、悲劇の主人公のように自分を見なしていたかもしれない。

 とんだ誤解だ。

 ノーヴァルデアのことも、ラクレィスのことも、見誤っていた。

 俺は何様だ。

 あまりにも巨大な、女神の存在からすれば塵芥にも等しい。

 父親ごっこ。家族ごっこ。

 ゼムナリアはノーヴァルデアへの感情を、ばっさりそう切り捨てた。

 そして別に彼女が「純粋な救済として人を殺しているわけではない」とも断言した。

 彼女は殺人を愉しんでいる。

 そしてその事実と、モルグズに父親のように愛されたいという欲求は、確かに両立しうるのだ。

 ふと、隣に寝ているノーヴァルデアの寝顔に見入った。

 こうして見るとあどけない女の子にしか見えない。

 だが、彼女はもはや「手遅れ」の大量殺人者なのだ。

 その向こうで眠るラクレィスもまた、ノーヴァルデアがこのままでは良くない、と思っている。

 しかし彼もまた、殺人を心の底では愉しんでいる。

 ある意味、この四人で最初から何一つ、ぶれていないのはアースラだけだ。

 彼女は単なる肉欲を発散する対象としてこちらを見なし、ゼムナリアの僧侶と信徒は目的を達成するための一時的な仲間、としか考えていない。

 これが現実だ。

 俺も手遅れなんだろうな、と他人事のようにモルグズは思った。

 絶望感は、特にない。

 神々の駒、というほどな重要な存在でもなければ、悲劇の主人公でもない、ただの人殺し。

 それが自分だ。

 ある意味では、楽になれたかもしれない。

 自分のこの世界における立ち位置のようなものが、はっきりとわかったからだ。

 殺人者。

 それだけだ。

 瞼を閉じると、ヴァルサがいつものように哀しげな顔をしていた。

 俺はどんどん、ろくでもない人間になっていく気がする。

 せっかくお前から生きる素晴らしさを教わったのに、もう俺は手遅れらしい。

 助けてくれ、ヴァルサ。

 泣き言めいた言葉を胸のなかで発していた。

 お前の復讐をしたかっただけなのに。

 いや、お前はそんなこと、最初から望んでいなかっただろうな。

 なんでお前はあんなに強かったんだ。

 ヴァルサが、かぶりを振った。

 そんなモルグズは見たくない、とでもいうように。


 nmmmm.


 隣から、ノーヴァルデアがなにかつぶやく声が聞こえた。


 morguz....


 ふいに、少女が瞼を開けた。

 モルグズと目があったためか、一瞬、怯んだような表情を見せる。


 to dusonvato vaz cu?(お前は私が嫌いか?)


 父親ごっこ。家族ごっこ。

 ゼムナリアの言っていることは、間違ってはいない。

 俺はいつのまにかすっかり弱い男になっていた。

 いや、もとからそうだったのかもしれない。

 かつてヴァルサを守ると誓ったのに、できなかった。

 今にしてみればあのときの自分の本心がよく理解できる。

 ヴァルサを守りたかったのは決して嘘ではない。

 だが、そうすることであの頃の己は、自分の心を守ろうとしていたのだ。

 ある意味では、ヴァルサに依存していたといってもいい。

 自分より弱い相手を庇護することで、自らの保護欲を満たし、他の様々な問題から目をそらす。

 あの頃はその自分の弱さに気づけなかった。

 いまは皮肉にも、死の女神が真実を教えてくれた。


 dusonvav ned tuz.duyfum lokyiv foy tuz.(お前が嫌いではない。少し好きかもしれない)


 すると、ノーヴァルデアが淡く、心底、ほっとしたように微笑んだ。


 va kap lokyiva morguzuzo.(私もモルグズが好きだ)


 まるで恥じらう乙女のように、どこか照れくさそうにノーヴァルデアが微笑する。

 だが、モルグズは知っている。

 彼女はすでに手遅れなのだと。

 ノーヴァルデアは決して、人々を苦痛から解放するためだけに法力で殺人を犯しているわけではない。

 どこまで本人が気づいているかわからないが、彼女は本質的には快楽殺人者なのだ。

 それでも、構いはしない。

 もう少しだけでも、この笑顔を見ていられるのならば。

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